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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第7章

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 アリアの敗北から2日。

 王都の空はよく晴れていて、祝祭の色で飾られた大通りは、今日も朝から人で溢れていた。


 会場へ向かう石畳の道を、ナギはいつもより少しだけ足早に歩いている。

 その横でミナは分厚い大会資料を抱え、エルドは周囲の人波を冷静に見渡していた。


「今日はシオンの試合やもんな。なんやかんや言うて、シオンならやってくれるはずや」


「そうですね。学院内の選抜戦とは違って、周囲のレベルも空気も別物ですし……本人は嫌がっているでしょうけど、さすがに今日は本気を出さないと身が危ないと思います」


 ミナがそう答えると、ナギは「思います、ってなんや」と首を傾げた。


「いや、だってシオンやで?変な負け方するほうが後々面倒だからといって圧勝してまうやろ」


「……その可能性の方が高いな」


 エルドが即答する。


「でも、さすがに今日までシオンのことみてへんのよな」


 ナギの言葉に、ミナとエルドが一瞬だけ黙った。


「……言われてみれば」


「昨日も、会っていませんね」


「出場組は基本、別行動やったんは分かるけど、夜もやで? 夕食の時間も見てへんし、今朝も見てへんやん」


「私はてっきり、シオンくんは一人で静かな場所を見つけて食べてるのかと……」


「それはありそうやけど!」


 ナギは歩きながら頭を抱えた。


「そういえば開会式後はアリアとも途中から別行動になっとったし、その後どうしたんか聞いてへん……。うわ、なんか急に嫌な予感してきた」


「お前のその嫌な予感は、だいたい当たるからやめろ」


「そうですね。否定できないところが……」


 軽口を叩きながらも、三人の歩幅は自然と早まる。


 やがて巨大な予選会場の一つが見えてきた。

 円形の競技場を囲むように観客が吸い込まれていき、入口上部の魔導掲示板には、本日の試合順が大きく表示されている。


「急ご急ご。さすがに初戦から大負けとかないやろけど、あいつのことやし、変なとこで逃げようとしててもおかしく――」


 ナギが言いかけた、その時だった。


 会場内へ入った瞬間、拡声用の魔導具を通した、よく通る審判の声が響いた。


『――エントリー番号120。シオン選手、規定時刻を過ぎても姿が確認できないため……棄権として処理します』


「……………………は?」


 ナギの足が止まった。


 数拍遅れて、周囲からざわめきが起こる。


 好き勝手な声が飛び交う中、ナギはぴきりと笑顔を引きつらせた。


「……あのアホ」


「落ち着け」


「本当に棄権なんてことあるかい!なんでや!ほんまにおらんの!?」


 ミナも珍しく目を丸くして、慌てて手元の資料をめくっていた。


「棄権扱いってことは、事前連絡も入ってないはずです。病欠なら運営側に通達が来るでしょうし……」


「連絡を忘れて別の場所に迷い込んだ可能性は?」


「シオンくんの場合、冗談に聞こえないのが困るんですよね……」


 エルドは眉を寄せたまま、会場中央の空いたフィールドを見る。


「昨日から会っていないのなら、単なる寝坊や遅刻ではないかもしれない」


「やめてや、それ以上怖いこと言わんといて」


 ナギは唇を尖らせたものの、その声にはいつもの勢いが少しだけ足りなかった。


 シオンは面倒ごとを嫌う。

 目立つのも嫌う。

 できることなら試合なんて放り投げて、静かな場所に逃げ込んでいたいと思っているだろう。


 それは皆、よく知っている。


 だが同時に――

 シオンがそこまで無責任な人物でないことも3人は知っている。


「……ミナ」


「はい」


「宿舎戻ってへんか確認できる?」


「やってみます。会場の共用端末から照会できます」


「俺は大会本部に行く。学院代表の無断棄権なら、エリナ先生にも話が行っているはずだ」


「うちも行く」


「お前は少し落ち着け」


「無理や言うとるやろ!」


 とはいえ、誰も本気で止めはしなかった。

 三人とも、胸の奥に同じ嫌な予感を抱いていたからだ。


 祝祭の真ん中で、フィールドだけが妙に遠い。

 世界大会の華やかな歓声が、今はひどく空々しく聞こえた。

 


 ◆

 


「――呼び出しておいて何だけど、いいの?恐らく棄権になるけど」


 聞き覚えのある声が、頭上から落ちてきた。


 王都の旧市街。

 祭祀区にほど近い、朝の人気のない石畳の路地裏で。


 シオンは壁に背を預けたまま、ゆっくり顔を上げた。


「……」


 黒に近い紺髪を揺らし、エリナが腕を組んで立っていた。

 その表情は呆れ半分、理解半分といったところで、完全な怒りではない。


「僕も気になることがあったんで」


 シオンは小さく息を吐いた。


「祭祀区で変なものを見た。鍵開けして、立ち入り禁止っぽいところに入っていく男。関わらないつもりだったけど、ディアナに唆されて」


「“気になること”で済む顔をしていないな」


「僕はいつもこうだ」


「自覚があるだけまだマシだな」


 エリナは言いながら、壁から離れたシオンの様子を観察した。

 怪我はない。魔力の乱れも感じられない。

 だが、いつも以上に目の下にうっすら疲労が溜まっている。


 シオンは視線を逸らし、面倒そうに頭を掻いた。


「で、何の用ですか?」


「もうわかってるでしょ?」


「嫌な予感しかしないな」


「奇遇だな。私もだ」


 エリナは外套の内ポケットから、小さな封書を取り出した。

 普通の紙ではない。表面に淡い銀の筋が走る、魔術封緘仕様の簡易命令書だ。


「今朝未明、祭祀区の深部で異常な魔力反応が断続的に観測されたわ。規模そのものは大きくない。でも質が妙だった。ルート王国の祭祀院側も表立って騒ぎにはしたくないらしくて、こちらにも非公式に調査協力の話が来てる」


