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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第2章

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22

シオン達は、石造りで舗装された道を抜けると、開けた草原に出た。

その先には、巨大な森が広がっている。


「……ほんまに静かなもんやな」


 ナギが、遠慮のない感想を漏らす。


 視界を遮るほどの木々はなく、足元の草も短い。

 風は穏やかで、魔物の気配も感じられない。


「遺跡って聞いてたから、もっとこう……薄暗い場所かと思ってました」


 ミナが、少し拍子抜けしたように言った。


「C区は外縁部だからな。管理も行き届いている」


 エルドは地図を確認しながら答える。


「問題が起きるとすれば、むしろ“想定外”だ」


「不吉なこと言わんといて」


 ナギが即座に突っ込む。


 そんなやり取りをしながら、四人は森へと足を踏み入れた。



 森の中は、思っていたよりも静かだった。


 鳥の声も、虫の羽音もある。

 だが、それらがどこか遠く、背景のように感じられる。


「目的地は、この小湖やな」


 ナギが地図を指差す。


「水質確認と、周辺の魔力濃度測定。ほんまに調査だけや」


「採水用の容器も指定されてるな」


 エルドが任務表を読み上げる。


「湖の水を規定量採取し、拠点へ持ち帰る。滞在時間は最小限、と」


「……簡単、ですね」


 ミナはそう言いながらも、測定器を鞄から取り出していた。


 水晶盤の針は、今のところ安定している。


「数値も、想定範囲内です」


「ほらな。平和な実習や」


 ナギは気楽に笑う。


「安全な区画で、指示通りの情報を正確に持ち帰る。それができなければ、上位区画には行けない」


 エルドは気を引き締めるような表情をする。


 

 シオンは、その様子を横目に見ながら、森の奥へ視線を向けた。


(……静かすぎる気もするが)


 そう思ったが、口には出さない。


 C区。

 危険度・低。

 魔物出現率・極小。


 学院がそう判断した場所だ。


 それを疑う理由は、今のところ何もなかった。



 やがて、木々の隙間から、水面が見え始める。


「見えてきました」


 ミナが声を上げる。


 森に囲まれた、小さな湖。

 水は澄んでいて、波一つ立っていない。


 ――調査地点。


 四人は、特に緊張することもなく、その湖へと近づいていった。



 ◆



「――あれやな」


 木々の隙間を抜けた先に、小さな湖が広がっていた。


 澄んだ水。風もなく、鏡のように空を映している。

 湖畔には倒木がいくつか転がり、苔と湿った土の匂いが漂っていた。


「見た目は、普通ですね」


 ミナが一歩前に出る。


 鞄から、昨日買った簡易魔力測定器を取り出した。


 水晶盤の上で、細い針が静かに揺れている。


「想定魔力値……範囲内です」


 ミナはそう告げてから、湖面を覗き込む。


「水質も、透明度は高そうですね」


「じゃあ、ちゃちゃっと汲んで帰ろか」


 ナギが屈み込み、採取用ボトルを構えた、その時だった。


 ――カチ、と。


 測定器の針が、ほんのわずかに跳ねた。


「……?」


 ミナの動きが止まる。


「どうした?」


 エルドがすぐに反応する。


「いえ……」


 ミナは水晶盤をもう一度見つめ、針の動きを確認した。


「一瞬だけ、数値がブレました」


「ブレ?」


「はい。でも、今は戻っています。誤差の範囲、だと思います」


 ミナはそう言って、首を振った。


「このくらいなら、自然変動でも起きますし……」


「気にしすぎやって」


 ナギはあっさり言い、再び湖に向き直る。


「C区やで?何も起きへんって」


 エルドは一拍置いてから、頷いた。


「……一応、周囲も見ておこう。採取はそのあとだ」


「了解です」


 ミナは測定器を鞄にしまい、周囲の植生へと視線を移す。


 シオンは、湖面をじっと見つめていた。


 水は静かだ。

 波紋一つ立っていない。


『何もないってことはなさそうね。魔力を感じるわ。本当に少しだけど。』


 ディアナがシオンの思考に気づき念話を送る。


「なにかあってからでは遅い。念の為周囲は確認したほうがいいだろう。」


 エルドも違和感を感じ取ったようで全員に提案する。


「そうですね。あくまで調査ですから!」


「しゃーないな。ほな手分けしようか。」



 エルドの判断で、四人は湖の周囲を分担して確認することになった。


「ナギとシオンで、湖の南側」

「俺とミナは、北側を見る」


「了解や」


 軽い返事とともに、それぞれが動き出す。


 湖畔を回る足取りは穏やかだ。

 地面は湿っているが、足を取られるほどではない。


 ナギは先を歩きながら、時折草を踏み分け、倒木の裏を覗く。


「何もないなぁ」


「……そうだな」


 シオンは相槌を打ちながら、周囲を見渡す。


 木々は静かだ。

 風はあるが、葉擦れの音は最小限で、まるで音が吸われているようにも感じる。


(さっきから、精霊も静かすぎる)


 ディアナは、いつもなら何か一言挟んでくる。

 だが今は、珍しく黙ったままだった。


 ――数分後。


「問題なし、やな。」


 ナギが伸びをする。


「そっちも異常なし?」


「ああ。少なくとも、目に見える範囲では」


 二人は湖の中央付近で合流する。


 そのタイミングで、向こう側からミナの声が聞こえた。


「……エルドさん」


 いつもより、少し硬い声。


「どうした?」


 エルドとミナが立っているのは、湖の北側。

 ミナは測定器を両手で持ち、じっと水晶盤を見つめていた。


「数値が……おかしいです」


「さっきの誤差か?」


「いえ。今度は、はっきりと」


 ミナはゆっくりと、測定器をこちらへ向ける。


 水晶盤の針が、左右に細かく震えていた。


「想定値の範囲内ではあります。ですが……」


 言葉を選ぶように、一度息を吸う。


「“揺れ方”が、不自然です」


「不自然?」


 ナギが首を傾げる。


「数値は合っているのに、安定しません。

 まるで……何かに引っ張られているみたいで」


 エルドの表情が引き締まる。


「方向は?」


「……森の奥です」


 ミナが指差した先。


 湖を背にした、さらに深い森。


 木々が密集し、陽の光がほとんど届かない場所だった。


「一度報告に戻るべきだな」


 エルドは即座に判断する。


「C区とはいえ、想定外が出た以上、続行は危険だ」


「えー、もうちょい見てもええんちゃう?」


 ナギは軽く言ったが、ミナの表情を見て言葉を止めた。


「……ミナ?」


「……嫌な感じが、します」


 はっきりとした理由はない。

 だが、その一言には迷いがなかった。


「分かった。戻ろう」


 エルドが言う。


 エルドを先頭にして、四人は来た道を引き返し始めた。


 その時。


 ――草を踏みしめる、軽い音。


「……?」


 シオンが足を止める。


 振り返る。


「ナギ?」


 返事がない。


「……ナギ?」


 もう一度、名を呼ぶ。


 視界の中に、先ほどまで確かにあったはずの姿が――ない。


 森は、静まり返っていた。


「……え?」


 ミナが、小さく声を漏らす。


「……ナギさん?」

 

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