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興信所の者ですが!!〜事件を解決するたびに、仏頂面の狼獣人副隊長の尻尾が揺れるんですけど!?〜  作者: 三來


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11.裏商人と稀人信仰



 エドヴァルトの手によって、重い鉄の扉が、軋むような音を立てて開かれた。


 尋問室に一歩足を踏み入れると、ひやりとした空気と、錆びた鉄の匂いが鼻をつく。


 薄暗い部屋の中央に置かれたテーブルの向こう側で、小太りの男――裏商人のアーガイルは、先ほどまでのふてぶてしい態度はそのままに、ニタニタと品のない笑みを浮かべてこちらを見ていた。だが、その瞳の奥には、隠しきれない計算高さが滲んでいる。


「……何のようだ」


 エドヴァルトの、部屋の温度を数度下げるかのような氷の声に、アーガイルは肩をすくめて答えた。


「さっき聞こえた音の正体を俺は知ってる。あんたら、稀人の遺物を持ってるだろう」



 どうやら、先程の着信音を聞かれていたらしい。

 稀人の遺物とは……これまた、仰々しい呼び方である。


 私からすれば、スマートフォンは今や子供でさえ持っているただの通信端末だ。それでも、この世界の人間にとっては、酷く価値のあるものに見えるらしい。



「それを我々が持っているとして、それがどうした。お前には何も関係がないだろう」


 エドヴァルトが冷たく突き放すと、アーガイルは身を乗り出し、声をひそめて聞いてくる。

 

「……『あの方』から押収したのか??」

 


 その言葉に、私とエドヴァルトは一瞬、視線を交わした。



 アーガイルはおそらく、誤解をしている。


 この男は、きっと行方不明の神城さんがこの世界で売り払ったスマートフォンの存在を知っているのだろう。


 更に言えば、それがアーガイルの手元にある間に着信があったのだと思う。


 きっと、先ほどの健吾からの着信音を聞いて、私たちが「神城さんの」スマートフォンを持っているのだと思い込んでいるのだ。


 この誤解を利用すれば、何か聞き出せるかもしれない。


 そう目線で交わした後、エドヴァルトは口を開いた。



「……詳細は現在調査中だ。答えられん」


「ちっ……。まあいい。押収したってことは、なんか出てきちまったんだろ。『あの方』は一体何をやらかした。どのぐらいの罪になるんだ」



 アーガイルは必死に情報を探ろうとしていた。

 優良顧客か、あるいは彼の裏稼業を支える後ろ盾か。……ここまでの情報では判断がつかなかった。


 いずれにせよ、彼が「あの方」と呼ぶ人物が、神城さんのスマートフォンの最後の持ち主である可能性は高い。ならば、是が非でも情報を引き出したいところだ。


「一つお聞きしたいのだけど」


 私は会話に割り込み、スマートフォンを見せつけるように取り出した。

 


 その際、咄嗟にポケットの中でカバーを外す。

 色の違いで神城さんのスマートフォンとは違うとバレてしまっては水の泡だ。


 外したカバーの感覚をポケットの内側に感じながら、真っ暗な画面のみを見せつけ、私は質問をした。


 「あなたは、この機械をいくらで売ったのかしら?」


 私の言葉に、男は一瞬虚を突かれた顔をした。が、スマートフォンを見て、下卑た笑いを浮かべながら声を張り上げる。


「はっ!! いい金額で売れたぜ!!」

「そう。じゃあ、高い買い物だったわけね。大金払ったのに押収されて、可哀想だこと」

「まあ、あの方にしたら端金だろ」


 吐き捨てるようにアーガイルは言った。

 

