お嬢様 紅葉からの戦いへ
紅葉の谷を見下ろす展望台。
三チームが笑い合う声が、秋風に溶けてゆく。
――そのとき。
宗子のHUDが、未登録のバイク複数の熱反応を拾った。
「……ん? この信号……」
梓がすぐさま端末を覗き込み、眉をひそめる。
「偶然じゃない。……こっちを“探して”動いてる」
雅は紅葉に目を向けたまま、声を低く落とした。
「笑い声に釣られて、秋風に混じって来るものがある……次は、遊びじゃ済まないかもしれないわね」
沈黙が落ちる。
紅葉のきらめきが、まるで嵐の前の静けさのように映った。
そして、赤く燃える木々の影から、
新たなライバルのエンジン音が、ゆっくりと姿を現そうとしていた。
「……低い、妙に重い音ね」
麗子が耳を澄ます。
通常のスポーツバイクとは違う、鈍く重厚なサウンドが谷を震わせていた。
次の瞬間、霧を裂いて現れたのは
黒と銀の車体で統一された一団。
派手さも奇抜さもなく、だが異様に無機質で冷たい存在感を漂わせていた。
夕暮れに差し掛かる山道。
紅葉の赤が燃え立つように揺れる中、
聞き慣れない排気音が近づいてきた。
「……低い、妙に重い音ね」
麗子が耳を澄ます。
通常のスポーツバイクとは違う、鈍く重厚なサウンドが谷を震わせていた。
次の瞬間、霧を裂いて現れたのは、黒と銀の車体で統一された一団。
派手さも奇抜さもなく、だが異様に無機質で冷たい存在感を漂わせていた。
「新手……?」
あかねが腰のインカムに手を伸ばし、無意識に警戒態勢をとる。
彼らのバイザーはミラーコートで、中の表情はまったく読めない。
まるで“顔のない兵士”のように整然と並び、
アルテミスたちを一瞥しただけで、隊列を崩さぬまま停車する。
「……この圧、ただの走り屋じゃないわね」
梓がHUDに目を走らせる。
エンジンの反応は特殊、規格外。少なくとも市販車の数値ではなかった。
リーダー格らしき男がヘルメット越しに声を発した。
低く、機械的に響く声。
「アルテミス、ルナゴスペル、ルナヴァイオレット……
我々は“紅の監視者”。
この道を制する資格があるか確かめさせてもらう」
紅葉の闇に、その存在は溶け込むことなく、むしろ異物のように立ちはだかっていた。
三チームの笑い声は消え、紅葉狩りの空気は一変する。
秋風が冷たく吹き抜ける中、次なる試練の幕が、静かに上がろうとしていた。
黒と銀の隊列を組む新チーム。
その正体は地方や中央の名門大学、若手エリート企業研修組織から集められた“才覚の走り屋”たち。
医学生、建築士見習い、エンジニア候補、弁護士の卵……
いずれも将来を約束された頭脳派だが、同時に極限のスピードを愛する危険な若者でもあった。
「我ら“紅の監視者”は、若き知と技を持って走る者。お前たちが噂にたがわぬかここで見極める」
リーダー格の青年は、ただの挑発ではなく、冷静に“実力試験”を宣告するかのようだった。彼らにとってバトルは遊びではなく、あくまで“査定”。
梓が眉をひそめる。
「……彼ら、ライン取りも呼吸も乱れない。全員、基礎訓練を受けてるわ」
エマが半ば感心したように紅葉の中の隊列を見やる。
「まるで舞踏会のフォーメーション……でも、これは社交じゃなく戦いね」
アルテミス、ルナゴスペル、ルナヴァイオレット。
笑い声は完全に消え、それぞれの胸に高鳴る緊張だけが残った。
次の瞬間、紅の監視者たちは紅葉舞ういろは坂へ、無音のような滑らかさで飛び込んでいった。
「別にこの道は、資格なんか不要のはずですが、試されているのはこちらか……いいわ、受けて立ちましょう」
雅がヘルメットを深くかぶり直す。
雨上がりの路面、濡れた紅葉、刻々と迫る黄昏。
エリートとお嬢様。
異なる世界で育った二つの“選ばれた者たち”が、いま同じ道を走ろうとしていた。
紅葉舞う山道に、二つの隊列が飛び込む。
アルテミス、ルナゴスペル、ルナヴァイオレット。
対するは、黒と銀の無機質な集団紅の監視者。
エンジンの咆哮が交錯し、紅葉を震わせる。
「速い……!」
涼子が息を呑む。
監視者たちはライン取りもブレーキングも完璧、全員が同じリズムで走り、まるで連結された列車のように走る。
「彼ら、本気で訓練積んでるわね……」
梓が歯を食いしばる。
互角の攻防、ひとつの隙で順位が入れ替わる。
