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興信所の者ですが!!〜事件を解決するたびに、仏頂面の狼獣人副隊長の尻尾が揺れるんですけど!?〜  作者: 三來


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06. すれ違う心と老人の顔



 シュタインに手を引かれながら、全速力で走る私。


 そうしてたどり着いた現場は、先ほど私たちも通り抜けた市場だった。


 先に走っていた憲兵達と、ほぼ同時に到着出来たことに驚きながらも、息が切れた私は膝に手をついてしまう。


 学生の頃よりも速く走れた気がする。ただし、自力では無いが。


 必死に呼吸を整える私を見て、シュタインが眉を寄せた。


「すまない。抱えてやればよかったな」


 これはまた、予想外の方向の謝罪だ。


「そ、それ、は、勘弁して、ください……っ」


 私自身、体力には自信があるが、足の速さは人並みである。


 その上、獣人である彼の身体能力は、私の想像を遥かに超えているらしい。


 確かに抱えてもらった方が素早くたどり着いたのだろうが、大通りを抱えられながら走るのはごめん被りたい。


 腕を掴まれながら走って来たことでさえ、冷静になれば、やや恥ずかしいのだから。

 


 そんな気持ちを隅に追いやりながら騒ぎの中心を見ると、一人の女性が真っ青な顔をしながら憲兵に縋り付いている姿を見つけた。



「息子が……息子が……」


 そのか細くも悲痛な声に、私の喉がきゅっと渇く。


「どうやら人攫いのようだ」


 報告を受けたシュタインが、私にそう教えてくれた。



 子供が攫われたとなれば、取り乱すのも無理はない。言葉がまとまらない様子の母親のそばに寄った私は、そっと、その背中をさすった。



「落ち着いてお答えください。息子さんは、おいくつですか」

「む、息子は、六歳で、私と同じ赤い髪で…」


 必死で伝えられる子供の特徴。それを側で聞いていたシュタインが、目撃情報を集めるために指示を飛ばす。


 やがて「赤髪の男の子と手を繋いで、市場の出口に向かって歩いていく男を見た」という証言が報告された。


 憲兵が聞き出してきた男の人相に、母親は、はっと息を呑む。



「……多分、あの子の父親だと思います。もう数年前に別れましたが」


 その言葉に、シュタインの目が鋭くなった。


「元夫の連れ去りか。彼の住居は」

「わかりません……旅が多い人だったので、もしかしたら宿を取っているかも……」

「ならば、付近の宿から順に手分けして探せ」


 シュタインの指示で、憲兵たちが一斉に散っていく。


 私はと言うと、母親の表情を観察していた。「元夫の連れ去り」そう聞いた時の彼女の表情に、一瞬後悔の色が見えたからだ。



「何か、気になることがあるのではないですか?」


「……」


 私の問いに、黙ったままこちらを見る母親。


「何でも構いません。もしかしたら、宿ではなくどこか別の場所に向かっているかもしれない。何か、思い当たることはありませんか??」


 私の言葉に思うことがあったらしい母親は、ぽつりと答えた。


「元夫には、誕生日と年の始めだけは息子と会うことを許していました。それなのに今年の誕生日、あの人は会いに来なかった。……あの人は画家で、旅も多くて……今年は帰りが間に合わなかったと言っていました」


 それで、彼女は酷く腹を立ててしまったらしい。遅れて会いに来た父親に、「子供との約束を守る気がないのなら、二度と会わせない」そう言って、毎年もらっていた息子のためのお金も、投げて返してしまったようだ。



