お嬢様 激走いろは坂のバトル
夜のいろは坂、紅葉に覆われた木々は月明かりに照らされ、風に舞う葉は赤い火花のように散っていた。
仮設ライトに浮かび上がるスタート地点には、三つのチームが整列する。
アルテミスのマシンは冷たい蒸気を吐き、ルナゴスペルのスーパーチャージャーは低く唸りを響かせる。
ルナヴァイオレットの艶やかなマシン群は、どこか舞台に立つ女優のような気配を放っていた。
「……静かね」
彩が思わず呟く。だが、その声はエンジンの鼓動に飲まれ、仲間以外には届かない。
緊張感は張り詰めていた。
ここにいる全員が知っているただの紅葉ツーリングではない。
今夜の走りは、若きエリート集団「紅の監視者」との真っ向勝負。
しかも、敗北は三チームの結束を揺るがすものになる。
アルテミスのマシンは冷たい蒸気を吐き、ルナゴスペルのスーパーチャージャーは低く唸りを響かせる。
ルナヴァイオレットの艶やかなマシン群は、どれも個性的なカラーで鮮やか な女優ような気配を放っていた。
「……静かね」
彩が思わず呟く。だが、その声はエンジンの鼓動に飲まれ、仲間以外には届かない。
緊張感は張り詰めていた。
ここにいる全員が知っているただの紅葉ツーリングではない。
今夜の走りは、若きエリート集団「紅の監視者」との真っ向勝負。
しかも、敗北は三チームの結束を揺るがすものになる。
梓は手首のデバイスでコースデータを最後に確認し、冷静に言った。
「条件は整った。あとは……出し切るだけね」
オネエ様・いずみは扇子を鳴らし、艶やかに笑う。
「さあ紅葉よりも華やかに散らせてあげましょう♡」
次の瞬間、スターターの旗が揚がる。
峠を支配するのは、ただひとつ最速の名だけ。
いろは坂・最初のコーナー
スターターの旗が振り下ろされる。
一斉にクラッチが繋がり、夜の山道をエンジンの咆哮が裂いた。
前照灯が闇を切り裂き、紅葉を赤白の閃光に染めていく。
最初のヘアピンへ。
ここで差が出るのは「技術」か「度胸」か。
若手エリート集団《紅の監視者》は、全員が恐れもなく突っ込んできた。ライン取りは正確、減速も無駄がない。
「……やるじゃない」梓が低く呟く。
だが、アルテミスは一歩も引かなかった。
宗子のマシンはセラミックローターが火を噴き、わずかな制動距離で前走車を抜き去る。
梓はフロントモーターを生かして立ち上がりでトラクションを稼ぎ、出口で一気に加速。
そして雅のライン取りは異常なまでに美しかった。最短距離を滑るように抜け、誰も割り込めない。
「……嘘だろ、あの速度で!?」
監視者側の一人が思わず声を荒げる。
最初のコーナーを出た時点で、三チームと監視者の間にわずかな差が生まれていた。
その差は、次の連続コーナーでさらに広がるか、あるいは縮まるか。
最初のコーナーを抜けた直後。
後方に回された《紅の監視者》の一人が、激しくスロットルを開いた。
タイヤが悲鳴をあげ、ラインを無視したショートカット気味の突っ込み。
「危ないっ!」彩の声が無線に響く。
監視者のマシンは、あかねの横をかすめるように進路を奪い、強引に前へ。
その背中には焦りと苛立ちが滲んでいた。
「俺たちが後れを取るわけにはいかねぇ!」
だが、アルテミスも負けてはいない。
あかねは冷静にラインを外し、接触を避けつつも出口で鋭く加速。
「警察一家を舐めるなっての」小さく呟きながら、横に並び返す。
さらに。
ルナゴスペルの美奈子が後方から突進。
「正々堂々、勝負しなさいよッ!」
挑発気味に加速し、監視者を押し返すように並びかけた。
観客がいない山道に、火花のようなバトルが展開されていく。
その一瞬の攻防で、確かに差は縮まった。
「さすが……簡単には勝たせてくれないわね」梓が歯を食いしばる。
だがこの強引な走りは、思わぬ「危うさ」を孕んでいた。
うおおおッ!」
監視者の一人が、さらにブレーキングを遅らせて次のコーナーに突っ込んだ。
だが、その瞬間。
ギィィィッ!
前輪が悲鳴をあげ、グリップを失う。
マシンは横滑りし、紅葉の絨毯を巻き上げながらガードレールに突っ込む寸前でスピン!
