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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第1章

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 演習場の中央で、三人が向かい合っていた。


 アリア・フェンリズ。

 そして――エルド・ハリオンとミナ・ローレン。


 先ほどまでの模擬戦とは空気が違う。

 これは順位の確認でも、力試しでもない。

 “王級”という絶対的な壁に対し、自分たちの現在地がどこなのか。

 それを肌で理解するための、過酷な挑戦だ。


「では、準備はよろしいですか?」


 アリアは変わらぬ柔らかな声音で問いかける。

 その佇まいは、戦場に立つ戦士というより、庭園を歩く貴婦人のように自然だ。


 エルドは一歩前に出て、大剣の柄に手をかけ静かに頷いた。


「問題ない。

 俺とミナで行く」


「……はい。よろしくお願いします……!」


 ミナは少し緊張した様子で、それでも逃げずに前を見据える。


 次の瞬間。

 世界の色が変わった。


 アリアが纏う魔力が水の性質を帯び、演習場全体の湿度が一段階跳ね上がる。

 肌にまとわりつくような濃密な魔力。呼吸をするだけで肺が冷たくなるような感覚。


(……これが、1位)


 エルドは一瞬で悟る。

 魔力の総量ではない。

 制御の緻密さと密度が、根本的に違う。


「「いきます!」」


 ミナとアリアが、同時に動いた。


 アリアが流水のように滑らかに走り出すのと同時に、ミナが高速で詠唱を完了させる。


「大地よ――捕縛して!」


 ミナの地属性魔術が発動する。

 アリアの足元の砂が隆起し、植物の蔦が蛇のように絡みつこうと迫る。

 単純な攻撃ではない。空間を制限し、足を止めるための選択。

 中級者、それも非戦闘系のミナにしては、極めて冷静で的確な判断だ。


 だが――相手が悪すぎた。


 アリアは足を止めない。

 減速すらしない。


 足元から迫る蔦に対し、彼女は水を纏った足先で優しく触れただけだ。

 それだけで、剛直なはずの蔦が水の流れに逆らえず、アリアを避けるように軌道を逸らされた。

 “受け流し”。

 最小限の魔力で、相手の力を無効化する高等技術。


「……っ」


 ミナの拘束が破られた瞬間、エルドが前に出る。

 雷精霊の魔力で身体能力を極限までブーストする【精霊魔力行使】。

 さらに風精霊による【精霊装具化】で風の大剣を形成し、一気に間合いを詰める。


 バチバチと雷光を纏った一撃。

 速い。重い。

 アリアが無防備に見えるその一瞬を狙った、完璧なカウンター。


 しかし。

 アリアは、そのすべてを見ていた。


 踏み込みの瞬間、エルドの足元の砂地がわずかに濡れていることに、彼は気づけなかった。


 ツルッ。


 エルドの軸足が、ありえない方向に滑る。

 地面に薄く張られた水膜。

 アリアが走った軌跡に残された、見えない罠。


 わずかな体勢のズレ。

 それだけで、必殺の雷撃は空を切った。


「……っ、しまっ――」


「いい判断でした。ですが、足元がお留守ですよ?」


 アリアの声は、驚くほど近かった。


 次の瞬間。

 エルドとミナの間を、巨大な“水の壁”が隔てた。


 ドォォォォン!


 攻撃ではない。

 ただの分断。

 だが、連携を断たれた二人にもはや勝ち目はない。


 それだけで、勝負は決まった。


「ここまでにしましょう」


 水壁が霧散し、演習場に静寂が戻る。


 エルドは歯を食いしばり、ミナは悔しそうに拳を握った。

 手も足も出なかった。

 だが、そこに絶望的な敗北感はない。

 見えた壁の高さが、むしろ彼らの闘志に火をつけていた。


「……ありがとうございます」


 ミナが深く頭を下げる。

 アリアは微笑み、ふわりと魔力を解いた。


「こちらこそ。

 お二人とも、とても良い動きでした。特にミナさんの蔦、タイミングは完璧でしたよ」


 そのやり取りを、少し離れた場所からシオンは見ていた。


(……これが、1位の戦い方か)


