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初めての対人実践訓練は、班ごとに順番で模擬戦を行う形式だった。
すでに行われている基礎訓練とは空気が違う。
的を撃つのではない。意思を持った人間同士が、魔術と技をぶつけ合う授業だ。
演習場はすでに熱気を帯びていた。
砂の匂い、魔力の焦げる臭い、そして張り詰めた緊張感。
それら全てをまとめて、担当教師が重い声で告げた。
「──今日の訓練は、各班内での模擬戦とする。班内で話し合い、組み合わせを決めて始めろ!」
教師の声と共に、各班が一斉に動き出す。
その中でも、1位のアリア・フェンリズを擁する第4班には、自然と周囲の視線が集まっていた。
シオンとしては極力目立ちたくないのだが、隣の「風」は真逆の性質らしい。
「うっし、やったるで!!」
勢いよく手を上げるナギ。
その横で、エルドが呆れたようにため息をついた。
「……お前、最初に行く気満々だな」
「当たり前やん! 見せ場は最初に取ってこそや!」
(……メンタルが強すぎる)
シオンは内心で頭を抱えた。この注目度の中で「見せ場」と言い切れる神経が羨ましい(欲しくはないが)。
アリアが静かに場をまとめる。
「では、希望通りナギさんからにしましょうか。お相手は……順位的にエルドさんかミナさんが妥当ですが」
「わ、私は直接戦闘向きではないので……!」
ミナが真っ青になって首を横に振った。無理もない。ナギのあのテンションと殴り合うのは、彼女には荷が重すぎる。
「そうですね。では、エルドさんとナギさんで始めましょうか」
アリアが微笑むと、ナギはバシッとエルドの背中を叩いた。
「よっしゃ、エルド! 手加減は無しやで!」
「……手加減できるほど実力差はないよ」
エルドは淡々と返しつつ、静かに演習場の中央へ進み出た。
◆
砂地に風が舞う。
対峙する二人。
審判役のアリアが片手を上げ、その美しい声で開始を告げる。
「それでは――始め!」
瞬間。
ナギが動いた。
「いっくでぇぇぇ!!」
ナギが肩の風精霊に魔力を流し込む。
精霊が光となり、彼女の両手に収束する。
【精霊装具化】。
風が硬質化し、鋭い双剣の形を成した。
(……速い!)
シオンは目を見張った。
精霊装具化は、精霊との同調率が高くなければ発動すらできない中級技術だ。それをあの一瞬で完了させ、しかも初撃に繋げている。
ナギのポテンシャルは、間違いなく本物だ。
砂を爆ぜさせ、ナギが突っ込む。
まるで背中から突風に押されているような加速。
「速っ……!」
誰かの驚愕の声が漏れた時には、ナギの双剣がエルドの喉元へ迫っていた。
だが。
「直線的すぎる」
エルドが低く呟くと同時に、彼の足元に幾何学的な雷紋が走った。
パチン、と乾いた音。
エルドの体がブレる――いや、“弾けた”ように見えた。
瞬発的な雷魔術による高速回避。
「くぅっ…!」
ナギの双剣が空を切り、踏み込みすぎてバランスを崩す。
その一瞬の隙を、エルドは見逃さない。
「そらっ!」
エルドの手元で、もう一体の精霊――下級の風精霊が短剣へと変化する。
同時に、掌には雷精霊の魔力がバチバチと奔る。
【精霊魔力行使】による雷撃と、風の装具による斬撃。
異なる二つの技術を、呼吸するように同時に繰り出す。
(器用な戦い方をするな……)
シオンは感心した。
ナギが「感性」で戦うタイプなら、エルドは徹底した「理詰め」だ。
風で隙を埋め、雷で攻める。42位という順位が詐欺に見えるほどの完成度だ。
「なっ──!?」
ナギは反応したが、完全に虚を突かれた形になった。
エルドの雷撃が風の鎧を弾き、ナギの体を後方へ吹き飛ばす。
ドォン!
「うぐっ……!」
ナギは砂煙を上げて転がるが、すぐに風をクッションにして体勢を立て直した。
ダメージはあるはずだが、瞳の光は消えていない。
「……やるやん、エルド……!」
「お前もな」
「嫌味にしか聞こえんわ!」
ナギは再び双剣を構え直す。
今度は直線ではない。
ジグザグに、不規則な軌道を描きながら距離を詰めていく。
一度の失敗で即座に修正してくる戦闘センス。
(……すごい)
隣で見ていたミナが、憧れと少しの恐怖が入り混じった声で呟く。
「エルド君、やっぱり強い……これが40番台の実力……」
「ええ。ですが、ナギさんの修正能力も見事です」
アリアは冷静に分析する。
「ただ――経験値の差が出ましたね」
その言葉通りだった。
ナギが肉薄した瞬間、エルドは動かなかった。
ただ、足元の砂に雷を流しただけ。
バチバチッ!
地面から噴き上がった砂と閃光が、ナギの視界を一瞬だけ奪う。
「ッ…!」
動きが止まる。
そのコンマ数秒の硬直に、エルドの風の短剣が突きつけられた。
寸止め。
切っ先がナギの首筋に触れる直前で止まっている。
「……そこまで」
アリアの声が響いた。
勝者:エルド・ハリオン。
◆
「くそーっ! 負けたーっ!」
ナギは悔しそうに双剣を解除し、地面をバシバシと叩いた。
エルドも武装を解き、手を差し出す。
「よく動けていた。風は扱いが難しいのに、ここまで制御できるとは思わなかったよ」
「……嫌味っぽいで。それ」
「事実だ。あと一歩踏み込まれてたら、俺が負けてた」
ナギは少しだけ笑って、差し出されたエルドの手を掴んだ。
「……次は勝つで。覚悟しいや」
「望むところだ」
ガシッと握手を交わす二人。
そこには、全力を出し合った者同士にしか分からない信頼が生まれていた。
(……なんだこの、眩しい空気は)
シオンは目を細めた。
悔しさと、敬意と、戦いを通して通じ合う心。
これが青春というやつか。
(いいな…こういうの)
ディアナが脳内でくすくすと笑う。
『いいわねぇ、青春。アナタも混ざれば?』
(……悪くないかもな)
自分もあんな風に、普通の生徒として切磋琢磨できればどれだけ楽しいだろう。
シオンがそんな甘い夢想に浸っていた、その時だった。
「では、次はシオンさんですね」
アリアの声が、氷水のように現実を引き戻した。
「え?」
シオンが振り返ると、アリアは優雅に微笑んでいた。
「ナギさんとエルドさんが終わりました。ミナさんは戦闘向きではない。
……ということは、残る組み合わせは私とあなたですね?」
論理的すぎて反論の余地がない。
だが、相手は学院1位。王級精霊持ちだ。
(……詰んだ)
『あらあら。青春、できるじゃない? 相手は最強のヒロインよ?』
(ハードモードすぎるだろ!)
シオンは引きつった笑みを浮かべながら、砂埃の舞うフィールドへと足を踏み出した。
先ほどまでの「いい雰囲気」はどこへやら。
今はただ、胃の痛みだけが友達だった。




