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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
序章

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2


 学院の朝は静かだった。

 しかしその静けさの奥では、確かなざわめきが満ちている。

 学生たちの鼓動、期待、焦燥――それらが空気に重さを与えていた。


 今日は、属性検査の日。


 この学院に入学した一年生は約五百名。

 全員が、契約している精霊・魔力量・制御精度・伸びしろを測定され、

 その結果が数字として記録される。


 その数字は、初期の序列として掲示される。


 順位は一年を通して変動するが、

 最初の評価ほど影響力があるものはない。


 


 私は歩きながら、廊下の空気の張りつめた質感を感じていた。


 精霊たちは落ち着かない。

 囁くように揺れ、視界の端で小さく光る。


 それだけで、今日が特別だとわかる。


 


「おはよう、アリア」


 背後から赤い揺らぎと声。アリスだ。

 制服は規則通りのはずなのに、纏う空気が自由で野性味がある。


「今日は退屈な日だよね。数字に価値を決められるなんてさ」


「価値ではなく基準です。感情とは区別すべきでしょう」


「……ほんとそういうところだよね」


 アリスは笑う。火精が揺れた。


 


「二人とも、時間です。行きましょう」


 ルシアが静かに近づいてきた。

 光精の気配が柔らかく漂う。


 歩き出すと、周囲の生徒たちが小さく道を空けた。

 避けるのではなく――距離を保つ。


 



 


 検査室に入ると、空気の密度が変わった。

 魔力の匂い。精霊のざわつき。

 緊張と期待が混ざり、空間そのものが膨らんでいるようだった。


 視線が集まる。驚き、畏れ、憧れ――色がある。


 だがその中に、ただまっすぐ見る視線があった。


 茶髪の少年。エルド・ハリオン。


 怯えるでも、挑むでもない。

 観察する目。自身の立ち位置を理解しようとする者の目。


 その後ろに、小柄な少女が立つ。

 制服の袖をぎゅっと握り締めながら。


 ミナ・ローレン。


 彼女の緊張は明らかだった。

 だが、それでも逃げる気配がなかった。

 そこに、小さな強さを感じる。


「静粛に」


 教師の声が広間に響いた。

 いや、その声にはわずかに焦りが混じっていたかもしれない。


 ホールの端、第三レーンの検査機から、うっすらと黒い煙が上がっているのが見えた。

 焦げ臭い匂いが漂い、数名の魔術師が慌ただしく駆け寄っていく。


「……故障か?」

「さあな。誰かやらかしたんじゃないか」

「おい見ろよ、あの魔術回路、完全に焼き切れてるぞ……」


 生徒たちのざわめき。

 だが、教師はそれを手で制し、努めて冷静に告げた。


「第三レーンは使用停止とする。以降の生徒は第一、第二レーンへ回るように。

 ……ハプニングに動じるな。自身の測定に集中しろ」


 トラブルの原因となった生徒の姿は、もうそこにはなかった。

 ただ、壊れた機械だけが不気味な沈黙を守っていた。

 


「これより番号二百四十番台以降の測定に入る」


 



 


「次、二百四十三番──エルド・ハリオン」


 エルドが歩み出る。

 魔術陣が展開し、蒼白い雷光が弾けた。

 直後、風の気配が絡む。


 生徒たちが小さく息を呑む。


雷精ヴァルト・フォルン風精ブリーズ・フォーン……二重契約」


 教師が淡々と告げ、数値を記入する。


「適性評価:A-

制御精度:中位

潜在伸び幅:高」


 短い沈黙のあと、周囲から低いざわめきが起きた。


 エルドは淡く頭を下げ、静かに列に戻る。

 満足でも慢心でもない、受け止めるための呼吸。

 そういう態度だった。


 


「次、二百五十八番──ミナ・ローレン」


 ミナが震える指先を握りしめて歩く。


 魔術陣が緑に染まった。

 土と湿り気、生命の匂い。


地精フローラ・ミルド


 教師が紙をめくり、魔力値を読み取る。


「適性評価:D+

制御未成熟・反応過敏。伸び代評価は保留」


 ミナは唇を噛み、一瞬だけ俯く。

 しかしすぐに顔を上げた。


 その表情には――まだ折れていない意志があった。


 地精が小さく光り、寄り添う。


 



 


 検査は続いた。


 だが――

 私たち三人の番号が呼ばれることはなかった。


 理由は明白。


王級契約者は別室測定。

通常の魔術陣では耐えられない。


 


「当然だね。

 普通の検査枠で測られたくないし」


 アリスが肩をすくめる。


「形式はどうあれ、結果は明日すべての形になります」


 ルシアは淡々と告げる。


 



 


「――以上で検査終了とする!」


 教師の声音と同時に、広間がざわめき始める。


 別の教師が、長い巻物を抱えて入ってきた。


 生徒たちの視線が吸い寄せられる。

 これは明日の朝、掲示される順位表──。


 


 私は何気なく視線を掲示板へ向けた。


 そこには、


名前はあるのに、姿の見えない生徒がひとり。


 番号は割り振られている。

 しかし検査にも、広間にもいなかった。


「誰か欠席か?」「転入?」「いや記録上は最初からいる」


 小さな会話が流れる。

 だがすぐに別の話題に飲まれた。


 教師たちも説明はしない。

 気に留める者もほとんどいない。


 その違和感だけが、静かに空気に残った。


 



 


「……明日が楽しみですね。」


 息を吐く。


「順位はただの数字です。

 ですが──数字は世界の形を示す」


 ルシアが答える。


 私は最後にもう一度、掲示板を見た。


 


名だけある生徒。

不在のまま、名簿だけ存在する影。


 


 それに意味があるかどうかは、

この時点では、まだ誰も知らなかった。

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