表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/108

51



 遺跡の空気が凍りついた。

 いいや、違う。

 温度が下がったのではない。空間そのものが、ディアナの「意思」によって塗り替えられた。


「……なっ?」


 アリアが息を呑む。

 泥の巨人が、シオンとディアナに向かって腕を振り下ろそうとした、その瞬間だった。


『図が高いわよ』


 ディアナが金色の瞳を細め、わずかに不快そうに鳴いた。

 ただ、それだけ。

 魔力の予備動作も、詠唱も、魔法陣の展開もない。

 だが、事象は唐突に発生した。


 ズドンッ!!!!


 巨人の体が、見えない巨大な手で押し潰されたように、地面へと叩きつけられた。

 石畳が悲鳴を上げ、クレーター状に陥没する。


「ギ、ギギギ……ッ!?」


 巨人が起き上がろうと藻掻くが、指一本動かせない。


「な、何ですか……今の……」


 アリアが呆然と呟く。

 彼女の目には魔力の予兆は見えなかった。何もしないまま、敵が勝手に潰れたようにしか見えない。


「……核は見えたか? ディアナ」


 シオンが静かに問う。


『ええ。あの子と繋がっているパスを傷つけずに、汚い泥だけを消せばいいのね?』


 ディアナが潰れた巨人を見下ろす。

 その泥の中心、ナギの胸へと繋がる黒い鎖の結び目を見定めた。


『面倒だけど……主の頼みなら仕方ないわね』


 ディアナが空を見上げる。

 呼応するように、崩れた天井の隙間から差し込む陽光が、異常な輝きを帯び始めた。


『消えなさい』


 ――その瞬間、世界から「音」が消えた。


 天空から、無数の「光」が降り注ぐ。

 それは物理的な矢ではない。

 天から地上へと引かれた、数千本の「光の線」だ。

 アリアの水龍も、アリスの炎も弾いた泥の装甲を、光の雨は豆腐のようにすり抜けていく。


 抵抗など許さない。

 存在することすら許さない。


 正確無比。

 数千本の光の線が、ナギの体には一切触れることなく、彼女に絡みついていた「黒い鎖」と「泥の巨人」だけを貫き、この世の理から抹消した。


 カッ――――――――!!


 最後に弾けた閃光が、遺跡内のすべてを白く染め上げる。

 アリアもアリスも、あまりの眩しさに腕で顔を覆い、目を閉じた。


 ……長い、長い静寂。


 やがて、光が収束していく。

 恐る恐る目を開けたアリアたちの目に映ったのは、幻想的な光景だった。


 崩れた天井から差し込む陽光に反射して、無数の金色の粒子が舞っている。

 ダイヤモンドダストのように輝くその光の粒は、先ほどまでそこにいた怪物の残滓か、あるいは浄化の余波か。

 あまりにも美しく、神々しい静寂。


 その光の粒が舞い踊る中心に、一人の少女が座り込んでいた。


「…………」


 ナギは、呆然と自分の胸元を見つめていた。

 あれほど苦しめられた圧迫感がない。

 心を蝕んでいた冷たい泥の感触もない。

 代わりにそこにあるのは、懐かしく、温かい「重み」。


「……ピュール?」


 震える声で呼ぶ。

 すると、胸元に抱えられた小さな体が、ぴくりと動いた。


「ぴゅる……」


 弱々しくも、確かな命の鼓動。

 ゆっくりと顔を上げたのは、リスのような愛くるしい精霊。

 つぶらな瞳が、ナギの顔を映して潤んでいる。


「ぴゅるるぅ……!」


「……っ!」


 ナギの視界が、涙で歪んだ。

 夢じゃない。

 ずっと閉ざされていた扉が開いたのだ。


「ピュール……! おかえり、おかえりぃ……ッ!!」


 ナギがピュールを強く抱きしめ、顔を埋める。

 ふわふわの毛並みの感触。

 日向のような匂い。

 その全てが、ナギにとっては何よりも代えがたい宝物だった。


 ピュールもまた、ナギの頬に小さな体を擦り付け、「ぴゅるっ、ぴゅるる!」と何度も鳴いて応える。

 光の粒子が舞う遺跡の中心で、一人と一匹は確かめ合うように、いつまでも抱き合っていた。


「よ、よかったぁ……!」

「ご無事で何よりです……本当に」


 アリスが涙ぐみながらへなへなと座り込み、アリアが安堵の息と共に胸を撫で下ろす。

 美しい大団円。

 

 だが、一人だけ。

 祭壇の端で腰を抜かしていたミナモだけは、現実を受け入れられずにいた。


(……あれだけ暴れといて無傷かいな。見た目も昔のまま……)


 ミナモは瞬きをして、目を凝らす。

 あれだけの「呪い」が解き放たれ、強制的な魔力拡張が行われたのだ。てっきり見た目も禍々しく変わるか、あるいは神々しい姿になるかと思っていたが、魔力反応も外見も、以前と変わらないように見える。


(ま、ワシの考えすぎやったか。……それより)


 ミナモの視線が、ゆっくりと横へスライドする。

 そこには、何食わぬ顔で佇む少年と、その足元で優雅に毛づくろいをしている黒猫がいた。


「……お前ら、一体何モンや」


 ミナモの声は震えていた。

 泥の巨人を一瞬で圧殺した謎の力。そして、空から降り注いだ浄化の光。

 風使いである彼女ですら、魔力の流れを一切感知できなかった。

 あれは、魔法などという理屈で語れるものではない。もっと根源的な「何か」だ。


「ただの荷物持ちですよ」


 シオンは涼しい顔で答える。


「ディアナも、ただの猫です。……なぁ?」


『……にゃ~ん(棒読み)』


 ディアナが面倒くさそうに鳴いた。

 ミナモはジト目で二人を睨むが、追求する気力も残っていないようだった。

 あんなデタラメを見せられては、常識など犬に食わせるしかない。


「……はぁ。もうええわ。ナギが無事やったんや、文句は言わん」


 ミナモが立ち上がり、パンパンと着物の砂を払う。

 そして、光の中で再会を喜ぶ弟子に向かって、今日一番の笑顔を見せた。


「よう頑張ったな、ナギ。……おかえり」


 その言葉に、ナギが振り返る。

 満面の笑みと、涙でぐしゃぐしゃになった顔で。


「はいっ! ……ただいま、師匠!」


 風鳴りの回廊に、爽やかな風が吹き抜ける。

 

 今はただ、この優しく、眩しい時間を噛み締めるだけで十分だった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