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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第3章

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33



 ――特S区の奥は、異様なほど静かだった。


 戦争跡地の最奥であるため、岩は砕け、地面は抉れている。

 だが、それだけだ。

 あまりにも“何もない”。


「ここらで間違いないか」


「ここが……?」


 エリナはしゃがみ込み、極薄い魔力の痕跡を地面から辿る。


「そうだ。かなり荒れているが、最近のものではない。何より、魔力の残滓が綺麗すぎる。逆に目立つな」


「敵組織のアジトだったということですね」


 ティコが反応する。

 シャルロッテが、少し離れた岩壁を見て声を上げた。


「……ほれ。こっちじゃ」


 二人が近づくと、そこには半ば崩れた地下構造が露出していた。


 遺跡というには新しい。

 施設というには簡素。

 だが、明らかに“人の手”による補強が入っている。


「……これ、学院の様式じゃないですよね?」


「違う」


 エリナは即答した。


「王国の研究所でもない。精霊庁のものでもない」


 内部に足を踏み入れた瞬間、ティコは小さく息を呑んだ。


「……何も、ない」


 装置は破壊されている。

 資料も、魔石も、記録媒体の欠片さえ存在しない。


 まるで――

 最初から何もなかったかのように、徹底的に“掃除”されている。


「徹底しているな」


 シャルロッテが、指先で壁をなぞりながら低く呟く。


「痕跡は残すが、証拠は残さぬ。

 妾の知る限り……この陰湿なやり口は一つしかない」


 エリナは、壁面に刻まれた微細な術式の焼け跡を見つめていた。

 ほとんど消えかけている。

 だが、構文のノイズが――熟練者にははっきりと読み取れた。


「……やはり、か」


 静かに、名を口にする。


「【原相方舟アークヘルム・エイドス】」


 ティコの背筋が、ぞくりと震えた。


「それ……先輩が言ってた……」


「ああ」


 エリナは立ち上がる。


「噂や仮説の段階じゃない。

 ここは、間違いなく“あいつらの実験場跡”だ」


「……何者なんですか?」


 ティコの問いに、すぐには答えなかった。

 エリナは、一度だけ重く息を吐く。


「とんでもないやつらさ、昔から。その目的は一貫している。そして――先日の【ナギ・ハイデンシュローム】の一件とも、辻褄が合う」


「ハイデンシュロームじゃと?」


 シャルロッテがぴくりと眉を動かす。

 その反応を見て、シオンの脳裏に、あの時のナギの悲痛な声がよぎった。


 『白衣着た男や……全部知っとった……名前も、家も……!』


 ――精霊の暴走。

 ――王級に近い出力への強制進化。


 シオンの中で、断片的な事実が一本の線に繋がる。


「……奴らに、ナギが狙われたということか」


「そういうことだ。護衛のついていない王族なんて、奴らにとっては格好の実験材料モルモットだろうからね」


「その、原相方舟ってなにが目的なんですか?」


 ティコが尋ねる。

 エリナは一拍おいて、冷たく言い放った。


「人工的に『王級契約者』を量産することさ」


「……えっ」


「精霊の選別を無視し、相性をねじ伏せ、人間側の都合で無理やり“王級”を成立させる」


 エリナの声は低い。

 そこには、研究者としての嫌悪と、戦士としての警戒が混じっていた。


「……戦争でも起こそうというのですか?」


「そうかもしれないな。いや――」


「…………」


「正確には、戦争を起こした上で『勝てる未来』を確定させようとしているのかもしれない」


 沈黙が落ちる。

 乾いた風の音だけが、遺構を抜けていった。


 シャルロッテが、腕を組んだまま天井を見上げる。


「……して、何故ここで実験していた」


「人目につかず、失敗しても問題にならない場所だからだ」


 エリナは即答した。


「特S区。

 “何が起きてもおかしくない”と、最初から世間が決めつけている場所だ」


「なるほどの」


 シャルロッテが、乾いた笑みを浮かべる。


「失敗は事故にできる。

 成功だけを、持ち帰れる」


 ティコは、思わず拳を握りしめた。

 吐き気がするほど合理的だった。


「……じゃあ、次は?」


 エリナは、振り返らなかった。

 ただ、出口の光を見据えていた。


「次は――」


 一拍。


「もっと効率のいい場所だろうね」


「効率、ですか?」


「人が集まる。

 力が集まる。

 王級が“見世物”になり、異変が起きても『熱狂』で誤魔化せる場所だ」


 風が、遺構を抜けていく。


 誰もが、同じ光景を思い浮かべていた。

 だが、その名を口にする者はいなかった。


(……狙われているな)


 エリナは、確信していた。


 事故ではない。

 偶然でもない。

 これは――次の舞台が、決まったという合図だ。



 学院は、少し浮き足立っていた。


 今年の新入生の中から、王級契約者が序列戦に登場する。

 そのニュースは、瞬く間に校内を駆け巡った。


「さて、そろそろアタシの出番かな」


 控室でストレッチをしながら、その少女は笑った。

 序列第三位、アリス・フェンリズ。

 王級精霊《Igniferイグニフェル/アーク=ヴォルカ》を従え、戦場へと赴く天才。


「何度も言っていますが、油断は禁物ですよ。相手は全力です。王級じゃなくても、必ず隙を見つけてきます」


 忠告するのは、同じく王級契約者であり、アリスの姉である序列第一位、アリア・フェンリズ。

 双子でありながら共に王級契約者という、奇跡のような出自を持つ二人。

 だが、その性格は対照的だった。


「アリアは心配性すぎるんだよ。固すぎるのも良くないと思うよ?」


 心配をするアリアをよそに、アリスはマイペースを保つ。

 赤い髪を揺らし、鏡の前でポーズを決める。


「せっかく観客もいるんだしさ、少しは派手にやらないと。エンターテインメントもアタシ達の務めじゃない?」


「派手にやる場ではありません」


 即座に返すアリアの声は、冷徹なまでに冷静だった。


「序列戦は、見せるためのものではなく、

 “測られるため”のものです」


 その言葉の意味を、アリスは聞き流す。

 あるいは、分かった上で無視した。


 観戦席はすでに埋まりつつあった。

 ざわめきは期待と興奮に満ちている。


 誰もが、この一戦を“見世物”だと思っていた。

 王級契約者が、どれほど違うのか。

 その圧倒的な差を、安全圏から楽しむために。


 その熱狂的な空気の中で、

 アリスは一度だけ、闘技場を見下ろした。


「ま、それならそれで構わないよ」


 その瞳には、純粋な戦意と、

 ほんの少しの慢心が宿っていた。

 

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