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「海だー!!!!!!」
目が痛くなるほどの、眩しく鮮やかな青に染まる空と海。
濃い潮風の香りに、白く泡立つ波打ち際。熱く照らされる砂浜が夏をより際立たせている。
フェンリズ家の別荘の1つである、このプライベートビーチでアリス•フェンリズは華麗な飛び込みを決めていた。
「アリス!準備運動はしなさいとあれだけ言ったのに!」
離れたところからアリアが珍しく声を張り上げている。
「エルド君、ジュース飲む?」
「あぁ、貰おう。」
ミナとエルドは、パラソルの下で談笑に花を咲かす。
「待ってや!うちも飛び込む!」
そして、ナギは先日までの状態を全く感じさせないほど溌剌としていた。
鮮やかな黄緑色のビキニが、彼女の小麦色に焼けた肌に良く映えている。
砂を蹴り、海へ走っていく様子は夏そのものだ。
「…………」
そんな誰もがハメを外している光景を、少し離れたデッキチェアから眺めている男が1人。
黒いサングラスにアロハシャツ、手にはトロピカルジュースを携えた男。
「まるで子供だな」
デッキチェアの影には同じくサングラス(猫用)をかけたディアナが優雅に尻尾を揺らし、金色の粒子を瞬かせている。
『あなたも人のこと言えないわよ』
「………………………………」
ディアナの発言を完全に無視しながら、シオンはストローでジュースを啜り眩しそうに空を見上げた。
◆
「「「 プライベートビーチ?」」」
ナギ、ミナ、エルドの3人が同時にアリアのほうへ顔を向ける。
場所は学院のカフェテリア。ナギの退院手続きが終わり、夏休みの予定を話し合っていた時のことだ。
「ええ、せっかくの夏休みですし、ご一緒にいかがかなと思いまして」
アリアは夏休みの思い出作りにと、皆で海水浴に行かないかと提案する。
さらりと言ってのけたが、一般庶民の感覚からすれば「プライベートビーチ」など王侯貴族の遊びだ。
「マジで言うてんの? 砂浜も海も、全部ウチらだけで使い放題?」
「はい。管理人が常駐していますので整備も完璧ですし、一般の方が入ってくることはありません」
「すげぇな……」
エルドが呆れたように呟き、ミナも「小説の中の話みたい……」と目を白黒させている。
だが、そんな大人の事情などお構いなしに、横から元気な声が飛び込んできた。
「行くよね!? 絶対行くよね!?」
ドオン! とテーブルに身を乗り出したのは、アリアの妹、アリスだ。
目をキラキラと輝かせ、尻尾があれば千切れんばかりに振っているのが見えるようだ。
「こらアリス、行儀が悪いですよ。まだ皆さんの了承を得ていないでしょう」
「えー! だってナギたちは行くでしょ? 行くよね?」
「うちは勿論大賛成やけど……。あ、そういえば」
ナギはそこでハッとして、エルドとミナ、そしてアリスを交互に見た。
アリアとは霊峰への旅で行動を共にしたが、アリスとこの二人は、まともに顔を合わせるのはこれが初めてに近い。
「紹介遅れたな。こっちの元気なんが、アリアの妹のアリスや」
「よろしく!アリスでいいよ!」
アリスは王級契約者とは思えない人懐っこさで屈託のない笑みを浮かべる。
その裏表のない笑顔に、少し緊張していたエルドたちも毒気を抜かれたように笑みをこぼした。
「俺はエルド。ナギとは入学式以来の友達だ」
「私はミナです。……その、アリスさんの序列戦みました。本当にかっこよかったです。」
「本当?ちょっと苦戦しちゃったから恥ずかしいな」
「そんなことないです!本当の本当にかっこよかったです」
「そう?ありがとう!」
アリスが照れくさそうに頬を染める。
「じゃあ、2人もついて来てくれる?」
「ああ!」
「もちろんです!」
「やったー! メンバー増えた! 賑やかになるねー!」
アリスがバンザイをして喜び、アリアがやれやれとこめかみを押さえる。
ナギはそんな光景を見て、戻って来た平穏に噛み締めている。
「では、決まりですね。明日朝一番にこちらまでお越しください」
そういうとアリスは3人に住所の書かれた紙を渡す。
「わかったで!楽しみしてる!」
アリアは紙を3人に渡すと1枚を残して周りを見渡す。
「ところで、シオンさんは本日ご一緒ではないのですか?」
「あー……今日一緒に集まる予定やったんやけどな。急用ができたいうてまだきてないんよね」
ナギが少し残念そうな顔をして俯く。
「そうですか……」
「でもシオンくん、夜には合流できると仰ってたのでその時に誘えると思います!」
すかさずミナが補足をする。
「それならよかったです。残りの1枚は彼にお渡しください」
アリアはそれを聞くと、残り1枚の紙をミナに手渡す。
「はい。ありがとうございます」
◆
「……話は以上だ。今はシャルロッテとティコに偵察に行ってもらっているが、何かあった時にはお前にも動いてもらうようになるかもしれない。その時は頼むぞ」
「意味は理解したけど、本当なのか?これは一歩間違えたら戦争にもなりかねないぞ」
学院内の指導室でエリナ•クロウリーはシオンを呼び出し、情報の共有を行なっていた。
特S区での任務から戻った後、シオンは霧の霊峰へ出ていたため任務後の学院の状況を今知らされたのである。
「もちろん推測が混ざる部分も多くあるが、状況証拠的にも他に説明のしようがない。何よりお前はナギ•ハイデンシュロームが連れ去られた事件を目の前で見ているだろう?」
「…………」
エリナの言葉にシオンは一拍あける。
「ナギが王族ってことだろ?イマイチ地理には詳しくないから家名までは知らないけど、シャルロッテの反応的にそれなりの国なんだろ?」
「そうだ。なにか理由があって家名は隠しているようだが、ハイデンシュローム王国は最近まで後継者争いで随分と揺れていたらしい。その余波と考えるのが妥当だが、それを知ったところで今回の事件は関係ないからな。ナギ•ハイデンシュロームが王族であるということが重要だ」
「僕は何をすればいい?」
「お前のことだ。もうわかっているだろう?」
エリナは目すら合わさずにシオンに信頼を寄せる。
「まぁ、僕の目の届くところにいるうちは何があっても守るよ。すまないけど、夜は予定があるんだ。話がもうなければもう失礼するよ」
「あぁ。呼び出してすまなかった。頼んだぞ」
それだけ聞くとシオンは部屋を後にする。
「シオンと友達で入れることが何よりも安全なのかもしれないな」
エリナはフッと笑うと、部屋の片付けを行い自らも部屋を後にした。




