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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第4章

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「アリア様。まもなく目的地の最寄りとなる街に到着いたします」


「分かりました。ありがとう、イオリ」


「いえ。予定ではこの街より先は馬車を降りて移動とのことでしたが、予定通りでよろしいでしょうか?」


「そうですね。予定通りいきましょう。ただ、まもなく日も暮れます。本日は一泊して、英気を養いましょう」


「かしこまりました」


 馬車を操縦するイオリがアリアへ声をかける。

 朝から一日中移動して、あたりは日も暮れ始めている。


「みなさん、まもなく本日の目的地に到着するようです。本日は宿で一泊してから、翌朝、予定通り徒歩での移動に切り替えます」


 アリアの言葉に、車内で一番大きな反応を示したのはアリスだった。


「やったー! やっと着く! お尻痛いしお腹空いたし、限界だったよー!」


 アリスが大きく伸びをする。

 王級精霊使いといえど、長時間の馬車移動による退屈には勝てないらしい。


「アリス、はしたないですよ」


「だってぇ……シオンだって疲れた顔してるじゃん」


「……否定はしない」


 話を振られたシオンは、やれやれと肩を回した。

 肉体的な疲労はない。だが、この狭い空間でアリスのハイテンションに付き合い続けるのは、ある意味で魔獣との戦闘以上に精神力を削られる。


「ウチは結構快適やったけどな。こんなフカフカの席、座ったことないわ」


 ナギが座席をポンポンと叩く。

 フェンリズ家の馬車は、振動吸収の術式が組み込まれている特注品だ。本来なら揺れなど感じないはずだが、アリスの落ち着きのなさが空気を揺らしていたのかもしれない。


 やがて、馬車の速度が緩み、石畳を踏む音が変わり始めた。


 窓の外には、温かなランプの灯りが並ぶ街並みが見える。

 国境付近の宿場町。帝国の文化と公国の文化が混ざり合う、独特の雰囲気を持つ街だ。


「宿は手配済みです。この街で一番料理が美味しいと評判の場所を押さえました」


「さすがアリア! 仕事が早い!」


「当然です。ナギさんの静養も兼ねているのですから、妥協はしません」


 アリアが胸を張る。

 到着した宿は、シオンの想像していた「宿場町の宿」とは一線を画していた。


 石造りの重厚な外観に、手入れの行き届いた庭園。

 入り口には制服を着た案内役が待機している。


「……なぁ、ここって学生が泊まるような場所か?」


 馬車を降りたシオンが、思わずアリアに尋ねる。


「そうですか? 地域の視察も兼ねているので、セキュリティのしっかりした場所を選んだつもりですが」


「……住んでいる世界の違いを見せつけられた気分だ」


 シオンはため息をつき、ナギと顔を見合わせた。

 ナギも苦笑いで肩をすくめている。


 

 ◆



 受付を済ませ、部屋に荷物を置いた一行は、さっそく食堂へと集まった。


 テーブルに並ぶのは、この地方特産の川魚を使ったムニエルや、山の幸をふんだんに使った煮込み料理。

 湯気と共に立ち上る香ばしい匂いが、空腹を刺激する。


「いっただっきまーす!」


 アリスが元気よくナイフとフォークを動かす。


「んんーっ! 美味しい! これ何? お魚?」


「清流魚の香草焼きですね。骨まで柔らかくなるよう、圧力調理されています」


 給仕役として控えているシンシアが、おどおどしながらも解説を入れる。


「シンシアもイオリも、座って食べなよ。今日は無礼講だって!」


「い、いえっ! 滅相もありません……! 私たちは後でいただきますので……!」


 アリスの誘いに、シンシアが小動物のように首を振る。

 一方のイオリは、壁際で無表情のまま周囲を警戒していた。ドライな性格の彼女にとって、食事中こそが最も警戒すべき時間なのだろう。


「……美味しいな」


 シオンも一口食べ、素直な感想を漏らす。

 素材の味を活かした素朴な味付けが、体に染み渡るようだ。


「せやな。……なんか、久しぶりにちゃんとご飯食べた気がするわ」


 ナギが、噛みしめるように呟く。


 その言葉に、食卓の空気が少しだけ柔らかくなった。

 ここ数日、病院食ばかりだったこともあるが、何より「精神的な余裕」が味覚に戻ってきた証拠だ。


「たくさん食べてくださいね。明日からは山道です。体力勝負になりますから」


 アリアが自分の皿から、肉料理をナギの皿に取り分ける。


「ちょ、アリア! そんな食べられへんて!」


「ダメです。ナギさんは少し痩せすぎました。戻る頃には健康的になってもらいます」


「うぅ……飼育係やん……」


 文句を言いながらも、ナギの表情は明るい。

 アリスが笑い、アリアが微笑み、シオンが静かにそれを見守る。


 嵐の前の静けさだと分かっていても、この温かい時間は、今の彼らにとって必要なものだった。



 ◆



 食後、シオンは一人で宿のテラスに出ていた。

 夜風が火照った体を冷やしてくれる。


 空には満天の星。

 学院のある都市部では見られない、圧倒的な光量だ。


「……綺麗な星やな」


 背後から声がかかる。

 振り返らなくても分かった。


「まだ寝ないのか、ナギ」


「お腹いっぱいで逆に寝られへんわ。アリアのやつ、デザートまで追加しよるんやもん」


 ナギが隣に来て、手すりに寄りかかる。

 夜風に銀髪が揺れる。


「……明日は……いよいよやな」


「ああ」


「正直、ちょっと怖い」


 ナギは隠さずに言った。


「思い出したくないこと、いっぱいある場所やし。ピュールが戻らんかったらどうしようって不安もある」


 シオンは、星を見上げたまま答える。


「逃げたいか?」


「……ううん」


 ナギは首を横に振った。


「逃げへん。一人やったら逃げてたかもしれんけど、今はみんながおる」


 ナギはシオンの方を向き、悪戯っぽく笑った。


「それに、最強の用心棒もついてるしな?」


「……買い被りすぎだよ」


「頼りにしてるで」


 ナギはそう言って、大きく伸びをした。


「さて、そろそろ寝るわ。おやすみ、シオン」


「ああ、おやすみ」


 パタパタと軽い足音を残して、ナギが部屋へと戻っていく。


 一人残されたシオンは、再び夜空を見上げた。


 その視線の先。

 星空の下に、黒く切り立った巨大な影が見える。


 霧の霊峰。

 明日、彼らが踏み入る場所。


「……何が起きても、守るさ」


 誰に聞かせるわけでもなく呟く。

 夜風が、答えを返すように木々を揺らした。


 旅の休息は終わり次の舞台へ、風が道を示しているようだった。

 

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