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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第1章

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 初めての対人実践訓練は、班ごとに順番で模擬戦を行う形式だった。


 すでに行われている基礎訓練とは空気が違う。

 的を撃つのではない。意思を持った人間同士が、魔術と技をぶつけ合う授業だ。


 演習場はすでに熱気を帯びていた。

 砂の匂い、魔力の焦げる臭い、そして張り詰めた緊張感。

 それら全てをまとめて、担当教師が重い声で告げた。


「──今日の訓練は、各班内での模擬戦とする。班内で話し合い、組み合わせを決めて始めろ!」


 教師の声と共に、各班が一斉に動き出す。

 その中でも、1位のアリア・フェンリズを擁する第4班には、自然と周囲の視線が集まっていた。


 シオンとしては極力目立ちたくないのだが、隣の「風」は真逆の性質らしい。


「うっし、やったるで!!」


 勢いよく手を上げるナギ。

 その横で、エルドが呆れたようにため息をついた。


「……お前、最初に行く気満々だな」


「当たり前やん! 見せ場は最初に取ってこそや!」


(……メンタルが強すぎる)


 シオンは内心で頭を抱えた。この注目度の中で「見せ場」と言い切れる神経が羨ましい(欲しくはないが)。


 アリアが静かに場をまとめる。


「では、希望通りナギさんからにしましょうか。お相手は……順位的にエルドさんかミナさんが妥当ですが」


「わ、私は直接戦闘向きではないので……!」


 ミナが真っ青になって首を横に振った。無理もない。ナギのあのテンションと殴り合うのは、彼女には荷が重すぎる。


「そうですね。では、エルドさんとナギさんで始めましょうか」


 アリアが微笑むと、ナギはバシッとエルドの背中を叩いた。


「よっしゃ、エルド! 手加減は無しやで!」


「……手加減できるほど実力差はないよ」


 エルドは淡々と返しつつ、静かに演習場の中央へ進み出た。



 砂地に風が舞う。

 対峙する二人。

 審判役のアリアが片手を上げ、その美しい声で開始を告げる。


「それでは――始め!」


 瞬間。

 ナギが動いた。


「いっくでぇぇぇ!!」


 ナギが肩の風精霊に魔力を流し込む。

 精霊が光となり、彼女の両手に収束する。

 【精霊装具化スピリット・アームズ】。

 風が硬質化し、鋭い双剣の形を成した。


(……速い!)


 シオンは目を見張った。

 精霊装具化は、精霊との同調率が高くなければ発動すらできない中級技術だ。それをあの一瞬で完了させ、しかも初撃に繋げている。

 ナギのポテンシャルは、間違いなく本物だ。


 砂を爆ぜさせ、ナギが突っ込む。

 まるで背中から突風に押されているような加速。


「速っ……!」


 誰かの驚愕の声が漏れた時には、ナギの双剣がエルドの喉元へ迫っていた。


 だが。


「直線的すぎる」


 エルドが低く呟くと同時に、彼の足元に幾何学的な雷紋が走った。


 パチン、と乾いた音。

 エルドの体がブレる――いや、“弾けた”ように見えた。

 瞬発的な雷魔術による高速回避。


「くぅっ…!」


 ナギの双剣が空を切り、踏み込みすぎてバランスを崩す。

 その一瞬の隙を、エルドは見逃さない。


「そらっ!」


 エルドの手元で、もう一体の精霊――下級の風精霊が短剣へと変化する。

 同時に、掌には雷精霊の魔力がバチバチと奔る。


 【精霊魔力行使エレメンタル・ドライブ】による雷撃と、風の装具による斬撃。

 異なる二つの技術を、呼吸するように同時に繰り出す。


(器用な戦い方をするな……)


 シオンは感心した。

 ナギが「感性」で戦うタイプなら、エルドは徹底した「理詰め」だ。

 風で隙を埋め、雷で攻める。42位という順位が詐欺に見えるほどの完成度だ。


「なっ──!?」


 ナギは反応したが、完全に虚を突かれた形になった。

 エルドの雷撃が風の鎧を弾き、ナギの体を後方へ吹き飛ばす。


 ドォン!


「うぐっ……!」


 ナギは砂煙を上げて転がるが、すぐに風をクッションにして体勢を立て直した。

 ダメージはあるはずだが、瞳の光は消えていない。


「……やるやん、エルド……!」


「お前もな」


「嫌味にしか聞こえんわ!」


 ナギは再び双剣を構え直す。

 今度は直線ではない。

 ジグザグに、不規則な軌道を描きながら距離を詰めていく。

 一度の失敗で即座に修正してくる戦闘センス。


(……すごい)


 隣で見ていたミナが、憧れと少しの恐怖が入り混じった声で呟く。

「エルド君、やっぱり強い……これが40番台の実力……」


「ええ。ですが、ナギさんの修正能力も見事です」

 アリアは冷静に分析する。

「ただ――経験値の差が出ましたね」


 その言葉通りだった。


 ナギが肉薄した瞬間、エルドは動かなかった。

 ただ、足元の砂に雷を流しただけ。


 バチバチッ!

 地面から噴き上がった砂と閃光が、ナギの視界を一瞬だけ奪う。


「ッ…!」


 動きが止まる。

 そのコンマ数秒の硬直に、エルドの風の短剣が突きつけられた。


 寸止め。

 切っ先がナギの首筋に触れる直前で止まっている。


「……そこまで」


 アリアの声が響いた。


 勝者:エルド・ハリオン。



「くそーっ! 負けたーっ!」


 ナギは悔しそうに双剣を解除し、地面をバシバシと叩いた。

 エルドも武装を解き、手を差し出す。


「よく動けていた。風は扱いが難しいのに、ここまで制御できるとは思わなかったよ」


「……嫌味っぽいで。それ」


「事実だ。あと一歩踏み込まれてたら、俺が負けてた」


 ナギは少しだけ笑って、差し出されたエルドの手を掴んだ。


「……次は勝つで。覚悟しいや」


「望むところだ」


 ガシッと握手を交わす二人。

 そこには、全力を出し合った者同士にしか分からない信頼が生まれていた。


(……なんだこの、眩しい空気は)


 シオンは目を細めた。

 悔しさと、敬意と、戦いを通して通じ合う心。

 これが青春というやつか。


(いいな…こういうの)


 ディアナが脳内でくすくすと笑う。


『いいわねぇ、青春。アナタも混ざれば?』


(……悪くないかもな)


 自分もあんな風に、普通の生徒として切磋琢磨できればどれだけ楽しいだろう。

 シオンがそんな甘い夢想に浸っていた、その時だった。


「では、次はシオンさんですね」


 アリアの声が、氷水のように現実を引き戻した。


「え?」


 シオンが振り返ると、アリアは優雅に微笑んでいた。


「ナギさんとエルドさんが終わりました。ミナさんは戦闘向きではない。

 ……ということは、残る組み合わせは私とあなたですね?」


 論理的すぎて反論の余地がない。

 だが、相手は学院1位。王級精霊持ちだ。


(……詰んだ)


『あらあら。青春、できるじゃない? 相手は最強のヒロインよ?』


(ハードモードすぎるだろ!)


 シオンは引きつった笑みを浮かべながら、砂埃の舞うフィールドへと足を踏み出した。

 先ほどまでの「いい雰囲気」はどこへやら。

 今はただ、胃の痛みだけが友達だった。

 

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