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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第4章

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ブックマーク、リアクションありがとうございます。嬉しいです。



 木枠の窓から差し込む陽光が、畳の上をゆっくりと移動し、布団で眠る少女の目元を照らした。

 小鳥のさえずりと、遠くから聞こえる里の生活音。

 ナギは重いまぶたを擦りながら、ゆっくりと意識を覚醒させた。


 鼻をくすぐる井草の香り。

 固いけれど寝心地のいい煎餅布団の感触。

 ああ、帰ってきたんだ。ぼんやりとした頭で、そんなことを思う。


 ナギは身じろぎすると、無意識のうちに自身の胸元――心臓の少し上あたりを、そっと手で押さえた。


(……いる)


 呼び出す必要すらない。

 意識を向ければ、そこには確かな「熱」があった。

 昨日まで、分厚い扉と冷たい泥に阻まれていた場所。今はその閉塞感が嘘のように消え失せ、代わりに澄み切った風が循環しているのが分かる。


 魂の一部が、あるべき場所に還ってきた感覚。

 ナギが心の中でそっと相棒の名を呼ぶと、呼応するように内側の魔力が脈打った。

 言葉などなくても伝わってくる。

 全幅の信頼と、深い愛情。


 ナギは「ふぅ」と深く息を吐き出し、胸元の服をギュッと握りしめた。

 枕が濡れる感触がして、初めて自分が泣いていることに気づく。

 それは悲しみの涙ではなく、安堵によって溢れ出した感情の雫だった。


 

 ◆



 朝餉の席は、穏やかな空気に満ちていた。

 朱塗りの大きなお膳には、里で採れた山菜の煮物、川魚の塩焼き、大根の味噌汁、そして炊きたての白米が湯気を立てている。

 学院ではあまり見ない献立にアリスのテンションが上がる。


「このお魚、身がホクホクしておいしい!」


「こらアリス、行儀が悪いですよ。口に物を入れたまま喋らない」


「だってぇ、おいしいんだもん!」


 アリスが頬を膨らませ、アリアがそれを呆れながらも甲斐甲斐しく世話を焼く。

 今日はイオリもシンシアも共に卓につく。

 シオンも、黙々と、しかし結構なペースで白米をおかわりしている。


「……ふん。若いのはよう食うな」


 上座に座るミナモは、茶を啜りながらその様子を眺めていた。

 その表情は、いつもの厳しさとは違い、孫を見るような穏やかさを湛えている。


「師匠も食べてくださいよ。これ、師匠が漬けた漬物でしょう?」


 ナギが小皿を差し出すと、ミナモは苦笑して箸を伸ばした。


「お前が小さい頃、よう盗み食いして怒られとったやつやな」


「も、もう時効やんか!」


 アリスが笑い、アリアも口元を緩める。

 箸が触れ合う音と、他愛のない会話。

 昨日の遺跡での、あの人知を超えた現象が嘘のような、平和な朝。


 ナギは、湯気の向こうで笑う友人たちと師匠を見て、胸がいっぱいになる。

 守りたかったのは、この景色だ。

 ピュールがいなければ、そしてシオンたちがいてくれなければ、二度と戻れなかった日常。

 失いかけたものの大きさを改めて知り、ナギは最後の一口を深く噛み締めた。


 

 ◆



 出発の時間は、すぐにやってきた。

 荷造りを終えた一行は、里の入り口にある結界の門の前に立っていた。

 別れを惜しむように、村人たちが総出で見送りに集まってくれている。


 次々と渡される土産で、シオンの荷物がさらに膨れ上がっていく。

 ナギは一人一人と言葉を交わす。

 誰もが笑顔で、ナギの無事を喜び、そして前途を祝ってくれている。

 その温かさに、目頭が熱くなるのをぐっと堪えた。


 そして、最後。

 腕組みをして仁王立ちしている、豪奢な着物姿の師匠の前に立った。


「……世話になりました、師匠」


 ナギが深々と頭を下げる。

 ミナモは扇子で肩をトントンと叩きながら、ナギを見下ろした。


「頭を上げぇ。……ええ顔になったな」


「え?」


「来た時は、迷子の犬っころみたいな顔しとったけどな。今はちゃんと、自分の足で立っとる顔や」


 ミナモの言葉に、ナギはハッとする。

 彼女はそっぽを向くと、扇子でシッシッと追い払う仕草をした。


「湿っぽいのは性分やない。さっさと行き」


「……はい!」


 ナギが元気よく返事をする。

 だが、すれ違いざま。

 ミナモはナギにだけ聞こえる声で、低く囁いた。


「――ピュールのことは、誰にも言うなよ」


「……!」


「中身がどう変わったかは知らんが、今のあいつは『過ぎた力』や。学院に戻っても、決して油断するな」


 昨日の光景。

 ミナモですら理解不能だった浄化の儀式。

 戻ってきたピュールは、一見すると無害に見えるが、その深淵には計り知れない何かが眠っている。師匠としての、鋭い警告だった。


「はい。肝に銘じます」


 ナギが真剣な目で頷くと、ミナモは満足げに口角を上げた。

 そして最後に、荷物持ちの少年へと視線を投げる。


「そこのボウズも。……ナギのこと、頼んだで」


「はい、もちろんです。でも、ナギはもう大丈夫かと」


 シオンが肩をすくめる。

 ミナモは呆れたように笑ったが、その目には確かな信頼の色があった。

 彼なら、何があってもナギを守り抜くだろうという確信。


「ほな、皆の衆! 結界を開けるで!」


 ミナモの号令と共に、空間が歪み、外の世界へと続く道が開かれる。

 吹き込んでくるのは、里の中よりも少し湿った、夏草の匂いがする風。


「行ってきます!!」


 ナギは大きく手を振り、光の中へと足を踏み出した。

 背中を押してくれる里のみんなの声援を背に受けて。

 

 一度も振り返らなかったのは、ここが「逃げて帰ってくる場所」ではなく、「胸を張ってただいまと帰ってくる場所」だと決めたからだ。


 霧が晴れた霊峰の空は、どこまでも高く、青く澄み渡っていた。

 

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