「向かった場所に、心当たりはあるか」


 後ろで話を聞いていたシュタインが、母親に質問するも、彼女はフルフルと首を横に振った。


「……誕生日はいつも、家で過ごしていましたから」


 何も思い浮かばない様子の母親の肩に手を置く。


「……それでは、息子さんのお気に入りの場所はありませんか」

「お気に入りの、場所」

「ええ。息子さんが普段会えない父親に、見せたくなるような場所です」


 私の頭の中には一つの仮説があった。



 連れ去ったのではなくて。

 息子自ら、父親の手を引いて行ったのだとしたら。




 母親から、思い当たる場所を聞き出した私は、立ち上がると、シュタインに進言した。


「行って確認しても、よろしいでしょうか」


「俺も行く」


 そう言われた途端、抱え上げられた私。


「いや、ま、自分で走りますから!!」

「この方が速い」


 そう言われてしまうと、速く着くに越したことは無い為、何も言えなくなる。


 もしかしたら獣人にとっては、当たり前のことかもしれないと思った私は羞恥心を捨て去る覚悟を決めた。


 まずは、息子を探すことが第一優先だ。


 こうして。私は「お姫様抱っこ」で高速移動することになったのである。




 私たちが到着したのは、街のはずれにある小さな花畑だった。


 そこには母親の好きな花が咲いていて、たまに眺めるのが、最近の母子の楽しみだったらしい。


 その花畑に、息子と父親は居た。


 男の子が、花を摘んでいる姿を、父親は目に焼き付けるように見つめている。


「父ちゃん!!虫がいた!!」


 そう言って、虫を捕まえようとしている姿を変わらず眺め続ける父親。


 なんとも穏やかな光景だ。とても、誘拐事件の現場とは思えなかった。



「…居たな」

「ええ。……無事なようです」


 ひとまず胸を撫で下ろす。

 この目で、その姿を見るまでは楽観視は出来なかったのだ。二人の無事を確認できて、初めて安堵感が押し寄せた。


 その気持ちのまま、ふと上を見上げると、シュタインの横顔からほんの一瞬、どこか遠くを見るような揺らぎが浮かんだことに気づいた。


 この人にも、何か……そう思いかけた思考を、私は慌てて打ち消す。


「行くぞ」


 私を降ろし、踏み込もうとするシュタインを私は手で制した。

 

 そして、一人でゆっくりと彼らに近づく。



「……お花は、プレゼントですか??」


 私の声に、父親は驚いて振り返った。


 私とシュタインの姿を見た彼は、すべてを察したように、力なく笑う。



「……やっぱり、騒ぎになっちまったか」


 彼は懐から、ずしりと重い革袋を取り出した。


「これを渡したくてな……。でも声をかけられなくて。……でも、あの子に気づかれちまってよ。母さんと喧嘩したから顔を合わせられないって言ったら、仲直りの花を摘もうって……」


 そこまで言って、言葉を切る父親。

 私は無言で続きを促した。


「本当は、ちゃんと声をかけるべきだったんだよな。……でも、会わせないってまた言われたらって思ったら……」


 きっとどうしようもなく、切なくなってしまったのだろう。

 

 後のことは考え無いようにして、息子との「最後の時間」を選んでしまったと、父親は謝罪の言葉を告げた。


「その謝罪は、あなたの元奥様へ言うべきです」

「……でも、俺は牢屋行きだろ?」


 そう言った父親に、シュタインが言った。


「どうなるかは、あの子の母親次第だ」


 シュタインの言葉に、泣きそうな表情になる彼。


 その顔は、何とも不器用な父親の顔だった。



 結局、彼はシュタインから厳重注意を受けただけで、逮捕されることはなかった。


 母親は、ことの真相とあの日投げてしまった革袋の金を見て、怒鳴りつけてしまったことを悔やむように涙ぐんでいた。


「おれ、喧嘩してるの嫌だよ」


 そう言って、花束を差し出す息子に母親が泣きながら頷く。


 彼女が、憲兵に被害を訴えないと決めたのなら、あとは家族の問題だ。


 一件落着。


 そう思った、その時だった。



 私に礼を言って去ろうとした父親が、そういえば……と、私の髪色に目を留めた。


「お嬢さん、兄弟はいるかい??」


「はい??」


「いや、黒い髪が珍しいからよ。もしかして、弟かなんかいるんじゃないかと思って」


 黒い髪。もしやと思った私は、彼にスマホの写真を見せた。


「もしかして、この人ですか!?」

「お、そうそうこの兄ちゃんだよ。髪の毛がもうちょっと、根っこの方が黒くて面白い髪だなーって言ったらよ、染めてたのが伸びたんだって教えてくれてな??」


 そう言いながらも、まじまじとスマホを見て「こりゃなんだ……?」と観察している彼に、更に質問をする。


「いつ、どこで会ったんですか??」


「確か、二ヶ月か前に会ってよ。隣の国との街道で会ったんだよ。俺がそこの風景を描いてたら、ソイツが頼んできたんだ。『ボロボロになっちまった似顔絵を描き直してくれ』ってな」


「その後、彼は隣の国に??」


「いや、帰ってきたところだったみたいだぜ。『父親を探すためにあれこれ回ったが、遠回りした』って言ってたしな」


 と言うことは、私の探し人はこの国にいるのだろう。それも、彼が探している父親もである。

 

 

「似顔絵の顔、覚えてますか??覚えていたら、描いてもらいたいんです」


「それは全然構わないけど、前のことになっちまうから、ちょっと自信はないぞ」


 そう言って、彼は懐からスケッチブックと炭を取り出すと、記憶を辿るように、一人の老人の顔をスケッチし始めた。


「記憶頼りだからこの通りかはわからん。が、こんな顔の男だったはずだ」


 そう言って渡された絵を受け取る。


 そこに描かれていたのは、深い皺の刻まれた、穏やかそうな、しかしどこか強い意志を感じさせる老人の顔だった。



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