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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第1章

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13



 アリアの合図により放たれた蒼い魔力の奔流が、巨大な顎となって空間を喰らい尽くす。


 ――蒼牙水龍サファイア・ファング・レヴィアタン


 王級精霊の魔力が乗った一撃。

 術式自体の難易度は中級上位程度だが、込められた魔力の「質」と「量」が桁外れだ。

 直撃すれば、学生の訓練レベルなど容易に超える破壊力を生む。


 轟音が走り、龍がディアナの小さな身体を飲み込んだ。

 水柱が砂地に叩きつけられるように弾け、結界が悲鳴を上げて振動する。


 観客の息が止まる。


「……っ、やば……あれは無理やろ……」


 ナギの乾いた声は、周囲の生徒たちの本音そのものだった。

 模擬戦で出していい火力ではない。


 水煙が舞い、視界が白く霞む。

 砂地のあちこちに水たまりが広がり、王級の威圧感が余韻となって空気を震わせていた。


 誰がどう見ても“決まった”一撃。


 しかし。


 水煙の奥から、


 ぴちゃ、と。

 水を弾く軽い足音が響いた。


「…………え?」


 アリアでさえ、小さく声を漏らす。


 現れたのは――


 まったくの無傷で、水気すら帯びていない金色の猫。

 尻尾をふわりと揺らしながら、まるで午後の散歩から帰ってきたような顔で歩み出てきた。


『にゃぁ〜……いい水だったわねぇ。

 ほんのり冷たくて気持ち良かったわ』


 ディアナは悠然と座り込むと、前足を舐め、優雅に毛づくろいを始めた。


 一拍の静寂の後、観客のざわめきが一気に爆発する。


「……無傷……?」

「今の、直撃したよな!?」

「結界が揺れるレベルだったぞ……意味がわからん……!」


 アリアの瞳が、かすかに揺らぐ。


(効いていない……? 並の防御魔術ではありませんね。単なる属性相性の問題でもなければ、説明がつかない……)


 その思考の隙に、アリアの背後の空気が微かに震えた。

 主の動揺を察知し、水王級精霊セレスティアが低く囁く。


『アリア。少々、気になることがあります。

 私たちも【精霊実体化戦闘】で戦いましょう』


「……気になること?」


『あの猫……底が見えません。こちらの姿でなければ、不測の事態に対応できない可能性があります』


 アリアは目を伏せ、すぐに決断した。

 王級精霊の警告を無視する愚は犯さない。


「わかりました。セレスティアの言う通りに」


 アリアの全身から白い魔力が噴き上がる。

 それは水が光へと昇華したような神聖さを纏い、人の形に近い精霊の姿を現世に固定していく。

 圧倒的な魔力の顕現。見ている者全てを魅了し、ひれ伏させるような「王」の気配。


『アリア、油断は禁物です。

 “あの精霊”……普通ではありません』


「……はい」


 アリアは気を引き締めて構え直す。


 一方その頃、ディアナは――。


『ふふん♪ 本気ってこと?

 いいわねぇ……空気が美味しくなってきたじゃない』


 毛づくろいをやめ、尻尾をピンと立てる。

 その瞳は、猫という愛玩動物のものではなく、“狩りの獣”の光を宿していた。


(あっ……だめだ。これは……)


 シオンの脳裏に、最悪の未来図が鮮明に浮かぶ。


 王級とディアナが全力でぶつかり合う光景。

 学院の演習場が消し飛び、新聞の一面に「新入生、地図を書き換える」と載る未来。

 そして、「謎の9位」の正体が完全に露見し、静かな生活が永遠に失われる未来。


(止めるしかない!!

 でも自然に! 9位の実力不足だと思わせて! 自然に……!)


 ディアナが金色の光を帯びはじめる。

 セレスティアも迎撃態勢に入る。


 空気が軋み、臨界点を超えようとした――その瞬間。


 シオンは肺の空気をすべて使い、叫んだ。


「──あーーっ!!

 だ、だめだ! 僕の精霊が大怪我だーーー!!」


 シオンは頭を抱え、大根役者も裸足で逃げ出すほどの棒読みで続けた。


「うわぁーーこれはもう戦えないやつだーー!!

 内側! 内側にダメージがいってる!!

 アリアさん! 本気出しすぎですよぉーー参った参った!!」


 ……静寂。


 生徒一同。

「「「は?」」」


「えっ……どこが……どこが怪我……?」

「いや濡れてへんし……毛ヅヤめっちゃいいけど……?」

「なんのつもりだ?」


 当然の疑問視線が突き刺さる。

 だが、シオンは必死だった。恥など捨てた。ここで止めなければ人生が終わる。


 そんな空気の中でも、アリアはぴたりと動きを止めた。

 彼女はきょとんとして、シオンと、元気そうな猫を交互に見る。


「…………そ、そうですか。

 ……では、ここで終了ということで」


 セレスティアも静かに頷き、実体化を解いた。


『アリア、賢明な判断です。これ以上深入りすれば、訓練の範疇を超えるところでした』


 アリアは一瞬だけシオンに鋭い視線を投げ――しかし深くは追求せず、静かに微笑んだ。


(たすかったぁぁぁ……!! 最低の演技だったけど、止まった……!!)


 シオンは心の底で膝から崩れ落ちた。

 精神的な疲労が、肉体のそれを遥かに超えている。


『怪我なんてしてないわよ!! 今からだったのに!!』


 にゃあにゃあ抗議するディアナの声をすべて無視し、シオンは大きく、重いため息をついた。


 こうして、学院を物理的に揺るがしかねなかった模擬戦は、

 何も壊れず、誰も傷つかず――

 ただし、とてつもなく大きな「困惑」だけを残して幕を閉じた。



「では……ミナさんはどういたしましょうか?」


 場の空気をリセットするように、アリアがまだ模擬戦を行なっていないミナへ水を向けた。


「あ、あの! も、もしよかったらエルドくんと組ませてもらってもいいですか?

 昨日すこし特訓したんです! 私の実力だと、アリアさんには一人じゃ敵いませんし……」


「確かに。アリアもまだ余力があるだろうし、俺は賛成だ。勝ち負けではない、自分がどれだけやれるかを測る訓練としては最善だろう」


 エルドが頷き、アリアに視線を送る。

 エルド・ミナ組 vs アリア。

 変則的だが、実力差を考えれば良いハンデ戦だ。


「いいんじゃないか? 僕の精霊は……ほら、大怪我で回復に時間がかかるしね」

「ウチも賛成や! ウチを倒したエルドがどれだけ1位と戦えるのか見てみたいしな!」


 シオンも(冷や汗を拭いながら)ナギも首を縦に振る。


「わかりました。では、お二人のお相手をさせていただきますね」


 アリアは穏やかな顔つきで了承し、再びフィールドへ向かう。


(……先程のシオンさんの精霊。とても気になりますが、機会はいくらでもあるでしょう。セレスティアがあそこまで警戒するのには、何かあるはずです)


 アリアの中で、シオンへの警戒レベルが「要注意」へと静かに引き上げられたことを、シオンはまだ知らない。


 いつのまにか増えていたギャラリーも少し落ち着きを取り戻しているが、1位の戦いに対して引き続き興味を示している。

 この学院は順位が全てだ。だれもがトップを目指し、その背中を目に焼き付けようとする。


 だが、その熱気の中に一人。

 アリアではなく、戦線離脱したシオンを見つめる冷ややかな視線があった。


「はっ! 9位があのザマかよ!ビビって演技で逃げ出すとはな……こりゃ俺が直接叩くまでもねぇな」



 

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