「……僕まだ何もしてないですよ」


「わかっている。心配するな」


 エリナは封書をシオンの胸元へ軽く押しつけた。


「私が対応したいところだが、まだ学院生は大会に残っているからな。私が出るわけにはいかん」


「シャルロッテはいないんですか?」


「いない。彼女は別の任務を遂行中だ」

 

「チッ……」


「お前の棄権は私が皆に伝えておく。そもそもこの件がなくてもサボるつもりだったろう?」


「否定はしないでおきます……」


 シオンは封書を受け取り、中身をざっと確認する。

 祭祀区北西区画。一般立入禁止。

 観測時刻と簡易経路、それに調査協力者の欄。


 そこを見た瞬間、シオンの眉がぴくりと動いた。


「……いや、ちょっと待ってください」


「なに?」


「なんで協力者がいるんですか」


「お前の単独潜入を許すと思うか?」


「先生がついてくるならまだしも」


「伝えたばかりだろう。手が離せないと」


 エリナは首を横に振り呆れたような仕草をした後、ほんの少しだけ声を落とした。


「だから代わりをつけた。正確には、向こうから“同行したい”と申し出てきたのだけど」


「断ってくださいよ」


「断ったよ。最初はね」


 その時だった。


「……先生は、断った。でも私は来た」


 路地の奥、朝の淡い影の中から、静かな声が響く。


 振り向いた先に立っていたのは、白銀の髪を風に揺らす少女――シュナだった。


 世界大会用の正装に近い外套を羽織っているのに、なぜか周囲の空気だけがひやりと冷えているように見える。


 シオンは露骨に嫌そうな顔をした。


「……なんでここにいるんだ」


「あなたこそ、誰にも言わないんじゃなかったの?」


「……言ってない。というか自分はどうなんだよ」


「私も言ってない」


 迷いのないシュナの返答にシオンは少したじろぐ。


 エリナが二人の間に視線を往復させてから、小さく息をつく。


「とにかく、調査はお前達に任せる。今回の件、表向きの戦力を大きく動かすと祭祀院側が騒ぐ。けれど、見過ごすには嫌な匂いがする」


「先生」


「なに」


「僕、やっぱり今日の試合出たいなって」


「もう遅いよ」


「私もでない」


 シュナがエリナの側に立つ。


「なんでこんな面倒ごとばかり……」


 心底うんざりした顔で、シオンは額を押さえた。

 静かに世界大会を乗り切る予定は、どうやら今朝の時点で完全に死んだらしい。


 その横で、シュナがごく小さく口を開く。


「……安心して。足手まといにはならない」


「そこの心配はしてない。別の意味で心配だ」


「別の意味?」


「説明するのは面倒臭い」


「そう」


 シュナはあっさり引いた。

 けれど、その瞳だけは引いていない。


 まっすぐに、静かに、シオンの奥にある何かを確かめるように見ている。

 昨日までの“探る視線”よりも、ほんのわずかに深い。

 すでに何かを知っていて、それでもまだ確かめたい者の目だ。


 シオンはそれに気づかないふりをして、命令書を外套へしまった。


「……で、どこまで分かってるんですか」


「観測されたのは魔力だけじゃないわ」


 エリナの声音が、教師ではなく裏のそれに変わる。


「祭祀区深部の封鎖区画で、“精霊反応に似ているのに、精霊ではない何か”が検知された」


 空気が少しだけ張った。


 シオンは眉をひそめる。

 シュナは瞬きひとつせず、エリナを見返した。


「心当たりがある顔だな、シュナ」


「……ある」


「そうか」


 エリナは短く頷き、それ以上は追及しなかった。


「なら、任せたぞ。表では祭りが続く。平和な祭りで終わらせるにはお前達の力が必要だ」


「できれば普通に観光して、普通に宿に戻って、普通に怒られたかった……」


「怒られるのは確定なんだな」


「怒られるほうが楽ですからね」


 エリナは一瞬だけ口元を緩めたが、すぐにいつもの冷静な顔へ戻った。


「シオン」


「はい」


「無茶はするな。――特に、お前はな」


 その一言だけ、少し重かった。


 シオンは視線を伏せ、わずかに肩をすくめる。


「善処します」


「……まあいい。二人とも頼んだぞ」


 エリナはそれだけ言い残し、朝の喧騒へ溶けるように立ち去っていった。


 あとに残されたのは、シオンとシュナ。

 そして、祭りの表側から半歩外れた、ひどく静かな路地だけ。


 少しの沈黙のあと、シュナが隣に並ぶ。


「また、一緒になった」


「不本意だがな」


「私はそうでもない」


「……そうですかい」


 返しながら、シオンは小さくため息を吐いた。


 祭祀区。異常な魔力。精霊ではない何か。

 昨日見た不審者。閉ざされた扉。

 そして今、隣にいる氷の魔女。


 どう考えても、平穏とは真逆だ。


 それでも足は、もう自然と祭祀区の方角へ向いていた。


「先に言っておくが……」


「なに?」


「こういうのは、できるだけ静かに終わらせたい。派手なのはなしで」


「……あなたがそれを言うと、たぶん無理」


「縁起でもないことを言うなよ」


「経験則」


 鈴を転がすような、かすかな声。

 それがほんの少しだけ柔らかく聞こえて、シオンは嫌そうに顔をしかめた。


「じゃあ行くぞ」


「うん」


 祭りの歓声は背中側。

 向かう先は、その裏に沈む静かな異常。

 陽気な王都の朝とは裏腹に、祭祀区へ近づくほど空気はひやりと薄くなっていく。

 

 

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