18. 仮説と、宝石の隠し場所
私が上を見上げると、天井の隅々をエドヴァルト達が調べているところだった。
細い梁やロープ、ハシゴを駆使して痕跡を探しているようだが、どうやら今のところ何も見つけられてはいないようだ。
その高さに、見ているこちらがヒヤリとするが、どうやらそう感じたのは私だけでは無いらしい。
「だ、大丈夫なのかしら」
「獣人さん達だもの、私たちよりは身軽なはずよ」
現場に留め置かれている人々が、心配そうに上を見ながら口々に囁く。
確かにかなりの高さだ。落下のリスクを考えると、登ることすら難しいだろう。
それは盗んだ犯人も同じ。
「というか、上から盗んだのなら準備もいるわよね……」
いくら天井が高く視界から外れるとは言え、身を隠せるような場所は見当たらない。
警備の目を掻い潜り、観覧している人々の視線も避けて、盗むまでの下準備を出来るものだろうか。
心配と疑問で上を見続けていると、首が痛くなってきてしまった。
視線を下に戻し、首をほぐしながら周囲を見渡す。
ホールの床を隅々まで確認している憲兵達も、特に怪しい場所は見つけられていない様子だった。
わたしも何か手がかりを探そうと、改めて観覧客の集団に目を向けた時、また別の違和感を感じ目が止まる。
「……あの人」
音の証言をしなかったあの婦人が、全く上を気にしていないのだ。
いや、正確には気にしていない訳ではない。周囲のご婦人方と心配そうに言葉を交わしてはいる。
だが、他の人々が時折不安げに天井を見上げるのに対し、彼女は一切、視線を上へ向けていない。
「なんか、引っかかるんだけど……」
モヤモヤと違和感が立ち込めるが、いまだに晴れない。
少しでも何か掴もうと、こっそりと彼女を上から下まで見る私の視線は、足元で止まった。
カチリと何かが嵌る音が、私の思考の中で響く。
豪華なレースとフリルをふんだんに使った、煌びやかなドレス。その裾からのぞく、正面から見ただけでは気が付かなかったソレ。
彼女が履いている靴は、その豪奢な服装にしては高さがなかった。
歩きやすさを重視したような簡素なローヒールの靴。しかも、そのサイズも、周りの貴婦人と見比べると少しばかり大きすぎるように感じる。
それ一つだけでは些細な差だ。
足の大きなご婦人もいるだろう。
それでも、今まで感じた漠然とした違和感を全て繋げたとき、自分でも笑いたくなるような大胆な仮説が頭に浮かんだ。
このご婦人は、本当に女性なのだろうか。
もし、彼女が女性の変装をした男性だとしたら。
上を見上げないのも、体型を変えるための変装が影響して、動きに制限があるのだとしたら。
靴の大きさやヒールがない違和感も、実は男性で、動きやすさを確保するためなのではないか。
「なんて、そんな……」
と、笑い飛ばしてしまえないのは、私自身が数日間猫耳の変装で過ごしていたからだった。
もちろん、確証は無い。
が、もしこれが本当だと仮定すると……そう考えていくと、次の疑問が湧いてくる。
「なんでわざわざ女装を……??」
観覧に来ていた者の中には男性もいるのだ。
女性でないと浮いてしまう、と言うわけでも無いだろう。
そこまで考えた時に、天井の調査を終えたエドヴァルド達が下に戻ってきた。
「何か見つかりましたか?」
「いや、細工した形跡も、誰かが登った様子もない」
埃を払いながら難しい顔をしてエドヴァルドが答えた。
彼についている埃の量からも、掃除人すら上に登っていないのだろう。
「蒼はどうだ」
エドヴァルドのその問いかけに、私は歯切れが悪くなりながらも自分の仮説をそっと告げた。
あくまでも仮説に過ぎない私の推理に、エドヴァルドはなるほどと一つ頷く。
「確かに、女性でしか隠せない場所があるな」
納得したようにそう言うと、エドヴァルドは真っ直ぐにその婦人を見た。
「……まさか」
エドヴァルドの視線の先。
チョーカーが受けられた首の下。
彼女の豊満な胸部に、私の視線も吸い寄せられる。
「……まさか、あの中に??」
私の問いにエドヴァルドが私の方を向き直って答えた。
「あり得ない話ではない。観覧客の身体検査は終えているが、それは服だけだ。流石に皮膚の中までは調べん」
まあ、それはそうだろう。
加えて今回消えたのは、顔ほどの大きさの宝石だ。服の中を調べるにしても、簡易的な検査で終えられた可能性もある。
「……もう一度身体検査をしますか」
わたしが横目で彼女の胸部を見ながら、そう言うと突然アレクサンドラ隊長が割って入ってきた。
「何だ蒼。そんなに熱心にご婦人の身体を見つめるものじゃないぞ」
囁くようにわたしに告げた隊長がウインクを一つしてきた。
「あ、いや、そう言うわけではなくて」
「いい、いい。聞こえていたからわかっている」
慌てて否定しかけると、悪戯が成功したように笑う隊長。その様子にエドヴァルドが軽くため息をついた。
「身体検査のやり直しをしよう。部屋を分け、婦人方は私と蒼の二人で確認する。異論はないな??」
こうして、私の仮説から状況がまた一つ動いたのだった。




