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興信所の者ですが!!〜事件を解決するたびに、仏頂面の狼獣人副隊長の尻尾が揺れるんですけど!?〜  作者: 三來


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05.習性と使えない羅針盤


 

 軟禁が解かれたその日、私は部屋を移された。


 憲兵の詰め所と同じ敷地内にあるこの建物は、普段は視察に来たお偉方の為の宿泊所であるらしい。


「上層部から、稀人ならばと使うことを許可された。必要そうなものは揃えてあるが、足りなければ追々伝えるように」


 そう言って出て行ったシュタインを見送り、私は家の中を確認する。


 こちらの世界の服。日用品。軽食がつくれそうな炊事用具。

 それに、女性特有の必需品まで。

 過不足なく、ありとあらゆるものが揃えられていることに、安堵の息を吐いた。


「かなり待遇がいい気がする」


 思い返せば、シュタインは稀人のことを「世界のあり方を変える」と言っていた。


 そうは言っても、私はそのような知識も能力も有してはいないのだけれども、安心できる拠点が用意されたのはありがたい。


「……もしかしたら、あなたもどこかで保護されているのかしら」

 

 そう言って、私は行方不明の彼の写真を眺めるのだった。



 翌朝。


 シュタインに呼ばれた私は、大慌てで身支度を整えた。


 安心したせいか、夕飯も食べずにぐっすりと眠りに落ちたあげく、少々寝過ごしてしまったようだ。


 まだ寝ていた私を起こしてくれた憲兵が、申し訳なさそうに「お呼びしても返事がないので、入らせていただきました」と言って起こしてくれたのである。



 ……やってしまった。

 初日から遅刻とは、最悪だ。


 大急ぎで身なりを整え、できるだけ急いでシュタインの執務室にたどり着いた。


「申し訳ありません!!寝過ごしました!!」

 息を整えながら入ってきた私を見て、シュタインは静かに笑った。


 どうやら、遅刻は多目に見てくれたらしい。


「……これを食べるといい」


 私の謝罪を視線だけで受け止めた後、自らが食べていたサンドイッチの一つを私に差し出した彼はそのまま説明を始める。



「さて。蒼が軟禁されている間に、憲兵にも探させてはみたが有力な出かかりは見つかっていない」


「探していてくださったのですね……。ありがとうございます」


「礼はいい。こちらに来ているとするなら、彼もまた稀人だ。よからぬ事に巻き込まれてしまっては、暴動が起きかねん」


「ぼ、暴動…」


 思いがけない単語に目を見開くと、シュタインは稀人についての詳細を教えてくれた。


「この世界には、稀人信仰があるのだ」


 曰く、様々な世界から現れる稀人の影響力は計り知れなかった。


 1000年以上前から、現れていた稀人。

 その最初は「獣人」であったらしい。


「いまでこそ、獣人は世界中にいる。だが、それはたった一人の稀人がもたらした結果だ。他にも、衣類や、建設様式、色々な知識をもたらす稀人を『神の使者』と崇める者もいる」


「そんな、大袈裟……でもないのか」


 実際にその立場にならなければわからないが、確かに信仰心が芽生えるのもおかしくないのかもしれない。


「だから、無碍には扱えぬと」

「ああ。念の為人間性を確認はするが、基本的には丁重に扱われる」


 言葉を切って、シュタインは私を見た。


「ただし。稀人が自ら保護を求めなければ、見つけられないこともある」

「……助けを求めない人もいるでしょうね。わたしも、逃げようとしましたし」



 そう考えると、私がシュタインに見つけられ、保護されたのは幸運だったのだろう。


「そういうことだ」


 話し終えたシュタインに促され、私は羅針盤を取り出した。


 私とは違い、綺麗な明るい茶色に染められた行方不明の彼の髪。

 こちらでも馴染むだろうその色のせいか、目撃証言が集まらない今、頼りはこの羅針盤だけであった。


 針が指し示す方角と、壁面に貼られている大きな地図を見比べるシュタイン。



「……変わらずこの方角か」


 

