お嬢様 『最速のレディース、宣言』
相変わらず快晴の午後、太陽が照りつけるサーキットに、エンジン音が響いていた。
この5日間、彼女たちは目覚ましい成長を遂げていた。 世界トップクラスのプロレーサーたちから、毎日マンツーマンで指導を受けているのだから、当然といえば当然かもしれない。
「顔が下がってるぞ。もっと先を見ろ。コーナーの入り口で、自分のラインをイメージするんだ」
「はい!」
(前を走ってるのに、どうして私の視線までわかるの……?) そんな疑問が浮かぶほど、彼女たちは自分の走りを客観視できるようになっていた。
先導するレーサーたちも、内心では驚きを隠せない。
(……マジかよ。たった5日で、俺の背中にプレッシャーを感じさせるなんて)
「よくやった。怖いときほど、コーナーの先を見ろ。覚えておけよ」
「はい!」
一方、ピットでは別の生徒が真剣な表情で教官と話し込んでいた。
「どうしても、最終コーナーで後輪が流れて、立ち上がりが遅れるんです」
「もう少しアウトから入って、アクセルを軽く開けてみな。後輪に荷重が乗って、グリップが安定するはずだ。あそこは直線につながるから、立ち上がりが命だぞ」
その様子を見ていたピットクルーが、思わずつぶやく。
(4日前まで、アクセルもブレーキも知らなかった子たちが……今じゃプロと対等に話してる……)
(やっぱり一流に教わると、顔つきまで変わるんだな。しかも、ただのお嬢様じゃない。根性も超一流だ)
時間になり、全員がピットに戻ってくる。 ヘルメットを脱いだ彼女たちの額には、汗が光っていた。
全員が揃ったところで、雅が口を開く。
「今夜で技能教習は終了です。明日の午前中に卒業検定を受けますが……全員、合格の予定です」
「だろうな」 マルケスがニヤリと笑う。
「もし落とすってんなら、俺たちが教官どもをサーキットに引きずり出して、嬢ちゃんたちと同じタイム出せるまで特訓してやるよ」
「タイム……?」
「ああ、実はな。初日からお前らのタイム、こっそり計ってたんだ。あまりに伸びがすごくてな」
マルケスがタイムキーパーに目配せすると、記録表が運ばれてくる。
「初日の平均が3分42秒。2日目が3分15秒、3日目が2分43秒、4日目が2分32秒。そして今日は……2分29秒だ」
「着実に伸びてますわね」
「でも、ちょっと伸びが鈍ってきてるような……」
教官たちはニヤニヤしながらうなずく。
「ちなみに、俺たちのベスト平均タイムは1分53秒だ」
「……30秒以上の差、ですね」 雅たちは悔しそうに顔をしかめた。
「おいおい、30秒ってのはな、世界のトップと比べての差だぞ?しかも、たった5日で1分以上縮めてきたんだ。これはもう、プロの下位レベルのタイムだ。しかも、まだまだ伸びる」
(まあ、俺たちが基準だからピンとこないかもしれないけどな。これ、外には出せない記録だし、嬢ちゃんたちも望まないだろう)
「それでは、次のオーダーを出してもよろしいかしら?もちろん、日程の延長はありません」
雅は、基本が身についた今こそ、次のステップに進むべきだと考えていた。
「もちろん。追加なら、ボーナスも出しますわ」
すると、ベグナーが手を挙げた。
「ボーナスの代わりってわけじゃないけど……このスクーター、もらえないかな?」
「えっ、それでいいんですの? ただし、ブラックボックスの解析だけはご遠慮くださいね」
「もちろん。お嬢ちゃんたちを敵に回すなんて、命がいくつあっても足りないからな」
他の教官たちも、次々と「俺も欲しい」と手を挙げた。
このスクーターは、ただの乗り物ではない。
AIが乗り手の癖を学習し、年齢や技量に応じて最適なセッティングに変化する“成長するマシン”だった。
街乗りも、サーキットもこなせる。まさに一生モノの相棒。
「で、嬢ちゃんたちのオーダーって、なんだ?」
教官たちは、てっきり「もっと速くなりたい」とか「タイムを縮めたい」といった内容だと思っていた。 だが、返ってきたのは、まさかの提案だった。
「夜間走行をしたいんです。ナイター照明を消して、マシンのヘッドライトだけで。そして、ウェット路面での走行も」
「……ル・マンでも目指してるのか?」 誰かがぽつりとつぶやいた。
実際、ウェット走行は教えたかったが、連日の晴天で機会がなかった。
ナイターなしの夜間走行なんて、世界耐久レースくらいでしかやらない。
それを、女子高生が自ら望むとは。
「理由を聞いてもいいか?」 ベグナーが静かに尋ねた。
雅は、真剣な表情でうなずいた。
「私たちは、免許を取ったらすぐに公道を走ります。主に夜間です。そして、日本の夏は雨が多い。夜の雨の中を走ることもあるでしょう」
彼女の目は、まっすぐだった。
「スロットルを全開にすることもあるかもしれません。でも、自分の限界を知らずに走るのは、ただの無謀です。
限界を知って、その中でマシンを制御できなければ、他人を巻き込むかもしれない。それが一番怖いんです」
「……お前たち、何がしたいんだ?」
雅は、迷いなく答えた。
「私たち、“最速のレディース”を目指します」
「…………」
「…………」
「…………」
しばらくの沈黙が流れたあと、マルケスが突然吹き出した。
「ははっ、言うに事欠いて“レディース”かよ。あれだろ?女の暴走族ってやつ。普通のプロなら、絶対に認めないし、関わりたくもないって言うぞ」
でも、笑いながらもその目は真剣だった。
「だけどな……嬢ちゃんたちは、自分の希望より先に、“未熟な走りで他人を巻き込みたくない”って言った。あれ、ちょっと痺れたわ」
「俺らがその歳の頃なんて、他人のことなんて気にせず、ただ速く走ることしか考えてなかった。ぶっちゃけ、危なっかしい走りばっかしてたよ」
「……いいだろ。引き受けた。だけど、ここから先は本気の指導になる。ケガしても文句は言うなよ。それでもやるか?」
『『お願いします!』』 少女たちは、迷いなく声を揃えた。
「よーし!お前ら、気合入れ直せ!」
《おおーっ!》
その場の空気が一気に熱を帯びる。 教官たちの目にも、闘志が宿っていた。
……ただ一人、ミラーだけはタイミングを逃してしまい、 「おっ……お……」と小さく声を漏らしたあと、顔を真っ赤にしてうつむいた。
(……かわいいな、ミラー先生)
誰かがそう思ったかもしれない。 でも、誰も口には出さなかった。
こうして、少女たちと教官たちの間に、 “本気の走り”を目指す新たな絆が生まれたのだった。
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