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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第1章

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14.5



 午前中の実技訓練が終わり、昼休みを告げる鐘が校舎に鳴り響いた。


 王立魔術学院の食堂カフェテリアは、いつになく活気に満ちていた。

 高い天井に反響する食器の音、話し声、そして漂う香ばしい肉料理と焼きたてのパンの匂い。

 普段なら空腹を刺激する幸せな空間だが、今日の空気は少し違う。


 あちこちのテーブルから、「アリア様の水龍が見えたか?」「いや、あの9位の猫もヤバかった」「結局あれは何だったんだ」という興奮冷めやらぬ噂話が聞こえてくるのだ。


 そんな喧騒の中心にいる自覚があるシオンは、できるだけ気配を消して食堂の隅の席を確保していた。


(……食欲がない)


 目の前には美味しそうな日替わりランチ(厚切りベーコンと目玉焼きのプレート)があるのに、胃が重くてフォークが進まない。

 原因は明白だ。

 さっきの模擬戦での自分の「演技」を思い出すたびに、恥ずかしさで悶え死にそうになるからだ。


『あら、食べないの? なら私がいただくわよ?』


(ダメに決まってるだろ。あと君はもう少し反省して)


 脳内でディアナが呑気なことを言っていると、ドンッ、とトレイを置く音がした。


「ここ、空いてるやろ? 一緒に食うでー!」


 断る隙すら与えない速度で、ナギが対面に座った。

 彼女のトレイには山盛りのクリームパスタとサラダ、そしてデザートのプリンまで乗っている。細い体のどこにそれが入るのか不思議な量だ。


「……元気だね、ナギ」


「当たり前や! 動いたら腹減るねん。それにしてもシオン、さっきのは傑作やったなぁ!」


 ナギはフォークで器用にパスタを巻き取りながら、ニヤニヤと笑った。


「あの『棒読み』はないで。『うわぁー怪我だー』って。素人が台本読まされてるんか思ったわ。演劇部に入ったら即クビやな」


「……うっ」


 一番痛いところを正確に突かれた。


「俺も同感だな。あれは敵を欺く以前に、我々の知性を侮辱しているレベルだった」


 さらに追い打ちをかけるように、低い声が降ってきた。

 エルドだ。

 彼もまた、当然のようにシオンの隣に腰を下ろす。トレイには栄養バランスの良さそうな定食が乗っている。


 その後ろには、申し訳なさそうにしているミナの姿もあった。


「し、失礼します……シオンさん、お隣いいですか?」


「あ、うん。どうぞ」


 あっという間に、4人席が埋まった。

 9シオン、42エルド、65ナギ193ミナ

 順位も属性もバラバラな組み合わせだが、周囲から見れば完全に「いつものグループ」に見えるだろう。


「で、だ」


 エルドは水を一口飲むと、真面目な顔でシオンに向き直った。


「強さを隠すのは勝手だが、もう少しマシな嘘はつけなかったのか? あれじゃ逆に『何かあります』と宣伝しているようなものだぞ」


「……返す言葉もない」


 シオンはガックリと項垂れた。

 エルドの指摘は正論すぎる。


「でも、私は助かりました」


 ミナがパンを小さくちぎりながら、控えめに口を開いた。


「あのまま続けていたら、きっと……もっと怖いことになっていた気がします。アリアさんの水龍と、シオンさんの精霊がぶつかったら……ただの怪我じゃ済まなかったかも」


 ミナは真っ直ぐな瞳でシオンを見た。


「だから、シオンさんの判断は……その、とても優しくて、平和的だったと思います」


「ミナ……!」


 シオンは思わず拝みそうになった。

 このメンバーにおける唯一の良心は彼女だ。彼女がいなければ、シオンのメンタルはとっくに崩壊している。


「ま、結果オーライやな!」


 ナギがプリンを突きながら笑う。


「アリアちゃんも引いてくれたし、誰も怪我してへん。それに――」


 ナギは少し声を潜め、悪戯っぽく瞳を輝かせた。


「あの可愛い猫ちゃんが、王級の水龍を無傷で耐えた。それが『事実』やろ?」


「…………」


「誤魔化しても無駄やで。ウチらの目は誤魔化せへん」


 ナギの言葉に、エルドも無言で頷く。

 追求はしない。だが、実力は認める。

 その適度な距離感が、今のシオンには救いだった。


「……まあ、そういうことにしておいてくれ」


 シオンが観念してベーコンを口に運ぶと、ナギが満足げに「ん!」と頷いた。


「よし! ほな、午後からも頑張ろか。

 明日には掲示板に『あれ』が貼り出されるやろうしな」


「あれ?」


 シオンが聞き返すと、エルドが答えた。


「【序列戦オーダー】の対戦表だ。

 今回の模擬戦の結果を踏まえて、教師陣が次のランキング変動を促すためのマッチメイクを発表するらしい」


「へぇ……大変そうだね」


 シオンは他人事のように呟いた。

 アリアとの模擬戦も終わったし、自分はもう十分目立った。これ以上、大きなイベントには巻き込まれないだろう。

 そう高を括っていた。


「ま、シオンは注目株やからな。きっと面白い相手が組まれるで〜? アリアちゃんとの再戦とかあるかもしれへん」


「縁起でもないこと言わないでくれ。僕はもう、空気のように静かに暮らしたいんだ」


「無理やろ」

「無理だな」

「む、難しいと思います……」


 三者三様の否定を受け、シオンは深いため息をついた。


 食堂の窓から差し込む日差しは穏やかだ。

 気の合う仲間(?)と囲む食卓は、騒がしいけれど悪くない。

 こんな日常が、ずっと続けばいいのに。


 だがシオンはまだ知らない。

 この平穏なランチタイムが、嵐の前の静けさに過ぎないことを。


 掲示板に貼り出された「最悪の対戦カード」を見るまで、あと半日――。


 シオンの胃が休まる時間は、まだ当分訪れそうになかった。

 

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