 確認を終えた彼が、短く告げる。



「行くぞ。仕事の始まりだ」


「……え、副隊長自ら一緒に行くんですか??」


 てっきり、指示を聞いて他の憲兵と共に行くのだと思っていた私は驚いてしまう。


「直属だと、言ったはずだが」


 そう言ったシュタインは、不思議そうに首を傾げるのだった。





 街に出て、シュタインの隣を歩きながら街の様子を観察してみる。

 獣人の比率、人々の服装、露店で売られている物の値段、建物の構造。

 

 ここに来た最初の頃には把握しきれなかったそれらを見て歩いていると、やけに視線を感じることに気がついた。


「あら、あまり見ない髪の色ね」

「まあ本当」

「副隊長さんと歩いているってことは、お偉方のお嬢さんかしら」

「でも、憲兵の制服よ??」


 ひそひそと交わされる会話が耳に入ってくる。


「じゃあ新しい憲兵さんかしら。副隊長と一緒ってことは優秀なのかも」

「きっとあれよ。ほら、あれあれ」


 と、そこからは聞こえなくなった、ご婦人方の井戸端会議。


 この分では、今日一日で「黒髪の新米憲兵」の噂は盛大に尾鰭をつけて広まることだろう。


 しかも、悪くない方向に。


「……もしかして、私をこの街の住人達に印象付けるために一緒に来てくださったのですか」


 思いついた疑問をそのままぶつけてみると、シュタインは薄く笑った。


 どうやら当たりだったらしい。


「それもある。その髪色はこの国では目立つだろう。一人で動くには危険も伴い、部下だけでは印象が薄い」


 確かに。目立ってしまい、下手な噂が立つのなら「副隊長が目をかけるような新人が入った」と噂が立つ方が、今後動きやすくなるだろう。


「でも、こんなに覚えられたら、尾行する時に差し障りそうです」


 私の憂いに、シュタインは首を振った。


「逆だ。どうせ目立つなら、憲兵に黒髪の女が入ったと強く印象づけておいた方が強みになるだろう」


「なぜですか」


「黒髪の女にしか意識が向かなくなる」



 思いもよらない指摘だった。

 

 確かに。見た目が強く印象付くほどに、変装後は背景に紛れ込みやすくなるだろう。


 この世界に、どれほどの変装道具があるのかは定かではないが、かなり使える手だと思う。


 日本での調査しか経験のない私からは、出てこない発想だった。



「すごい。さすが副隊長。尾行に精通しておられますね」


 そういえば、最初の私の逃走劇も先回りされたのだった。そのことを思い出しながら素直に感想を言うと、シュタインはやんわり否定してくる。

 

「憲兵隊としての経験則があるだけだ。俺個人としては尾行は得意だが、獣人の鼻の良さでどうにかなっているに過ぎない。特有の能力故に人族には教えられぬし、対象の匂いを正確に覚えていなければ意味をなさない」


「なるほど、対象の持ち物を嗅ぐとかです……か」



 そういえば。



 最初に私を見つけ、シュタインが先回りしていたあの時。彼は私の持ち物を持っていた……。



「え、あの。もしかして、私の時も??」

「ああ。見失う可能性を考慮し、お前が捨てた服の匂いを覚えたが」



 憤死しそうになった。


 怒りではなく、羞恥心からである。



「ま、じかぁ……」


 そう言って目元を手で覆った私に、シュタインは不思議そうに首を傾げていた。きっと、彼にとっては当たり前のことなのだろう。


 少しして、私が羞恥心と戦っていると気がついたらしい彼が言う。


「……良い匂いだったが」

「そこじゃない」


 斜め上の謝罪に即座に否定してしまった。

 でも、非難するわけにはいかないだろう。こちらが早く慣れるべきだ。郷に入っては郷に従え、である。


 シュタインを見ると、何食わぬ顔で歩いている。

「……笑ってもいいんですよ」

「……笑わん」


 そうは言っても尻尾がフルフルと揺れているのだ。


 種族は狼獣人だと言っていたし、犬と同じように楽しくて尻尾を振っているのだろうか。


 狼の特性は知らぬまま、そう仮説を立てたものの余計に恥ずかしくなってきてしまった。


 これ以上何も言うまい。

 要らぬ藪蛇をつつかぬよう、私は無心で歩みを進めるのだった。


 