観客もいない紅葉の山道が、一瞬にしてサーキットのような緊張に包まれた。
そのとき。
「待って、前方に異常反応!」
宗子のHUDが警告を発する。
視界の先に現れたのは、雨で崩れた斜面から転がり出た、大量の落石。
濡れた紅葉と混ざり合い、道を覆うように散乱していた。
「危ないッ!」
雅の声が響き、各マシンが一斉にスリップ寸前で回避する。
アルテミスも、監視者たちも、寸前でブレーキとカウンターを入れ、奇跡的に接触を避けた。
轟音が止み、落ち葉と砂塵が舞う。
緊張に満ちた沈黙が、紅葉の山に落ちた。
「……これは、続けられないわね」
雅の低い声に、誰もが頷いた。
紅の監視者のリーダーが、バイザー越しに静かに告げる。
「今日は引こう。だが必ずまた試す。我らが求めるのは“最速”だ」
彼らは紅葉の影に消え、姿をくらました。
残された三チームは、互いに顔を見合わせる。
さっきまで笑い合っていた秋の空気は、もうなかった。
不意の落石がもたらした“休戦”。
だが、確かに火はつけられた。
次は、誰も止められない。
落石によって中断された走り。
だがその夜、三チームの端末に同じメッセージが届いた。
【場所:日光・いろは坂
周回コース、閉鎖時間を確保済み
条件:紅葉の完全燃焼をかけた走り
招待者:紅の監視者】
「……閉鎖時間を確保って、彼ら一体どんなコネを持ってるの?」
あかねが眉をひそめる。警察筋でさえそう簡単に許可が下りない時間帯を、あっさりと押さえられている。
「少なくとも、ただの素人ではないわね」
雅が呟き、紅葉の色を映す瞳を細める。
「でも周回コースってことは……純粋な速度勝負になるわけですね」
梓が分析する。
ルートは上り・下りを組み合わせた全周回。
カーブの連続、標高差、そして夜間の冷え込み。
総合的な走力が試される舞台だ。
「いいじゃない、条件は公平。アルテミス、ルナゴスペル、ルナヴァイオレット三つ揃い踏みで受けて立ちましょう」
エマがフランス語混じりに笑い、華やかに手を翻す。
オネエ様・いずみがパチンと扇子を鳴らした。
「いいわねぇ♡ 紅葉のフィナーレは、いろは坂ナイトショーで決まりよ!」
紅葉は散りゆく。
だが、散るからこそ鮮烈に輝くものもある。
次なる決戦の舞台はいろは坂、周回バトル。
夜の静寂を破るように、木田技術研究開発のピットトレーラーが展望駐車場に並んだ。
巨大な照明が紅葉の山肌を昼のように照らし、まるでサーキットのピットエリアがそのまま移動してきたかのようだ。
宗子が工具を持つ姿は真剣そのもの。
「上り区間はトルク勝負になる。スーパーチャージャーのブースト圧、1割上げてもいいわね」
「でも下りはブレーキが死ぬわ。セラミックローターを冷却ファンでカバーしないと。あと回生ブレーキの感覚もチェックしなくちゃ」
梓が即座に計算結果をモニターに映す。
その背後ではビッグデータ社のAIが、周回シミュレーションを繰り返していた。
「こちら、欧州から届いたカーボンナノフレーム。軽量化は完璧ですわ」
麗子が白手袋を外しながら報告する。
エンジニアたちが丁寧にフレームを組み込むと、マシンは紅葉のように艶やかに輝いた。
「HUDバイザーの同期確認完了。
標高変化による気圧差も自動補正するわ」
あかねの声は冷静だが、その奥に緊張が滲む。
エマが鏡を見ながらリップを直し、余裕の笑みを浮かべる。
「ふふ、いろは坂はまるでロデオみたい。紅の監視者がフォーメーションなら、わたくしたちは乗馬技術を魅せて差し上げましょう」
一方、ルナゴスペルは……
「ブーストは控えめ、コーナーの立ち上がり重視だな」
美奈子が軍手を外して顎を上げる。
千秋と涼子が頷き、沙耶香は静かにデータをメモする。
そして、ルナヴァイオレット。
いずみオネエが紅茶を振る舞いながら、戦況をまとめた。
「要は、“奴ら”は一糸乱れぬフォーメーションが武器。
ならこちらは、三チームそれぞれの個性を最大限に活かせばいいのよ。
型にハマらないリズムで崩せば、必ず隙は生まれるわ」
「そのとき、誰が仕留めるか……ですわね」
雅が静かにカップを置く。
一瞬の沈黙。
やがて、三チームの視線が交錯し、同じ決意が宿る。
紅葉が燃え尽きる前に。いろは坂で、最速を証明する。




