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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第1章

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 雷が唸っていた。


 目の前で、【雷帝・ヴォルティノーグ】が動くたびに、空気が焼けるように白く発光する。

 巨大な剣が振り下ろされるたび、演習場の結界が悲鳴を上げてきしむのが分かった。


(……派手だな)


 そんな感想が、最初に浮かんだ。


 正直に言えば、危機感は薄い。

 当たれば危ないのは分かる。あの出力なら、人間なんて消し炭だろう。


『自分に攻撃が来ないからって、余所見してる場合じゃないわよ、シオン』


 足元で、金色の猫――ディアナが跳ねる。

 雷の斬撃を、紙一重で避けながら、まるで午後の散歩でもしているみたいな軽さだ。


「分かってる。でも……」


(この程度で、ディアナがやられるわけないだろ)


 雷帝の一撃が地面を抉る。

 砂が爆ぜ、衝撃波がシオンの髪を揺らす。

 それでも、ディアナはペースを乱さない。


『……ほう』


 不意に、低く、重い声が脳内に響いた。

 雷帝・ヴォルティノーグだ。


『貴様、精霊にしては妙だな』


『あら。分かる? さすがは名のある精霊さんね』


 ディアナの声は楽しげだった。


 雷帝の剣が、再び振り下ろされる。

 ディアナは跳ね、回り込み、雷の軌道をわずかに“撫でて”ずらす。

 真正面からは受けない。相殺もしない。

 “触る部分の事象だけを消している”。


『アナタも、なかなか面白いわね』


『……我と同属性かと思ったが』


 雷帝の声が、わずかに低くなる。


『属性が曖昧だ。いや……意図的に消しているな?』


『さて、どうかしらね?』


 ディアナは、雷帝の肩口をすり抜ける。

 豪雷が空を切る。


『まぁ、よい。ここまで対等に渡り合える相手は久方ぶりだ』


 雷帝の大剣に魔力が集中し、太陽のような魔力球となってディアナに襲いかかる。


 だが、それすらディアナには届かない。

 猫パンチひとつで、魔力球は霧散した。


『よく捌くものだ。やはり久方ぶりだぞ。この高揚感は』


『光栄ね。ならこちらからも仕掛けさせてもらおうかしら』


 ディアナから、黄金の魔力が溢れ出す。

 しかし、会場全体がその「本質」に気づく前に、膨大な魔力は一瞬で萎んでいく。


『いや、どうやらここまでのようだ』


 雷帝の声が、重く、残念そうに響く。


『我が主人は、貴様の主人より未熟者でな』


 その言葉に、ディアナは一瞬だけ動きを止めた。

 視線の先には、肩で息をするライゼルの姿がある。


『……よくわかってるじゃない。アナタのことは嫌いじゃないわよ。また機会があったら戦いましょ』


 楽しそうに、嬉しそうに。それでもどこか寂しそうに。

 ディアナは全てを察した顔をして、雷帝に告げる。


『貴様の名を聞こう』


『ディアナよ。大切な名前なの。しっかり覚えておきなさい』


 その言葉を受け取ると、雷帝はニヤリと笑みを浮かべ……。


 ――フッ、と忽然と姿を消した。



(……? どうしたんだ?)


 唐突な雷帝の消滅に、シオンは首をかしげた。


『次は私たちの番よ、シオン』


 察したディアナが声をかける。


 雷帝は強かった。

 ディアナが負けることはないだろうが、あれだけの出力を維持するのは相手の術者――ライゼルへの負担も大きいはずだ。

 あれだけ派手にやってくれれば、いろんな誤魔化しも効くだろうが……。


 目の前に立つライゼルの手には、先ほどまで雷帝が振るっていた大剣と同じものが握られていた。


「ディアナ」


 その声に、ディアナがふっと視線をこちらに向けた。


(楽しそうだな。これだけ相手も強そうだしたまには自由にさせるか)


「……壊さない程度にな」


『あら、でもアナタに向かってきているわよ?』


「へ?」


 シオンはディアナに指示を出したが、それとは裏腹にライゼルは、ふらつく足取りでシオンの方へ向かってきていた。


「直接やってやる……!」


 ライゼルが、大剣に魔力を集める。

 一気に決めに来る構えだ。


 だが。


(……遅い)


 シオンは眉をひそめた。

 さっきまでの雷帝の速度を見た後だと、止まっているようにすら見える。


 シオンは、ライゼルの大振りをステップのみで軽く躱す。


(随分と遅いな。舐められているのか?)


 シオンには、ライゼルが限界ギリギリで動いていることなど知る由もない。

 ただ「急に動きが悪くなった=手を抜いている?」と勘違いしただけだ。


 それでもライゼルは魔力を絞りだし、大剣に最後の一撃を込める。

 気迫だけは凄い。


 しかしその剣でさえ、シオンに届くことはなかった。


 体勢を崩したライゼルの懐へ、どこからともなくディアナが現れた。


『おやすみなさい』


 誰も聞こえぬ速度で詠唱を終えたディアナの魔術が発動する。

 誰にも見えぬ速度で。

 攻撃に備えてガードを上げるライゼルの腕をすり抜け、直接意識を刈り取る一撃。


 パァンッ。


 光が弾けた。


 ライゼルも、会場のギャラリーも、何が起きたかわからないまま戦いは決着した。

 ほんの一部を除いて。


 ライゼルは糸が切れたようにその場に倒れ込み、地面に突っ伏した。

 その背中の上で、光の粒子がキラキラと煌めいていた。


「勝者、シオン!」


(え? 終わり……?)



 教師の声が響く。

 雷の匂いが、ゆっくりと薄れていく。


 ディアナは着地すると、何事もなかったように毛づくろいを始めた。


『まぁ、ほどほどに楽しめたわ』


「……それはよかったな……」


 倒れているライゼルを見下ろし、シオンは複雑な気分になる。

 結局、何がしたかったんだろう、この人。


『雷帝は、悪くなかったわよ』


 ディアナは、ちらりとライゼルの方を見る。


『あの精霊……ヴォルティノーグ。とても良いわ』


「気に入ったの?」


『少しね。でも――』


 ディアナは、僕を見上げた。

 金色の瞳が、嬉しそうに細められる。


『私は、シオンのことが一番大好きだから』


 それだけ言って、尻尾を揺らす。


 周囲のざわめきが、遅れて戻ってくる。

 視線が集まる。

 評価が、疑念が、興味が。

 さっきまでとは比べ物にならない熱量で、9位の席を見ている。


(……やっぱり、静かにはいかないか)


 そう思いながら、シオンは一度だけ深く息を吐いた。

 

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