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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第3章

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「私たちでは無理ですよぉ!!!」


 ティコは、雨のように降り注ぐ無数の隕石を回避し続けていた。


 回避、といっても余裕はない。

 紙一重。

 肌がチリチリと焼けるほどの至近距離を、熱の塊が通り過ぎていく。


「あれをやるのは流石に一撃では無理じゃ。頼むぞ若いの。上手く陽動してくれ」


「絶対、私より適任いますって〜!!!」


 古代龍の影が、完全に地面を覆った。


 翼が一度、ゆっくりと持ち上がる。

 それだけで空気が震え、特S区の大地が悲鳴を上げた。


『小さきものどもよ』


 低く、重い声が響く。

 魔力ではない。圧でもない。

 “上位者”としての存在そのものが、空間に命令してくる声だった。


『我の眠りを破り、なお生きて立つか』


 エリナは一歩前に出かけて、踏みとどまった。


(……速い)


 魔力の膨張がない。

 詠唱も、前兆もない。

 息をするように、天災を振るっている。


 次は、来る。


「ティコ、下がれ」


「え、ちょ――ひぃっ!!!」


 ティコの目の前を、音速を超えた隕石が通過する。

 風圧だけで体が切れそうになる。


「……っ、これ……!」


 ティコの声が震える。

 “戦っている”感覚が、まるでなかった。


 通り過ぎただけで、『死ねた』。

 直撃すれば、塵すら残らない。



終災ディザスター・グラビティ。これでどうじゃ」


 シャルロッテが闇の王級魔術を放つ。

 重力崩壊を伴う黒球が、古代龍の顔面へと迫る――しかし。


『効かぬわ。失せろ』


 古代龍は視線だけでそれを霧散させ、意に介さずさらに隕石を送り込んでくる。


「あれが効かないとなると厳しいのう。今の妾では落とせんぞ」


 シャルロッテは舌打ちし、一歩後退してエリナの元へ戻る。


「ティコ!! まだいけるか??」


「む〜り〜で〜す〜!!!!」


 エリナは、涙目で逃げ回るティコを見て、感嘆の息を漏らした。


「あの若いの、存外よく逃げておるわい」


「ああ。ティコの精霊は雷属性だ。しかも、思考速度すら加速させるスピード特化型。あんななりではあるが、彼女の【精霊装具化スピリット・アームズ】は、すでに【精霊真装スピリット・ドレス】に限りなく近いところまで体得しているよ」


「なるほどのう。純粋な速度なら妾以上じゃ。逃げるだけのあやつなら、古代龍もそう簡単には撃ち落とせんて」


「だが、彼女の魔力も無限ではない。そろそろ手を打たないとまずいぞ」


 エリナが視線を巡らせる。

 そして、後方で静観している少年に声をかけた。


「シオン! やっぱりなんとかならんかの?」


「うーん。できなくはないけど……」


 シオンは歯切れが悪い。

 視線が、必死に逃げ回るティコの方を向いている。


 エリナは少し考えたあとに、何かに気づいたように声を上げた。


「安心しろシオン。ティコも“こちら側”だ。口止めは私がさせる」


「そういうことかい。シオンが出し渋っておったのは」


 シャルロッテも得心がいったように頷く。


 それを聞いたシオンは、ふっと肩の力を抜いた。

 憑き物が落ちたような、諦めと覚悟が混じった表情。


「――なら、安心だ」


 シオンが指を鳴らす。


 ――刹那。


 ティコの元に迫り来る巨大な隕石が、音もなく砕けた。


「……え?」

『……ほう?』


 ティコ、そして古代龍は、それぞれ違った驚愕の表情を見せる。


 砕けた隕石は、物理的な破片ではなく、黒い砂のような粒子となって辺りに降り注ぐ。

 だが、地面に届く前に――まるで重さという概念を失ったかのように、さらさらと霧散した。


 ティコは反射的に足を止めた。


(魔力が……感じられない……?)


