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「【原相方舟】か。……知っているよ。正直、好んで関わりたい相手じゃないけどね。」
学院職員棟の一室でエリナ•クロウリーは大きなため息を吐く。
「私は聞いたことなかったんですけど、先輩がそこまでいうってことは…。」
同室で書類整理を行っている女性は今年からの新任教師である【ティコ•グレイ】。
「君も知っておいた方がいいだろう。アリア•フェンリスから提出されたこの報告書、とてもじゃないが学院で処理できるとも思えない。」
「なるほど、だから先輩直々に動こうってわけですね。頑張ってください!」
ティコは両拳を握り、力強く頷いた。
「なに言ってるんだ?君も一緒に来るに決まってるじゃないか。何のために君を教師として推薦したと思ってるんだ?」
「え……。えぇええええ!?!?!?」
「……冗談ではないぞ。今のうちに幸せな日常でも噛み締めているといい。」
ティコの感情とは裏腹に、エリナは淡々と告げる。
エリナはもう一度報告書を見直す。
――暴走。
精霊の制御不能。
想定外の出力上昇。
現地判断による鎮圧。
表面上は、よくある記述だ。
外部実習で起きた事故として、処理できなくもない。
だが。
(……本当に、そうか?)
エリナは、報告書の余白に視線を落とす。
そこには、名前があった。
シオン。
戦闘の詳細は少ない。
介入の経緯も、必要最低限しか書かれていない。
まるで、意図的に削ぎ落とされたかのような簡潔さ。
(彼が“制御を失う”……?)
あり得ない、とは言わない。
だが、腑に落ちない。
エリナは、シオンの特性を知っている。
力の性質も、使い方も。
そして――“使わない理由”も。
あれは、暴走する類の存在ではない。
むしろ、過剰なまでに自制する側だ。
だからこそ。
(……誰かが、触れたな)
そう考えた瞬間、
報告書の冒頭に記された名が、脳裏で重く響いた。
【原相方舟】
エリナは、思わず鼻で小さく息を吐いた。
精霊。
制御。
魔力の消失。
そして、“説明できない結果”。
どれも、あの組織が好んで残す痕跡だ。
(表で、この名前を見ることになるとはな)
資料の中に記されたその名は、
裏で蠢く噂や断片情報とは違い、あまりにもはっきりしていた。
偶然ではない。
事故でもない。
エリナは、静かに報告書を閉じる。
表に出た以上、もう隠れるつもりはないという意思表示。
そう受け取るのが、自然だった。
(……やれやれ。)
面倒だ。
本当に、面倒な話だ。
だが同時に、
これ以上放置できない段階に入ったのも確かだった。
視線は、再びシオンの名へと戻る。
(君も、巻き込まれた側か。それとも――)
答えは、まだ出さない。
だが、確信はある。
この件は、
――エリナ•クロウリーの管轄だ。
◆
「……アタシの番だな」
掲示板の前では今日も人だかりができていた。
【序列戦】
序列第三位アリス•フェンリズvs序列第四位アストラ•ノーグ
「負けないでくださいね。王級契約者として。」
気合いを入れるアリスに対して序列第二位のルシアが水を差す。
「アタシのアーク=ヴォルカが負けるわけないだろ?アリアとは相性が悪いけど、ルシアの精霊にだって負けないつもりだぜ。」
「それはそれは随分な大口ですこと。確かに私のエル•ラディアンは戦闘向きではありませんが、それでも第二位にいる意味をお分かりですか?」
「……あなた達が戦うわけではないんですから、舌戦はそこまでにしてください。それに、相手は第四位です。足元を掬われても知りませんよ?」
言い合うアリスとルシアをアリアが止める。
「なんだよ。アリアもアタシが負けるって言うのか?」
「違います。リスペクトを持ちなさいと言っているんです。」
アリアは小さくため息を吐く。
◆
「決まりましたよ。君の対戦相手。」
「早速すか?だれです?」
「アリス•フェンリズ。第三位。」
「げぇー!本当に三位じゃないっすか。自分っちにはまだ早いですって。入学初戦が負けじゃあ締まらないっすねぇ。」
アストラ•ノーグは今日も生徒会メンバーの男と一緒にいた。
「何度も言ってますが、君は自身を過小評価しすぎです。最初から諦めるものではありませんよ。」
「って言われてもっすねぇ……。」
「来週には正式に生徒会メンバーになるのです。第三位の称号を手土産にするくらいの度量をみせたらどうなんです?」
「生徒会にとって、三位も四位も変わらなっすよ。なんせ、あの人が生徒会長なんですから。」
「まぁ、そればっかりは否定しないですが……。それでも秩序を守る組織として全力を尽くさないことは私が許しません。」
「わかってますよ。やるからには本気でやるっす。」
「最初からそう言ってもらえると助かるのですが……。君は少々まわりくどすぎる。」
男はため息を吐くと、腕の腕章を締め直す。
「今年の新入生初、王級契約者の序列戦です。注目度も高いでしょう。学院の主要人物も観に来る可能性が高いです。恥ずかしい試合にならないよう、お願いしますね。」
「……はいっす。」




