17. 違和感の正体と、隠された「音」
「警備の者共から話を聞くぞ」
アレクサンドラ隊長の号令で、私たちは警備にあたっていた四人を集めた。
彼らは皆、それぞれ青ざめた顔で直立している。
国宝を消失させてしまった責任に、今にも押し潰されそうなのだろう。
そんな彼らをエドヴァルトが、氷のような視線で彼らを射抜く。
「当時の状況を、隠さず詳細に話せ。……貴様らが『何を見て』、そして『何を聞いた』のかを」
隠し立ては許さないと睨みを効かせるエドヴァルトに、震えながらも、警備兵が一人一歩前に出た。
「はっ、はい!! 我々四名は、規定通り『青い薔薇』の入ったガラスケースを背にする形で、四方に分かれて警備を行っておりました」
これは私達の推測通りだ。彼らは宝石に背を向けていた。
「ならばなぜ、お前らは何も見ていない。我々の見立てではお前らの背後で閃光が起きたはず。そうであれば、なぜお前ら全員が閃光で目が眩んでいるのだ」
アレクサンドラ隊長の追及に、彼らは顔を見合わせた。
言いにくそうに口をつぐむが、隊長の鋭い視線に耐えかねて、ついに一人が口を開く。
「……音が、聞こえたのです」
「音??」
「はい。ガラスケースに、何か硬いものが当たるような……『カツン』という音が」
他の三人も、同意するように深く頷いた。
「我々はその音に反応し、反射的に振り返りました。……その瞬間です。目の前が真っ白になるほどの光が弾けたのは」
なるほど。
1.音がする。
2.警備員が振り返る。
3.閃光弾が炸裂する。
証言が事実ならば、この順序だ。
つまり、犯人は「音」で警備員の注意をガラスケースに向けさせ、そのタイミングで「光」を浴びせたことになる。
確実に目を眩ませるための、計算され尽くした手順だろう。
「我々の視界が戻った時には、すでに『青い薔薇』は消え失せておりました……」
そう言って、目を伏せる警備員たち。
「なぜ、それを早急に報告せんのだ!!」
ここで、アレクサンドラ隊長の怒号が響いた。
当然だ。「音に釣られて振り返ってしまった」という失態が、宝石消失の直接的な原因なのだ。重要な情報を報告しなかったのはいただけない。
隊長の叱責に、警備の四人はビクリと肩を振るわせ、そして目を泳がせた。どうやら、わざと報告しなかったようだ。
「……怖かったんですか? 自分たちが、相手の罠にはまったのだと報告するのが」
私の指摘に、四人は一斉にバツの悪そうな視線を向けてきた。図星のようだ。
なんてことだ。四人全員が保身のために隠蔽を図るとは。
それを理解したエドヴァルトが、深いため息をついた。
「貴様らの処分は警備上層部に委ねる。せいぜい軽くなることを祈れ」
凍てつく様な声色で告げた後、エドヴァルトは背後に控えていた出入り口の警備兵に尋ねた。
「閃光の後の出入り口の封鎖はどうなっている」
「はっ、私が封鎖しました!! 閃光の直後、目は使い物になりませんでしたが、すぐに扉を閉めましたため、このホールから出た者は一人もいないはずです!!」
ホール入り口担当の警備兵がハキハキと答える。
それが事実ならば、ここから出た者はいないということだ。
ホールには窓もない。空気を入れ替えるための通気口はあるようだが、人の顔ほどの大きさがある宝石が通る隙間ではなかった。
つまり、順当に考えれば。
盗まれた「青い薔薇」も、実行犯も、まだこの部屋の中にいることになる。
「まだ、この場にいるのかしら」
私の呟きに、エドヴァルトが反応した。
「まだその結論は早い……床下に細工がないか、徹底的に調べるか」
エドヴァルトの呟きに、アレクサンドラ隊長も頷いた。
「あるいは、上か」
確かに、足元に抜け穴がある可能性もあるだろう。
隊長が言うように、上からでも犯行は容易かもしれない。
高いドーム状の天井。装飾が施されているが、あそこから吊り下がって……と想像したところで、漫画のような手口だなと、自分の考えに苦笑が漏れた。
「エドヴァルト。念のため天井裏と通気口を調べるぞ。……万が一の可能性もある。国宝を砕いてしまえば、あの通気口を通るかもしれん」
「了解した」
どうやら、二人は物理的な侵入・脱出経路の捜索へと動き出すようだ。
「蒼も来るか」
エドヴァルトに声をかけられたが、私は静かに首を振った。
「いえ、その。なにか、見落としてる気がして」
私の返答に、エドヴァルトは少し思案した後「何かあればすぐ呼びなさい」と言って天井の調査へ向かって行った。
私は、その場に残って情報を整理するように思考を巡らせた。
違和感の正体は、私自身にもハッキリとはしなかった。
それでも、何か見落としている気がしたのだ。
現場は事件発生直後に出入り口が封鎖された。中にいた観覧客の身体検査も成果なし。
私の視線は、ホールの一角に集められた観覧客たちへと向かう。
突然の事態に怯え、不安そうに身を寄せ合う人々。
犯人がまだこの中にいるとしたら。……でも盗んだ宝石を持つ人間はいない。
私は、違和感を鮮明にするために、再度宝石を警備していた四人に声をかけた。
「あの、最初に皆さんが聞いた音について、もう少し詳しく教えてください。……それって、例えば小石が落ちたような、小さな音でしたか??」
私の問いに、警備員の一人が首を横に振る。
「いいえ。もっとはっきりとした……硬いものがガラスを叩くような、『カツン!』という鋭い音でした。だからこそ、我々全員が反応してしまったのです」
「……そう、ですか」
その答えを聞いて、私の胸中の小さな引っ掛かりが鮮明になった。
警備の四人全員が聞いた、鋭くはっきりとした音。
静かなホールの中だ。それだけの音なら、当然、周りの人間にも聞こえていただろう。
「その時、あのご婦人はどちらで国宝を見ていたか、覚えていますか??」
私が視線で示した先を見て、警備員の一人が頷く。
「あの方でしたら一番前です。かなり熱心に見ていらっしゃいましたから、よく覚えております」
一番前。それなら。
絶対に、音も聞こえていただろう。
……なのに、なぜ?
私が疑いをもったのは、最初に証言を聞いた貴婦人だった。
『確かに見ておりましたの!!』
『ですが、突然目の前が真っ白になるような、強い光が弾けまして……!!』
彼女は、確かにそう言った。「光」に関しての証言は詳細だった。
――でも。
その直前にあったはずの、警備員たちを振り返らせた「音」については、一言も触れていなかったのだ。
言わなかった理由として考えられるもの。忘れていた。あるいは、そもそも意識していなかった。
もう一つ、「嘘をつこうとしてボロが出た」
例えば。彼女が、音を立てて警備員の注意を引き、国宝を奪った犯人だとしたら。
私は、群衆の中で一際不安そうに、胸の前で手を組んで震えている彼女を見つめた。
その、固く組まれた手。豪奢なドレスのドレープ。頭上にかぶった帽子。
身体検査は済んでいるのだ。彼女は今宝石を持ってはいないだろう。
それでも、私は彼女に対して違和感が拭えなかった。
抱いた疑念とは違う、別の違和感。
私は理由が判明しないまま、ひとまずエドヴァルト達の調査を待つことにしたのだった。




