お嬢様の走り納め なぜこうなった?空前絶後の2輪の祭典
「さて、みんな。今年最後の走り納めをどうするか、決めましょうか」
雅が学園のサロンに並ぶチームメンバーを見回した。冬休みの静けさと、ガラス窓の外で舞う粉雪が、どこか特別な時間を告げている。
「年の瀬くらいは派手じゃなくてもいいよね?」
梓がタブレットを操作しながら笑う。
「三チーム合同で、夜景を眺めながら走るだけ。派手なレースじゃなくて、思い出づくりに」
雅は日にちを指定しながらうなずいた。
「私達は、大みそかから年始まで家のイベントが重なっているから、十二月三十日位しか日程がとれないの。ちょっと話しましたけどルナヴァイオレットの皆さまも同じようですし」
「いいわね。紅葉の時期も楽しかったけど、冬の高速は澄んだ空気でエンジンの調子がいいの」
宗子が腕を組んでうなずく。
「場所はどうする?首都高?」
エマがフランス訛りの柔らかな日本語で問いかける。
「やっぱりレインボーブリッジを抜けてからの湾岸線かしら。夜景も綺麗だし、年越し前にぴったり」
麗子がカレンダーを確認しながら答えた。
「じゃあ決まりね。三チームだけで、静かに走り納め」
雅がまとめ、みんなが賛成の拍手をする。
数日後。
蓮率いる「不如帰」のメンバーが、港北PAで年越し準備の雑談をしていた。
「なあ聞いたか?アルテミスたちが、三チームだけで走り納めするらしいぜ」
「え、マジ?盟主が出るのに、俺たち連合が黙ってるわけねえだろ!」
話は瞬く間に横浜連合全体へと広がり、
「アルテミス走り納めに全員集合!」 の号令に変わっていく。
さらにその情報は、「紅の監視者」の悠翔の耳にも入った。
「……盟主が三チームで集まる、か。ならば我らも参加せねばなるまい。栃木県下傘下チームに声をかけろ。強制はするな。自由参加だ」
”自由参加”とは言ってるが彼らが走る以上傘下チームがこないことはない悠翔は、ただ彩に会いたかっただけなのだが。栃木の各チームはしっかりと参加の準備を始める。
そしてブラッディーアクシスが消えて盟主空白となった東京の中小チームたち。
「え?アルテミスたちが走り納め?……名前売るチャンスだ!」
「横浜連合も出るって?ならウチも!」
連鎖的に参加表明が広がり、
もはや三チームだけのささやかなイベントは、
首都圏中の走り屋が集う巨大な年末祭りへと膨れ上がっていった。
走り納めの話がまとまった翌日。
アルテミスビルのカフェテリアで、アルテミス・ルナゴスペル・ルナヴァイオレットのメンバーが密談していた。
「日時とルートはこれで決定ね。十二月三十日、夜八時集合」
梓がタブレットを閉じ、得意げに笑った。
「絶対に秘密ですわよ?」
雅が念を押すと、全員がうなずいた。・・・・・・はずだった。
しかし、宗子が父の会社の専用アプリでルート確認をしていた時、
「湾岸線ナイトラン 12/30 20:00」
という予定を、誤って「全社共有」にしてしまう。
「えっ!?……あ、やばい!」
「宗子ぉぉぉ!!」
また、エマは撮影の合間にうっかりインスタ投稿。
「年末は夜景の海を走る予定 #SecretNight」
「エマ、それ全然シークレットじゃない!」
「ノンノン、秘密って書いたから逆にバレないと思ったのに~」
ひまりはサイン会でファンに向かって……
「えっとね、年内最後にすごい走りがあるの。ほら、あの有名な……」
観客「アルテミスと一緒なんだ!」
「……あっ!」
そして極めつけは彩だった。
彼女は内心、悠翔だけは特別に呼んでおきたいと思い、ひっそりメッセージを送ったつもりが、誤って《紅の監視者》全体のグループアカウントに招待通知を送信。
