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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第4章

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 翌朝。

 まだ夜明け前の薄暗い中、ナギ、シオン、アリア、アリスの4人はミナモに連れられ、里のさらに奥へと足を踏み入れていた。


 道中はずっと、湿った風が吹き抜ける狭い洞窟だった。

 明かりもなく、ただミナモの背中を追って進むこと数十分。


「……着いたで」


 先頭を歩くミナモが立ち止まり、目の前の闇を扇子で払うような仕草を見せた。

 すると、出口から強烈な光が差し込み、ナギたちの視界を一気に白く染め上げる。


「うわっ……」


 思わず目を細め、やがて視界が慣れてきた頃――ナギは息を呑んだ。


 そこは、巨大な岩山の内部をくり抜いたような空間だった。

 頭上遥か高くにある天井は崩れ落ちており、そこから朝の光が神々しいカーテンのように降り注いでいる。

 苔むした石柱。崩れかけたアーチ状の回廊。

 長い年月の中で風化し、自然と一体化した古代の遺跡。


 そして何より特筆すべきは、「風」だ。

 天井の穴から吹き込む風が、複雑な回廊を巡ることで増幅され、まるでパイプオルガンのように荘厳な音色を奏でている。


「ここは『風鳴りの回廊』。この霊峰で一番、風の精霊に近い場所や」


 ミナモが回廊の中心にある、一段高くなった祭壇へと歩を進める。

 そこには、風化した石畳の上に古い魔法陣が刻まれていた。


「ナギ、そこに立て」


「はい」


 ナギが祭壇に立つと、足元の魔法陣が淡く緑色に発光し始めた。

 緊張に心臓が早鐘を打つ。

 アリアとアリス、そしてシオンは、祭壇の下で見守る位置につく。


「ええか、ナギ。今からお前の魔力回路を強制的に開いて、奥に眠るピュールに呼びかける。相当な負荷がかかるはずや」


「覚悟の上です」


「よし。……ほな、始めるで」


 ミナモが扇子を広げ、舞うように空気を撹拌する。


 ゴオオオオオオッ!!


 回廊を吹き抜ける風が、一点――ナギの胸元へと収束し始めた。

 凄まじい風圧。だが、不思議と痛みはない。

 ナギは目を閉じ、意識を自身の内側、深く深くへと潜らせていく。


 ……暗い、水の底のような場所。

 ナギの意識は、心の最深部にある「扉」の前へとたどり着いた。


 誘拐されたあの日以来、ずっと閉ざされていた扉。

 ナギはずっと、この扉に何者かが鍵をかけたのだと思っていた。


(……ピュール!)


 ナギは必死に扉を押し開けようとする。

 だが、開かない。

 鍵がかかっているのではない。

 向こう側から、誰かが必死に押さえているのだ。


(ピュール、なんで……!?)


 呼びかけると、扉越しに痛いほどの感情が流れ込んできた。


 ――拒絶。

 ――恐怖。

 ――そして、深い深い愛情。


 『開けないで』と、相棒が叫んでいる気がした。

 自分が外に出れば、ナギを傷つけてしまう。

 自分の中に埋め込まれた「悪いモノ」が、ナギを壊してしまう。

 だからピュールは、その身一つで内側から扉を押さえ込み、呪いを封じ込めていたのだ。


(そんな……私のために、ずっと一人で……!)


 ナギの目から涙が溢れる。

 だが、その感情の高ぶりが引き金となった。


 ◆


 

「あかん!」


ミナモの鋭い声が響く。


「ナギ、意識を保て! 何か変なモンが出てくるぞ!」


 ドクンッ!!


 ナギの胸から、どす黒い霧が噴き出した。

 それはピュールの意思を無視して溢れ出した、実験の後遺症。

 『原相方舟アークヘイム・エイドス』の実験による負の遺産。


 黒い霧は瞬く間に質量を持ち、幾何学模様の鎖が絡み合ったような、不気味な泥の巨人へと変貌する。

 巨人は咆哮もなく、ただ無機質な殺意を持って、目の前の宿主を飲み込もうと腕を振り上げた。


「くっ、パスが繋がったままで動けん! 誰かナギを守れぇ!」


 ミナモが叫ぶ。彼女はナギとピュールの精神的な繋がりを維持するだけで手一杯だ。今、術を解けばナギの精神が砕けてしまう。


「させません!セレスティア!」


 誰よりも早く反応したのは、アリアだった。

 彼女は自身の相棒に声をかけ、素早くナギと怪物の間に割って入った。


「水龍の障壁バリア・オブ・レヴィアタン!」


 ザバァァァァァッ!!


 虚空から激流が出現し、トグロを巻く龍となってナギを包み込む。

 泥の巨人の拳が障壁に激突するが、水龍は揺らぎもしない。

 アリアの得意とする、鉄壁の防御魔法。


「アリス、今のうちに!」


「分かってる! 焼き尽くせ!」


 アリスが跳躍し、真紅の長槍を振りかぶる。

 穂先に宿るのは、すべてを灰にする極大の劫火。


業火滅槍ラグナ・ヴォルカ!!」


 ドォォォォォォン!!


 槍の一撃が巨人の肩口を抉り、紅蓮の炎が黒い泥を蒸発させていく。

 だが。


「……うそ、再生してる!?」


 アリスが驚愕に目を見開く。

 焼き払ったはずの腕が、黒い霧を集めて瞬時に再生したのだ。

 それどころか、巨人はアリスの炎を喰らい、さらに巨大化していく。


「物理的な攻撃も、魔力による攻撃も吸収するつもりですか……っ!」


 アリアが歯噛みする。

 巨人が再び腕を振り下ろす。今度は質量が違う。

 ズガンッ!!

 激しい衝撃音と共に、水龍の障壁にピキリと亀裂が入った。


「ぐぅっ……!」


「アリア!」


「いけません……このままでは、ジリ貧です……!」


 敵は、ナギの内側から湧き出る「呪い」そのもの。

 倒そうにも、ナギとパスが繋がっている以上、強力な攻撃はナギ自身をも傷つけかねない。

 手詰まりだ。


 巨人が、三度目の拳を振り上げる。

 障壁の限界は近い。


(もう、これまでですか……っ!)


 アリアが覚悟を決めた、その時。


「――下がっていろ」


 静かな、場違いなほど落ち着いた声が響いた。

 アリアとアリスの間を抜け、一人の少年が悠然と歩み出る。


「シオン、さん……?」


 アリアが呆然と呟く。

 彼は武器を持っていない。構えすらとっていない。

 ただ、その肩に乗った黒猫だけが、金色の瞳で巨人を退屈そうに見上げていた。


「少しは手ごたえがありそうだな。……ディアナ」


 シオンが短く名を呼ぶ。


『派手に戦ったら汚れそうよ。終わったら綺麗にして頂戴ね』


 黒猫がシオンの肩から飛び降りると、遺跡の空気が凍りついた。

 

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