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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第1章

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 訓練場の喧騒から少し離れた高台にある、貴賓用観覧席。

 そこには、眼下の熱気とは隔絶された静謐な空気が流れていた。


 一般生徒は立ち入れないその場所に、三つの影があった。


「……やはり、違和感がありますね」


 最初に口を開いたのは、アリアだった。

 視線は訓練場の中央。昨日の模擬戦が行われた場所を見つめている。

 『あの時』の余韻が、まだ肌に残っているのだ。


『違和感、というより――“欠落”でしょう』


 アリアの背後で淡く光る水の粒子が集まり、セレスティアの輪郭を形作る。

 王級精霊の声は静かだが、いつもより慎重な響きを含んでいた。


「ええ。

 魔力量、制御、反応速度……どれも高水準ですが、王級が驚くほどではありません。

 ですが、“結果”だけが、理屈に合いません」


 その言葉に、隣で手すりに腰掛けていた少女が、つまらなそうに足をぶらつかせた。


「なるほどねぇ。

 アリアの水龍が“効かなかった”わけじゃない、と」


 燃えるような赤髪に、勝気な瞳。

 火の魔力を当然のように纏うその少女は、アリス・フェンリズ。

 アリアの双子の妹にして、同じく火の王級契約者だ。


「効いたはずなのに、“効いた事実が消えた”。

 ……そういうことでしょう?」


「ええ。アリスの言う通りです」


 アリアが頷くと、もう一人の少女――ルシアが静かに口を挟んだ。


「……たしか、アリアさんは彼と同じ班になったのでしたね。近くで見て、何か気づいたことは?」


 アリアは即答しなかった。

 代わりに、セレスティアが低く告げる。


『彼の精霊です。

 精霊としての“位階”が、曖昧すぎます』


「曖昧?」


『上級精霊に見えるよう擬態カモフラージュしている、と言えば簡単ですが……それにしては“引き算”が綺麗すぎるのです』


 王級精霊が、言葉を選んでいる。

 それ自体が、異常事態だった。


「盛ってない。

 余分な出力を、極限まで“削っている”……って感じ?」


 アリスの言葉に、セレスティアは肯定の気配を返す。


『はい。

 “出さない”のではなく、“消している”。

 それも、自然界の法則に干渉するレベルで』


 その瞬間、場の空気がピリリと引き締まった。

 風が吹き、演習場の砂が小さく舞い上がる。


「……それは」


 アリアが息を呑む。

 それが意味することは、王級精霊による偽装と同等か――あるいはそれ以上か。


「でもさ」


 アリスが、重くなった空気を払うように軽い口調で言った。


「だからって、彼がアタシ達に牙を剥くわけじゃないでしょ?」


 アリアは頷く。


「ええ。

 彼は戦うことを選ばず、退くことを選びました。

 あそこで演技をしてでも試合を終わらせたのは、周囲への被害を防ぐため……“壊さない選択”をしたのです」


「ふーん。優しいねぇ、9位くん」


 アリスは口角を上げて笑う。


「それだけで、今は十分だと思うけどな。敵じゃないなら、無理に暴く必要もないでしょ」


『ただ――

 序列戦で、同じ判断ができるかは別問題です』


 セレスティアが冷ややかに告げた。


『相手はライゼル・ヴォルトレイグ。

 彼が“演技”で済ませてくれる相手ではありません』


 アリアは一度、目を閉じた。


「……ええ。

 だからこそ、見守りましょう」


 視線の先では、メインイベントの準備が進んでいる。

 やがて――避けてきた舞台に、彼自身が立つことになる。


「彼が“静かにいたい”と願うなら」


 アリアは、祈るように、けれど確信を持って呟いた。


「なおさら、世界は放っておかないでしょうね」



 正直に言えば、気に入らない。


 演習場に集まる視線。その大半が、自分ではなく――対面の“9位”に向けられていることが。


(なぜだ)


 ライゼル・ヴォルトレイグは、ゆっくりと息を吐き出し、苛立ちを抑え込んだ。


 序列第八位。

 ヴォルトレイグ帝国第三皇子。

 学院においても、立場も実力も十分すぎるほどだ。

 本来なら、歓声も注目も、すべては自分のためにあるはずだった。


 だが今日に限って、空気が違う。

 観客たちの興味は、「皇子が勝つか」ではなく、「あの9位は何をするのか」に向けられている。


「……9位、か」


 視線の先に立つ少年――シオン。


 気負いはない。

 威圧もない。

 こちらを意識している様子すら、ほとんど感じられない。

 まるで、休日の公園にでも立っているかのような無防備さ。


(舐めているのか?)


 いや、違う。

 ライゼルは鋭い視線で観察する。


(“測っている”わけでもない)


 ただ、そこにいるだけだ。

 剣も構えず、殺気も出さず、ただ時間が過ぎるのを待っている。


 それが、どうにも癇に障った。


(王級とやり合って、無傷の状態で降参した男)


 本人はダメージを負ったと喚いていたらしいが、自分の目は誤魔化せない。

 あれは演技だ。それも、三流の。


 実力があるのか。ないのか。

 あるなら、なぜ隠す。

 ないなら、なぜ周囲が騒ぐ。


「……くだらん」


 ライゼルは、体内の魔力を解放する。

 バチッ。

 黄色い雷光が全身を走り、周囲の空気が焦げ付く匂いがした。


(どのみち、序列戦は結果がすべてだ)


 勝てばいい。

 叩き潰せばいい。

 相手が何を隠していようが、どんな理由で退こうが。


(俺の前に立った以上、関係ない)


 何より、この状況を作り出したのは自分だ。

 気に入らない視線も、不可解な評価も、すべて力でねじ伏せる。

 それが、ライゼル・ヴォルトレイグの流儀だ。


 教師の声が、演習場に響き渡る。


「――序列第八位、ライゼル・ヴォルトレイグ。前へ」


 ライゼルは一歩、強く踏み出した。

 その瞳には、明確な殺意が宿っている。


(せいぜい、足掻けよ)


 心の中で、そう吐き捨てる。


 この一戦は、ただの試合ではない。

 学院に蔓延る“勘違い”を終わらせ、王族の威光を知らしめるための処刑だ。


 少なくとも――

 ライゼルは、そう信じて疑わなかった。

 

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