 羅針盤が最終的に指し示したのは、旧市街の奥にある、一軒の薄暗い酒場兼宿屋だった。


 店に入ると、視線が一斉に私たちに集まる。


 客層はあまり良くなさそうだ。値踏みするように私を見る視線は少々嫌なものだった。


「なにか?」

 

 ここで怯えては舐められると、あえてニコリと笑いかければ視線を逸らす男たち。


 満足して、シュタインに向き直ると、彼は眼光鋭く彼らを睨みつけていた。


 ……彼らの視線を逸らさせたのは、私の成果ではなかったようだ。



 そんなシュタインの様子を見て、慌てた店主が貼り付けた笑みで近づいて来る。


「どのような御用向きで」


 そう尋ねる店主へ、私は写真を見せる。


「この男を知っているか」


 写真を見て、私を見て。

 最後にシュタインを見た店主。


「さあね。人の顔なんざいちいち覚えちゃいねえよ」


 そう言った後も、シュタインから店主は目を逸らさない。



 きっと、嘘をつきなれているのだろう。でも、慌てたせいかボロがでている。


「貴方は、この機械を見ても何も反応しないのですね」

 

「え??」


 スマホ自体を指差した私に、店主は少し上擦った声を出した。


「見たこともない技術のはずですよ。現に、ほら」


 周りの客が興味深そうにスマホに視線を向けている。


 見たこともない機械が気になるのだろう。それが普通の反応なのだ。


 私の指摘に店主は目を泳がせた。

 

 やはり、何か知っていると見て間違い無いだろう。


「何かご存じなら教えてください。彼はここで何かを売りませんでしたか? 例えば……この、機械のようなものを」


 興信所の経験上、行方不明者がまずするのは「金策」だ。その一点に絞った私の質問に、店主はたじろぐ。


 シュタインの無言の圧力と私の質問に、店主はとうとう観念したようだ。



「……ああ、確かに来たよ。装飾品と服、あとそれと同じ機械を売りたがってたから変えてやったんだ」


「それはどこに??」


「裏ルートで売っちまったよ。一年前の話だ。探すのも骨が折れるだろうよ」


「一年前……??」


 店主の言葉に疑問が湧く。


 おかしい。私が依頼を受けた時、半年前から行方不明と依頼人は言ったのだ。


 半年も、期間がずれている。それもあり得ない方向で。



「この男がどこへ向かったか分かるか」

「さあな」


 シュタインがした質問に店主は首を振り、こう付け加えた。


「行き先は知らんが、人を探してたぜ。親父がどうのこうのって言ってたから、人探しなら憲兵にでも頼めと言ったよ」


 それ以上は知らねえ、と言った店主。

 ひとまず、また訪ねてくることがあったら、すぐに憲兵隊に伝えるように伝え店を後にする事にした。


「稀人と察した上で保護しなかったと知られたくなかったのだろうな。……害したわけではないから処罰対象ではないが」


「……」


「どうした」

 

 思考が止まらず返事ができない私に、シュタインが尋ねてくる。



「……気になることが二つあります」


 私は依頼人から聞いていた情報を共有した。

 一つは、失踪時期との半年間のずれ。


 もう一つは。


「ご両親は……亡くなっていると」


 父親は物心つく前に亡くし、母も数年前に亡くなったのだと聞いていたのだ。


「……わからぬことが、増えたか」

「ええ。困ったことに」


 答えを求めるように羅針盤を見てみる。


 次に、どこに行けば良いのか教えてくれやしないかと期待したが、残念なことにまたもや羅針盤はグルグルと回り出してしまったのだ。


「……使えぬ羅針盤だな」


 あまりにストレートなシュタインの感想に乾いた笑いが漏れつつも、心の中では同意してしまった。


「地道に探せってことかしらね」


 捜索初日で、いきなりの幸先の悪さである。


 文句を言っても仕方がない。ここからは興信所らしく探していこう。


 ここまで来たついでに、他にも聞き込みをしようと提案しかけた……その時だった。

 

 通りの向こうで、憲兵が慌ただしく走り抜けて行くのが目に入る。


 彼らの様子から、よっぽどの事態のようだった。


「行くぞ」


 私の手を引いて走り出したシュタインと共に、新たな事件へと向かうことになったのである。


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