「危ないっ!」
宗子が咄嗟にバイクを傾け、火花を散らしながら回避する。
続いて後続のルナゴスペルも急制動を余儀なくされた。
夜のいろは坂に、焦げたタイヤの匂いと鋭いブレーキ音が響き渡る。
転倒した監視者のマシンは、幸い大破には至らなかったが――
ライダー本人は路肩に膝をつき、荒い息を吐きながら悔しげに叫んでいた。
「……クソッ! なんで……勝てねえんだ……!」
一時停止を余儀なくされる両チーム。
雅が冷静に周囲を見回し、ヘルメット越しに短く告げる。
「ここで続ければ、ただの事故現場になるわ。中断よ」
秋の紅葉に包まれた静寂の中、冷えた空気が再び緊張を縛った。
だが、その沈黙の裏で誰もが理解していた。
これは、ただの遊びじゃない。
いろは坂は、実力なき者を決して許さない。
路肩に座り込む転倒ライダーの元に、仲間の一人が駆け寄る。
ヘルメットを外すと、驚くほど若い顔まだ十代に見える少年の姿が現れた。
「おい……大丈夫か」
「……くそ、俺はまだ……“任務”を果たせてない……」
その言葉に、アルテミスの面々が一瞬顔を見合わせた。
任務? ただの走り屋勝負ではないのか?
さらに別の監視者が苛立った声で言う。
「俺たちは“選ばれた世代”。失敗なんか、許されねぇんだよ……!」
その瞳には、ただの峠小僧とは違う光のを放っていて、エリート特有の歪んだプライドが宿っていた。
雅は静かにその様子を観察しながら、仲間に無線で囁いた。
「……見た? 彼ら、ただのチームじゃないわ。
“誰か”の監視役そんな印象ね」
梓が冷ややかに応じる。
「おそらく、スポンサーか、どこかの組織。……このバトル、もっと深い意味があるかもしれない」
紅葉の散る中で、重たい沈黙が落ちる。
それは“勝負の中断”以上に、胸をざわつかせる不穏な気配だった。
転倒したライダーは、仲間に支えられながら立ち上がった。
膝は擦りむき、スーツには焦げ跡が残っている。
それでもその瞳には、まだ火が消えていなかった。
「……やる。俺は、まだ走れる」
「バカ言え、無茶だ!」
仲間が制止するが、彼は首を振る。
その様子を見ていたアルテミスの面々にも、緊張が走った。
彼らの執念は、ただの意地やプライドではない。
もっと深い命令に縛られたような必死さがあった。
やがて監視者のリーダー格が前に出る。
静かな声で言い放った。
「俺たちは、失敗を許されない。だからこそ次で必ず勝つ」
その言葉に呼応するように、全員のマシンが再び火を噴く。
排気音は先ほどより荒々しく、どこか怒りを帯びていた。
梓が小さく眉をひそめる。
「……今度は、遊びじゃ済まないですよ」
雅は冷静に、しかし鋭い声音で答える。
「ええ。これが、本気の走りというわけですね」
紅葉の舞ういろは坂。
再びライトが闇を切り裂き、三チームと監視者が横並びになる。
今度こそ、後戻りはできない。
紅葉の静寂を、次の瞬間轟音が破る。
再び旗が振り下ろされた。
瞬間、いろは坂の夜は爆発音のようなエンジンの咆哮で満ちる。
だが今度の《紅の監視者》は違った。
スタート直後から、彼らは“勝つためなら何でもやる”という走りを見せた。
わざと横に寄せて、ラインを潰す。
急加速からブレーキを被せ、後続を乱す。
出口で体を大きく振り、威嚇する。
「ちょっ……!」エマが眉をひそめる。「完全にラフプレイじゃない!」
監視者の一人は、梓のマシンの横へ無理矢理割り込み、カウル同士が触れそうな距離まで詰めてきた。火花が散り、空気が震える。
「……フン、そう来るか」
梓は冷ややかに目を細め、フロントモーターを瞬時に解放。
前輪駆動を活かし、まるで“滑る氷の上を蹴る”ような鋭さで抜け出した。
後方では、美奈子と千秋が追われていた。
監視者は二人を挟み撃ちにしようと、両側から迫る。
「こっちは本気だぞ!」という怒声とともに。
しかし美奈子は笑った。
「そういうの、ウチら慣れてるんで」
ブレーキを一瞬強め、あえてラインを譲る。
そこに千秋がすかさず割り込み、逆に監視者を外へ弾き飛ばすように抜けていく。
観客も照明もない紅葉の闇。
それでも夜空を裂くマシンの戦いは、確実に熱を帯びていった。
いろは坂の運命は、まだ始まったばかりだった。