 後方にいる誰かからの援護だろう。その程度に思っていたティコは、すぐに猛烈な違和感に襲われた。

 今の現象は、魔法による迎撃ではない。

 隕石を構成していた“術式”そのものが、ほどけたような感覚。


 隙をみて後方を確認すると、先ほどまで戦闘には参加していなかったシオンが、ポケットから手を出して前に出てきていた。



「さっきも言ったけど、ディアナはいないからな。力の加減はこいつ次第だぞ」


「構わん。ここは特S区だ。何が起こっても誰も見ちゃいないよ」


「信じるからな! ――――ラジア!」


 シオンが名を呼ぶ。

 その瞬間、シオンの影から黄金の粒子が舞い上がった。


 光が集束し、一羽の『梟』がその肩に降り立つ。

 

 ただの梟ではない。

 全身から神々しい金の粒子を纏い、その瞳には万物を見通すような知性が宿っている。

 梟は、目の前の古代龍など意に介さず、シオンへと視線を向けた。


『久しいな、主よ。して、アナディオメネはどうした? あやつの暑苦しい気配が感じられんが』


 響いたのは、中性的で、どこか冷ややかな響きを持つ美声だった。


「ディアナは不在だ。色々あってな。今はお前の力が必要だ。頼めるか?」


『なぁに、愛しい我が主の頼みだ。断るわけがなかろう。……吾輩の敵は、あのトカゲか?』


 ラジアと呼ばれた梟は、ゆっくりと首を回し、古代龍を見据える。

 その姿は、遥か高みから地上の営みを観察するかのような、絶対的な余裕に満ちていた。



「先輩!」


「ティコ。もう大丈夫だ。よくやってくれたな。少し休んでおけ」


「巻き込まれぬように、防御障壁を展開しておくのじゃぞ」


「一体何が……?」


 ティコは二人の元へ戻り、戦局を見守る。

 視界の端で、シオンと梟が輝いている。


「あれがシオンの力じゃよ。お主も薄々感じておるじゃろうが、彼奴の隣におるのは精霊ではない。正直なところ、妾達もあの力の正体は完全に解明できてはおらんのじゃ」


「私も『あれ』は初めてみるな。いつもは猫だったが、シオンは不在だと言っていた」


「不在ですか?」


 ティコの疑問にエリナが答える。


「あぁ。シャルロッテが言う通り、あれは精霊じゃない。我々にはよく分からないが、精霊達はそうでもないらしい」


「……え?」


 ここでティコは気づく。

 自身の内にある契約精霊が、ガタガタと震えていることに。

 恐怖ではない。

 もっと根源的な――“格”の違いに対する畏怖。


「気づいたか」


「精霊が……怯えている?」


 ティコの精霊だけではなかった。

 エリナの契約精霊も、シャルロッテの使い魔も、例外なくシオンの肩に乗る“それ”に対して平伏していた。


「精霊にとっての上位存在であることは間違いないじゃろう。ただ、いくら聞いてもシオンは答えてくれなくての。今日こそはと思って来たのじゃが……」


「……想像と全く違う力だったと」


「そういうことじゃ。ただ、系統は同じじゃ。精霊の反応を見る限りじゃがな」



 古代龍は、沈黙していた。


 否――

 観測していた。


『……ほう』


 低く、空気を震わせる声。


『……貴様――“世界の理”に触れておるな』


 巨大な金色の瞳が、シオンではなく――ラジアを捉える。


『精霊ではない。神でもない。

 それでいて――秩序の内側に立っている』


 翼が、ゆっくりと広がる。

 その動きだけで、空間の密度が変わった。


『何者だ』


 重圧が、一直線にラジアへ向けられる。


『貴様如きに教えることは一つもない。その力は飾りか? 力づくで聞けばいいだろう』


 煽るようにラジアが返す。

 梟の瞳が、侮蔑を含んで細められた。


『……なるほど』


 次の瞬間。


 ――世界が、落ちた。


 上でも下でもない。

 左右でもない。

 空間そのものが“沈む”。


「……っ!」


 ティコが思わず膝をつく。

 エリナとシャルロッテでさえ、表情を歪めて足元を踏みしめた。

 地面がミシミシと悲鳴を上げ、円状に陥没していく。


「これは……!」


「重力じゃない……概念圧じゃ! 空間ごと押し潰す気か!」


 古代龍が、咆哮する。


『ならば試そうぞ!

 貴様が、どこまで耐えうるかを!』


 翼が振り下ろされる。


 隕石ではない。

 魔力弾でもない。

 “そこに存在する”という定義そのものを圧殺する、不可避の破壊。


 だが。

 シオンは一歩、前へ出た。


「ラジア」


『承知』


 梟の瞳が、解析の光を帯びて金色に輝いた。



 

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