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雷が唸っていた。
目の前で、【雷帝・ヴォルティノーグ】が動くたびに、空気が焼けるように白く発光する。
巨大な剣が振り下ろされるたび、演習場の結界が悲鳴を上げてきしむのが分かった。
(……派手だな)
そんな感想が、最初に浮かんだ。
正直に言えば、危機感は薄い。
当たれば危ないのは分かる。あの出力なら、人間なんて消し炭だろう。
『自分に攻撃が来ないからって、余所見してる場合じゃないわよ、シオン』
足元で、金色の猫――ディアナが跳ねる。
雷の斬撃を、紙一重で避けながら、まるで午後の散歩でもしているみたいな軽さだ。
「分かってる。でも……」
(この程度で、ディアナがやられるわけないだろ)
雷帝の一撃が地面を抉る。
砂が爆ぜ、衝撃波がシオンの髪を揺らす。
それでも、ディアナはペースを乱さない。
『……ほう』
不意に、低く、重い声が脳内に響いた。
雷帝・ヴォルティノーグだ。
『貴様、精霊にしては妙だな』
『あら。分かる? さすがは名のある精霊さんね』
ディアナの声は楽しげだった。
雷帝の剣が、再び振り下ろされる。
ディアナは跳ね、回り込み、雷の軌道をわずかに“撫でて”ずらす。
真正面からは受けない。相殺もしない。
“触る部分の事象だけを消している”。
『アナタも、なかなか面白いわね』
『……我と同属性かと思ったが』
雷帝の声が、わずかに低くなる。
『属性が曖昧だ。いや……意図的に消しているな?』
『さて、どうかしらね?』
ディアナは、雷帝の肩口をすり抜ける。
豪雷が空を切る。
『まぁ、よい。ここまで対等に渡り合える相手は久方ぶりだ』
雷帝の大剣に魔力が集中し、太陽のような魔力球となってディアナに襲いかかる。
だが、それすらディアナには届かない。
猫パンチひとつで、魔力球は霧散した。
『よく捌くものだ。やはり久方ぶりだぞ。この高揚感は』
『光栄ね。ならこちらからも仕掛けさせてもらおうかしら』
ディアナから、黄金の魔力が溢れ出す。
しかし、会場全体がその「本質」に気づく前に、膨大な魔力は一瞬で萎んでいく。
『いや、どうやらここまでのようだ』
雷帝の声が、重く、残念そうに響く。
『我が主人は、貴様の主人より未熟者でな』
その言葉に、ディアナは一瞬だけ動きを止めた。
視線の先には、肩で息をするライゼルの姿がある。
『……よくわかってるじゃない。アナタのことは嫌いじゃないわよ。また機会があったら戦いましょ』
楽しそうに、嬉しそうに。それでもどこか寂しそうに。
ディアナは全てを察した顔をして、雷帝に告げる。
『貴様の名を聞こう』
『ディアナよ。大切な名前なの。しっかり覚えておきなさい』
その言葉を受け取ると、雷帝はニヤリと笑みを浮かべ……。
――フッ、と忽然と姿を消した。
◆
(……? どうしたんだ?)
唐突な雷帝の消滅に、シオンは首をかしげた。
『次は私たちの番よ、シオン』
察したディアナが声をかける。
雷帝は強かった。
ディアナが負けることはないだろうが、あれだけの出力を維持するのは相手の術者――ライゼルへの負担も大きいはずだ。
あれだけ派手にやってくれれば、いろんな誤魔化しも効くだろうが……。
目の前に立つライゼルの手には、先ほどまで雷帝が振るっていた大剣と同じものが握られていた。
「ディアナ」
その声に、ディアナがふっと視線をこちらに向けた。
(楽しそうだな。これだけ相手も強そうだしたまには自由にさせるか)
「……壊さない程度にな」
『あら、でもアナタに向かってきているわよ?』
「へ?」
シオンはディアナに指示を出したが、それとは裏腹にライゼルは、ふらつく足取りでシオンの方へ向かってきていた。
「直接やってやる……!」
ライゼルが、大剣に魔力を集める。
一気に決めに来る構えだ。
だが。
(……遅い)
シオンは眉をひそめた。
さっきまでの雷帝の速度を見た後だと、止まっているようにすら見える。
シオンは、ライゼルの大振りをステップのみで軽く躱す。
(随分と遅いな。舐められているのか?)
シオンには、ライゼルが限界ギリギリで動いていることなど知る由もない。
ただ「急に動きが悪くなった=手を抜いている?」と勘違いしただけだ。
それでもライゼルは魔力を絞りだし、大剣に最後の一撃を込める。
気迫だけは凄い。
しかしその剣でさえ、シオンに届くことはなかった。
体勢を崩したライゼルの懐へ、どこからともなくディアナが現れた。
『おやすみなさい』
誰も聞こえぬ速度で詠唱を終えたディアナの魔術が発動する。
誰にも見えぬ速度で。
攻撃に備えてガードを上げるライゼルの腕をすり抜け、直接意識を刈り取る一撃。
パァンッ。
光が弾けた。
ライゼルも、会場のギャラリーも、何が起きたかわからないまま戦いは決着した。
ほんの一部を除いて。
ライゼルは糸が切れたようにその場に倒れ込み、地面に突っ伏した。
その背中の上で、光の粒子がキラキラと煌めいていた。
「勝者、シオン!」
(え? 終わり……?)
◆
教師の声が響く。
雷の匂いが、ゆっくりと薄れていく。
ディアナは着地すると、何事もなかったように毛づくろいを始めた。
『まぁ、ほどほどに楽しめたわ』
「……それはよかったな……」
倒れているライゼルを見下ろし、シオンは複雑な気分になる。
結局、何がしたかったんだろう、この人。
『雷帝は、悪くなかったわよ』
ディアナは、ちらりとライゼルの方を見る。
『あの精霊……ヴォルティノーグ。とても良いわ』
「気に入ったの?」
『少しね。でも――』
ディアナは、僕を見上げた。
金色の瞳が、嬉しそうに細められる。
『私は、シオンのことが一番大好きだから』
それだけ言って、尻尾を揺らす。
周囲のざわめきが、遅れて戻ってくる。
視線が集まる。
評価が、疑念が、興味が。
さっきまでとは比べ物にならない熱量で、9位の席を見ている。
(……やっぱり、静かにはいかないか)
そう思いながら、シオンは一度だけ深く息を吐いた。




