15.国宝と切り札
「ほ、報告いたします!! 『青い薔薇』が盗まれました!!」
部屋に走り込んできた憲兵の切羽詰まった声に、執務室の空気が、一瞬で凍りついた。
「なんだと!?」
血相を変えて立ち上がったのは、アレクサンドラ隊長だった。
彼女の顔からは、先ほどまでの悪戯っぽい笑みが消え、見たこともないほどの険しい顔に変わっていた。
「警備はどうした!! 状況を説明しろ!!」
「それが……白昼堂々、大勢の観覧客の目の前で……にも関わらず、犯人の姿を見た者は誰もいないようでして……」
「馬鹿を言え!!」
吠えるように言うアレクサンドラ隊長。
同じく、険しい顔で聞いていたエドヴァルトが憲兵に念を押すように確認する。
「国営会館の警備は、この国で最も厳重だ。それが白昼堂々、観覧客の目の前で破られたというのか」
「そのようです!!」
国営会館……??
緊迫したやり取りの中、私は事態が飲み込めずにいた。
急ぎ知らせに来た憲兵は、これ以上の詳細を知らないようだった。後は現場に行くしか無い。
「蒼、説明は後だ。行くぞ!!」
「は、はい!!」
エドヴァルトに促され、私たちはアレクサンドラ隊長に敬礼を残し、現場へと急行した。
詰所を飛び出したエドヴァルトに、手を捕まれ、ぐんっと引っ張られると、その勢いのまま抱き抱えられる。
驚いたものの、悲鳴は飲み込んだ。
仕方ないのだ。私の足では遅いのだから。
「……急いでますもんね」
「悪いが、了承を取る時間すら惜しい」
そうして、私を抱き抱え、大通りを疾走するエドヴァルト。
視界に入る顔が、どうにも落ち着かない。
私は無心になるため、空に浮かぶ雲を眺めることにしたのだった。
◇
到着した国営会館は、それはそれは立派な建物だった。
エドヴァルトの説明によれば、国の繁栄の歴史や資料の展示、さらには議会が決定したことの通達など。国にまつわる発信を司る、重要な場所だと言うことだった。
国営会館の周りでは慌ただしく動いている憲兵の姿が見えた。
他にも、憲兵とは別の制服を着た者が見えるが、きっと彼らは国営会館の警備の者なのだろう。
「それで、『青い薔薇』って、どんな物なんですか」
私の質問に、建物内に足を進めるエドヴァルトが簡潔に説明してくれた。
「『青い薔薇』は、この国の国宝だ。大きさは人の顔ほどある。美しい青色に輝き、研磨されていない。その見た目が薔薇のように見えることから、そう名付けられた」
それを聞いて、私は大きなサファイアを想像した。
確かに、それほどの大きさの宝石なら、国宝になり得るだろう。
そこまでは納得がいくが、新たな疑問が一つ湧く。
「……なぜ、それほど貴重なものを展示してるんですか??」
私の質問に、エドヴァルトは前を向いたまま答えた。
「この国には王はいない。諸外国では王がいるのが通例だが、商業のために生まれたこの国は議会制で成り立っている。それ故に、『繁栄の象徴』として、『青い薔薇』は展示されていた」
なるほど。国の象徴。
それが、白昼堂々と、大衆の目の前で盗まれたと言うのだから、これほどの騒ぎになるのも無理はないだろう。
現場である、国営会館内部の奥へ到着すると、そこは更に騒がしかった。
「副隊長! お待ちしておりました!」
現場の指揮官が真っ青な顔で駆け寄ってくる。
「状況は」
「……出掛かりは、見つかっておりません」
彼らのやり取りを耳にいれながら、私は展示されていたであろう場所に目を向けた。
ガラスの破片が散らばり、その中心にある台座の上はぽっかりと空になっている。
「目撃者はいないのか。警備の者も四人以上配置されているはずだろう」
「それが……」
言いにくそうな指揮官が指差した先には、まだ興奮冷めやらぬ様子の貴婦人がいた。
目元が少し赤くなっている彼女は、別の憲兵に詳細を語っている。
「確かに見ておりましたの!! あの美しい薔薇を……ですが、突然目の前が真っ白になるような、強い光が弾けまして……!!」
「光、ですか?」
「ええ! まるで雷が落ちたかのように……!! それと、すごい煙が。あまりの眩しさと驚きに目を閉じて、再び目を開けた時には……もう、何もかも消えていたのですわ!」
強い光。煙。
「……と言うことは、誰も盗まれた瞬間を見ていないのですか」
私の問いに、指揮官は苦虫を噛み潰したような顔をして頷いた。
「ええ。国営会館の警備の者も、また、宝石を見るために訪れていた者も皆、眩しさに目をつぶっていたようです」
なるほど。目撃者がいないというのは、そう言う理由だったのだ。
ひとまず現場を見るために、私はエドヴァルトと共に、空になった台座に近づいた。
「……なにか、匂う気が」
嗅ぎ慣れない匂いに気がつくと、エドヴァルトが答えを教えてくれた。
「火薬だな。おそらく、閃光弾の匂いだろう」
通りで嗅ぎ慣れないわけだ。
更に観察するも、それらしい手がかりは見つからない。
「何か他に気づいたことはあるか」
そう聞いてくるエドヴァルトに、私は首を横に振った。
と言うよりもだ。私はこう言った事件の調査経験がまるでないのだ。
手がかりはあるのかも知れないが、見落としている可能性も高い。
私よりも経験が豊富のエドヴァルトも、どうやら何も見つけられない様子だった。
彼の重苦しいため息を聞いて、歯がゆい気持ちになる。
私に、もう少し知識があれば。そんな思いと共に、一人の顔が脳裏に浮かぶ。
そうだ。もしかすると、彼ならば。
「一つ、許可をいただけませんか」
そう言った私の言葉に、エドヴァルトが眉を上げて続きを促す。
「言ってみろ」
連絡が繋がれば、助言がもらえるであろう友人を脳裏に浮かべながら私は言った。
「健吾なら。……彼なら、何か気がつくかもしれません」
警視庁、鑑識課の自称エース。
私は、この異世界ではありえない「切り札」を持っていることに、思い至ったのであった。
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