 このやりとりでわかったことは、相手はかなりの財産を有していることと、そんな金額を払っても稀人の遺物を欲しがる人物だと言うことだ。だが、まだ核心には遠い。


「まあ、俺から何か聞きたいんならあの方の処遇を教えな。そしたら、少しは協力してやるよ」


 加えて言えば、アーガイルがこれほどまで気にする相手ということだ。

 彼の裏取引の足取りを調査すれば、もしかすると浮かび上がるかもしれない。



「お前に教える義理は無い。……そもそも、取引を持ちかけられる立場だと思うな」


 私と同じように、エドヴァルトも考えたようだった。最初から取引に応じるつもりは無く、情報をできるだけ引き出すつもりだったのだろう。

 

 ここまでだと見切りを付けたらしいエドヴァルトが、私を連れ立って尋問室を後にしようとした。


 が、その様子を見て、アーガイルが焦ったように食い下がってくる。



「……待てよ。じゃあ、その光る板のことを教えてやる。それがどんなモンか、分かってねえだろ」


 そう言ったアーガイルの顔には、先ほどまでの余裕はなかった。どうやら、よほど「あの方」とやらが気になるらしい。

 

「使い方、教えてやってもいいぜ? もちろん、タダとは言わねえが」


 再度交渉を持ちかけてきた男に、エドヴァルトは心底軽蔑したように鼻で笑った。彼の背中から、威圧感が静かに放たれる。


「お前ごときに教わる必要はない」

 

 そうして、私を見て言葉を続けた。


「お前以上にこの機械を使いこなせる者が、目の前にいるぞ」


 目線で私の頭頂部を見るエドヴァルト。その目に込められた彼の意図を、私は理解できた。


 私はゆっくりと、被っていた猫耳のウィッグに手をかけた。尋問室の空気が、シンと静まり返る。


 ウィッグを外すと、私の本来の黒い髪が肩に流れ落ちた。



「……黒髪の、憲兵……」



 アーガイルは呆然と呟き、私の持つスマートフォンに視線を落とした。そして、何かに気づいたように、ガシリと私の手を掴むとスマートフォンの裏側を確認しようとしてくる。


「やめろ!!」


 側に控えてた憲兵に取り押さえられても、アーガイルの視線はスマートフォンから離れなかった。

 驚愕の色をのせて、つぶやく。


「色が、違う」


 どうやら、自分の致命的な誤解に思い至ったらしい。


 珍しい黒髪。二つ目の「稀人の遺物」。そして、エドヴァルトの言葉。その全てが、彼の頭の中で一つに結びついたようだ。



「ま、待て……! まさかあんた……稀人か!?」


 アーガイルは血相を変え、椅子から転げ落ちそうになっていた。その表情は、見たこともないほどの畏怖の念に染まっている。


「ええ。そうらしいわ」


 掴まれた右手を摩りながら、私は努めて冷静に答えた。


 半歩前に立ち、私を庇うようにしているエドヴァルトの尻尾が顔を掠める。

 ここまで勢いよく尻尾が上がっているのを初めて見たが、フサフサとした毛が少し擽ったい。


「稀人だからなんだと言うのだ」 

 威嚇するように低く言うエドヴァルトに、アーガイルは冷や汗を滝のように流して答えた。


「ま、待ってくれ!! 違う、それなら話は変わる!! 全部、全部正直に話す!!」


 彼は必死の形相で、椅子から這いずるようにして私に懇願し始めた。まるで、神の使いに許しを乞うように縋りついてくる。


「頼む!!  俺はあんたらに自分から協力したと……そう言うことにしてくれ!! そうじゃないと……」



 アーガイルはハッとした顔で言葉を切り、自分の口を押さえた。


 だが、もう遅い。


「……協力したと言わねば、どうなるのだ」



 エドヴァルトの、地を這うような低い声が尋問室に響く。


その問いに、アーガイルは震えながら、真っ青な顔で言葉を絞り出した。


「……ころ……殺されちまう」



 それは、私の人生では決して聞き慣れることのない、生々しい言葉だった。


少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。

感想や★評価で応援いただけますと、とってもとっても今後の励みになります。


お読みいただき、ありがとうございました!

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