 派手な魔法でねじ伏せるのではない。

 力を誇示もしない。

 ただ、相手の力すら利用し、完璧にコントロールして制する。

 圧倒的な「格」の違い。


 そして同時にシオンは思う。


 彼女が1位でいるうちは、自分に余計な火の粉が降りかかることはないだろう、と。

 最強の盾として、このままトップを走り続けてほしいと切に願った。



 模擬戦が終わった演習場には、まだ熱が残っていた。

 水の魔力が蒸発しきらず、砂地はところどころ湿っている。


 歓声とざわめきは徐々に薄れ、生徒たちは自分たちの班や別の模擬戦の観戦へと散っていった。

 けれど――完全に元の空気へ戻ることは、なかった。


 理由は単純だ。

 今日の訓練で、“想定外”がいくつも露呈したからだ。


「……すごかったな」


 ぽつりと、ナギが呟いた。

 視線の先には、片付けをしているアリアたちの背中がある。


「1位って、やっぱ別格やわ。

 ウチらが必死で追いかける“上”に、普通に涼しい顔して立っとる」


 ナギの声には、悔しさよりも納得があった。

 エルドも黙って頷く。


「順位は伊達じゃない。

 力量も判断も、戦いの組み立ても……一段違う」


「……でも」


 ミナが小さく言葉を継いだ。


「それだけじゃ、なかった気がします」


 二人がミナを見る。

 ミナは少し迷ってから、視線をシオンのほうへ向けた。


「シオンさん、あなたも……本気ではなかった気がします」


 空気が、わずかに張りつめた。


「……え?」


 シオンは一瞬、反応が遅れた。


(やば)


『あら、あの子。気弱そうに見えて随分鋭いのね』


「い、いや、そんなことないって! あそこで止めてもらわなければ、今頃どうなってたか……」


 必死に否定するが、語気が揺れる。

 ナギはじっとシオンを見てから、にやっと笑った。


「なぁシオン。シオンが本気を出していてもいなくても、しっかりと強さは伝わったで。少なくともウチよりは確実に強い」


「……それは」


「嘘ついたわけやないんやろ?」


 責める声ではない。

 ただ、事実を確かめるような口調。


 ナギは続けた。


「でもな、ウチ思うねん。

 ちゃんと理由もあるんやろ?」


 核心を突く一言。


 シオンは返事をせず、視線を逸らした。

 答えないことが、答えになってしまうタイプの沈黙。


「まあ、ええわ」


 ナギはそれ以上踏み込まなかった。


「人には人の事情があるしな。

 ウチも、あんまり家の話とかせぇへんし」


 そう言って、肩をすくめる。

 彼女の中にも、触れられたくない何かがあるのだろう。


「ただ一つだけ言うとくわ」


 ナギは悪戯っぽく笑った。


「シオンは、

 “目立たんようにするんが下手”やで」


「……それ、今日一番きつい」


 エルドが小さく吹き出し、ミナもくすっと声を漏らす。

 その温かい空気に、シオンはほんの少しだけ肩の力を抜いた。


『いいじゃない。

 ちゃんと“人の輪”に入れてるわよ』


 茶化すように煽るディアナに、シオンは心の中で悪態をつきつつも、その表情は先ほどよりも穏やかだった。



 少し離れた場所。

 演習場の端で、腕を組みながらその様子を見ている生徒がいた。


 雷属性の精霊を従えた、鋭い目つきの青年。

 ――ライゼル・ヴォルトレイグ。

 学院序列8位。


「はっ……」


 彼は鼻で笑った。


「9位があのザマかよ。

 こりゃ俺が直接叩くまでもないな」


 周囲にはそう聞こえるように吐き捨てた。

 だが、その瞳の奥には、周囲のモブとは違う色が宿っていた。

 侮蔑ではない。苛立ちと、疑念だ。


(……精霊を庇って試合放棄、か)


 ライゼルは無意識に舌打ちをした。


(理由がわからねぇな)


 あれが本当にただの上級精霊なら、蒼牙水龍をあそこまで無傷でやり過ごせるはずがない。

 あの猫は、王級の一撃を完全に無効化したのだ。


 そして何より。


(あのタイミングで降参する理由もわからねぇ)


 力負けではない。

 精霊の限界でもない。

 あれは――まるで「事故」を避けるような、冷静すぎる判断だった。


「……面白ぇ」


 ライゼルの口角が、凶暴に吊り上がった。

 獲物を見つけた獣の笑み。


「まずは、お前から潰して化けの皮を剥いでやるよ」


 8位の男の殺意が、9位の少年に向けられた瞬間だった。

 

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