「……え?……あれ?悠翔さんだけに送ったはずなのに……」
「彩、あんた何してるの!?」
「ご、ごめんなさい……!」
こうして、
神奈川横浜連合(宗子・エマ・ひまりの連鎖から拡散)
栃木《紅の監視者》(彩の“うっかり”招待)
東京の中小チーム(SNS経由で噂を聞きつけて乱入)
が一斉に「走り納め」に参加することになってしまった。
アルテミス・ルナゴスペル・ルナヴァイオレットの面々は全員で頭を抱え、
「……どうしてこうなったの?」
「完全にフェスティバルになっちゃってるわね……」
気づけば、首都圏規模の大集会が動き始めていた。
十二月三十日。夜の大黒PA。
工業地帯の光とベイブリッジのネオンが重なり合い、集まった数百台のバイクのヘッドライトがまるで祭りの提灯のように並んでいる。
爆音が一度鎮まると、次に訪れたのは異様なほどの静けさ。
最初に現れたのは、三条財閥の漆黒のトレーラー部隊。ベイブリッジを渡る瞬間、トレーラーの側面が開き、LEDスクリーンに「Artemis」の文字が金色に輝く。
”ワーグナーのワルキューレの騎行”が大黒PAに流れる。
雅を中心に彩・梓らがマシンを滑らせて到着すると、まるで国賓の入場のように静寂が走り、その後どよめきが爆発した。
「おい…まじで映画みたいだな」
「財閥の力、半端ねぇ……」
続いて轟音を響かせながら現れたのは、横浜スタイルをそのまま体現したルナゴスペル。
美奈子を先頭に、玲奈・千鶴・ひなた達がミッドナイトブルーの特攻服をひるがえしながら現れる。
マシンのマフラーからは中山チューン独特の甲高い咆哮。
観客の歓声が一段階ボルテージを上げる。
「女豹疾走の後継チーム、ルナゴスペルだ!」
「横浜の女帝、美奈子が来たぞ!」
そして三番手に姿を現したのは、煌びやかな紫と白の旗をひらめかせたルナヴァイオレット。
いずみがオネエ口調でステージさながらにマイクを握り、
「ハロー東京~! みんな準備はよろしくて?」と叫ぶと、しおん・みちる・あやめ・ひまりがそれぞれ華やかなコーデで並び立つ。
紫のライティングが一斉に点灯し、夜の闇に浮かぶその姿は、まるでポップスター集団みたいだ。
その後ろから、ド迫力の爆音と共に神奈川全域の連合軍が到着。
「ヨコハマ連合、推参だああ!」
蓮が率いる不如帰を先頭に、数百台規模のバイクが一糸乱れぬ編隊で乗り込む。隊列が波のように揺れ、特攻旗が一斉に翻る光景に、観衆は言葉を失った。
遅れて姿を現したのは、《紅の監視者》。
悠翔を中心に、深紅のスカジャンに身を包んだ精鋭たちが重々しく列を組む。彼らの後ろには、200台程の栃木を表すナンバーの2輪車軍団が続く。
彼らは歓声には応えず、無言で一列に整列し、
その背中に刻まれた「紅」の一文字だけが、不気味に光を放つ。
そして最後に現れたのは、噂を聞きつけて集まった無数の中小グループ。
派手なネオンカラーのカウル、奇抜なペイントの特攻服、クラブ音楽を流しながらの入場。統一感はなくとも、その数とエネルギーは圧倒的で、まさに「東京の百鬼夜行」だった。
駐車場は、咆哮するマシンと歓声と旗の波で埋め尽くされた。
三チームだけのつもりだった「走り納め」は、いつのまにか首都圏全体を巻き込んだ一大祭典へと膨れ上がっていた。
雅が額に手を当て、ため息まじりに呟く。
「……これはもう、祭りを越えて合戦ね」
夜の大黒PAは、普段の週末の夜は、スーパーカーやチェーンドカー等で埋め尽くされるが、この日は様相が違っていた。続々と入ってくる2輪車の数の濁流。いち早く危険を感じ取った4輪車は、慌てて席を譲るようにPAを後にした。
こうして空前絶後の2輪イベントが始まった。




