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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第4章

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 足音がやけに響く。

 普段なら気にも留めないはずの音が、今は一つ一つ耳に残る。


 シオンは、扉の前で立ち止まった。


 短く息を吐き、ノックをする。


 返事は、すぐに返ってきた。


「……どうぞ」


 扉を開ける。


 白い病室。

 柔らかな光。

 ベッドに腰掛けている、見慣れた背中。


 ナギは、シオンに気づくと一瞬だけ目を見開き――

 すぐに、視線を逸らした。


「……遅いで」


 責める声音ではなかった。

 むしろ、確かめるような、静かな一言。


 シオンは何も言わずにナギの元へ近寄る。


「調子はどうだ?」


「シオンが思ってるほどは悪くないで。」


「ならよかった。」


 会話が続かない。

 沈黙が、病室に落ちる。

 気まずさというより、互いに踏み込む場所を測っているような間だった。


 シオンは、ナギの隣ではなく、少し離れた椅子に腰を下ろした。

 距離を取ったのは、無意識だった。


 ナギは、それに気づいたが、何も言わない。


「……エルドから聞いたで。少し学院から離れてたみたいやな。」


「まぁね。」


 シオンはそれ以上何も言わなかった。

 ナギも理由を聞かない。あえて踏み込まなかった。


「君の精霊について聞きたいことがある。」


「ピュールのこと?」


 ナギは少し前のめりになりながら聞き返す。


「そうだ。悪いことではないから安心していい。僕の精霊が聞きたがっていてね。少し話を聞いてもらってもいいか?」


「……シオンの精霊。」


 その瞬間でナギはあの日のことを思い返す。


 謎の組織による暗躍。

 精霊の暴走。

 そして、それらを鎮めた圧倒的な存在を。


「そんなに怖い顔しなくても大丈夫だよ。ほら。」


 険しい顔をするナギに対して、シオンは軽く手をかざす。

 すると、金色の粒子を纏った猫がナギの目の前に現れた。


「滅多なことじゃあの姿にはならないさ。だから安心していい。その代わりあの件は伏せといてもらえると助かる。」


 コクコクコクとナギは無言で首を縦に振る。

 シオンから安心していいとは言われているものの、その表情は緊張のままだった。


 『ご機嫌よう。ナギさんでいいかしら?私はディアナ。お互い知らない中ではないから挨拶は省かせていただくわね。』


「……よろしく、お願いします。」


 ナギはぎこちなく返す。

 ディアナは小さく目を細めた。猫の姿をしているにもかかわらず、その仕草はどこか気品がある。


『いつもの調子で構わないわ。貴方はシオンの大切な友人だもの。少し確認したいことがあるだけ。』


「確認……?」


 ナギは指先を落ち着かないように組み直した。

 シオンがその様子に気づき、少しだけ声を低くする。


「知っていることだけでいい。思い出したくないことまで無理に話す必要はない。」


「……大丈夫や。なんでも話せるで。」


 ナギは、ゆっくりと視線をディアナへ向けた。


 『ありがとう。では単刀直入に聞くわ。あなたが“風精霊”と出会ったのは――どこ?』


 ナギの呼吸が、一拍だけ止まる。


 シオンはその変化を見逃さなかった。


「……やっぱり関係あるんだな。」


『ええ。精霊を“完全に戻す”には、力でも治癒でも届かない領域がある。契約を結んだ場所、心を繋いだ瞬間――そこに踏み込まない限り、子は帰れないわ。』


 ディアナの声は、柔らかいが揺るがない。


 ナギは、ベッドの端をぎゅっと握りしめた。


「……あそこはな」


 言葉が震える。


「……うちにはもう戻れない場所や。」


 その言葉に、シオンは視線を落とす。


「けど……うちにとって、一番最初に“家”って思えた場所でもある」


 ナギは唇を噛んだ。


『あなたが行きたくないなら、行かなくてもいいのよ。どこかさえ教えてくれればいい。でも――』


 ディアナが、シオンを一度見上げ、それからナギへ視線を戻す。


『あなたが“もう一度ピュールに会いたい”と思うのなら、避けては通れないわ。』


 ナギは小さく息を吸い込み――吐き出した。


「……そっか。」


「ナギ?」


「なんとなくこうなることはわかってた気がする。それもずっと前から。」


「どういうことだ?」


「うちにもわからへん。でも、ピュールが大変なことになってることも。そして、こうやってシオン達が助けてくれることも。」


 ナギの目が揺れる。

 息を呑む音すら、部屋に響くほど静かだった。


 ――戸惑いと、少しの安堵。


 その両方が混ざった表情だった。

 

 『アナタが精霊を思う気持ちを忘れなければ、精霊は必ず応えるわ。安心しなさい。』


 ディアナが尻尾を揺らす。


 ナギは、ぎゅっと目を閉じた。


 胸の奥で、何かが軋む。

 怖い。

 逃げたい。


 それでも――

 

「……うち。」


 小さな声。


「ピュールに、ちゃんと会いたい。」


 シオンは、ゆっくりと頷いた。


「それでいい。」


 それ以上は言わない。

 背中も押さない。


 ただ、同じ場所に立つ。


 『……決まったようね』


 ディアナの声が、少しだけ柔らぐ。


 『なら、次は――』


 ディアナが扉の方向に目を向ける。

 シオンとナギもつられて同じ方向を向いた。



 『外で聞き耳を立てている、悪い子にも話を聞かなくちゃね。』

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