お嬢様 『秋の余白』
秋の朝、澄んだ空気が駐車場に漂っていた。三島の試練を終えたばかりのアルテミス、ルナゴスペル、ルナヴァイオレットの面々は、バイクの傍らで静かに休息している。疲れの残る表情の中に、どこか達成感と安堵の色が混じっていた。
「ふふ、皆さま、お疲れ様でございますわね♡」
声の主はルナヴァイオレットのいずみオネエ様。華やかに手を広げ、優雅に微笑むその姿は、疲れを引きずる皆の心をふわりとほぐした。
「試練は無事に終わりましたし、次は心を癒す時間を持ちませんこと?」
美奈子が眉をひそめながらも興味深そうに訊ねる。「癒す時間……って、どういうこと?」
「ええ、日光の紅葉狩りですわ♡ 山道をバイクで走りながら、色づいた葉を楽しむのです。もちろん安全第一でございます。」
梓が頷く。「ただの散策じゃなくて、走りながら季節を感じるってことね。路面の感覚も養えるし、ちょうどいい練習になるわ。」
「なるほど、落ち葉や秋風の中でのコーナリング……面白そうですね。」宗子が笑みを浮かべた。
「三チーム合同で行くのもポイントですわよ。アルテミスの計画性、ルナゴスペルの速さ、そして私たちルナヴァイオレットのサポート力を組み合わせれば、楽しさ倍増ですわ♡」
彩も口元を緩めた。「……まあ、たまにはこういうのも悪くないですね。」
紅や黄金に染まる山道を想像するだけで、皆の胸に小さな高揚感が広がる。試練の緊張から解放され、バイクと仲間と自然が織りなす、秋の特別な一日がもう目の前にあった。
朝の東京。
まだ街は目覚めきっていないが、アルテミス・ルナゴスペル・ルナヴァイオレットの三チームが連なって走ると、都会の空気が一気に張り詰める。
アルテミスの漆黒と白銀のマシンが先頭を走り、ルナゴスペルが隙間を縫うようにして後続を守る。そのさらに後ろには、どこか舞台の幕間のように優雅なルナヴァイオレットの一団。
交差点で信号待ちをしている若い走り屋グループの視線が、一斉に彼女たちに注がれた。
誰も口に出さなかったが、その眼差しには「本物が来た」という畏怖が混じっていた。
かつて東京最大の暴走族”ブラッディ・アクシス”を正面から潰したのは、このアルテミス。
情報は走り屋の間で瞬く間に広がり、今や彼女たちを挑発する者はいない。
「……ずいぶん静かになりましたわね、東京も」
梓がHUDを流し見しながら呟く。
「敵対するより、見上げる方が楽ってことよ。」
美奈子が冷静に言い、後続をチェックする。
信号が青に変わり、三チームの列は一斉に発進した。
その姿は“恐れられる存在”というより、“走り屋文化の新たな象徴”に近い。
やがて東京のビル群を抜け、車列は日光方面へと伸びていく。
街路樹の緑が次第に赤や黄金に染まり、冷たい風がヘルメットの隙間を抜けるたびに、季節の移ろいが肌で感じられた。
だが、東北道に差し掛かった頃。前方で赤色灯が点滅した。
視界の先、観光バスがエンストし、路肩に停車していた。
「危ないですわ……このままじゃ後続が突っ込むかも。」
即座に彩が減速し、インカムで後続を制御。
「あかねさん、通報と交通整理をお願いします!」
「了解。」
警察家系の血を引くあかねが迅速に誘導を始める。宗子はすぐにエンジントラブルを見抜き、バス運転手に的確な助言を与えた。
「燃料系統の詰まりですね。セルをもう一度、間隔を空けて回してみてください。」
数分後、バスのエンジンが再始動。乗客から安堵の拍手が沸き起こった。
東北自動車道を降り、旧街道へ差し掛かる頃、十数台の大型ネイキッドが前方から現れた。
派手なマフラー音とともに、彼らはアルテミスの列へ無遠慮に並走してきた。
「おいおい、女だけのツーリングか? 景気よく一緒に走らせろよ!」
「そこの赤いバイクのお嬢ちゃん、後ろ乗せてやろうか?」
舐めきった笑みとともに声をかけてくる。
だが、それは最悪の相手を選んでしまったのだ。
梓がミラー越しに冷たい視線を送り、アクセルを軽く煽る。
ロータリー+スーパーチャージャーが咆哮をあげ、瞬く間に数十メートルの差をつけた。
「は……? 今の加速、なんだよ……!」
美奈子率いるルナゴスペルも続く。
驚いている野郎バイカーを横目に、力強くアウトから抜き去っていく。
千秋や涼子がすれ違いざまに小さく笑った。
「足りないわね、度胸も腕も。」
野郎バイカーたちは必死に追うが、テールランプは遠ざかるばかり。
ライン取りも速度も、まるで格が違った。
殿を務めるルナヴァイオレットのいずみが、わざと減速して彼らに並んだ。
レインボーカラーのヘルメットをくいっと傾け、挑発的に微笑む。
「ねぇアナタたち……“女だから遅い”なんて思っちゃったのかしら?♡」
しおんも横で華やかに笑い、指先でひらひらと合図する。
「その程度の腕で“お守り役”気取り? 滑稽ですわねぇ。」
みちるが追い打ちをかける。
「ケーキのデコレーションでももっと繊細よ。走りが雑すぎるわぁ。」
完全に笑いものにされ、野郎バイカーたちは顔を真っ赤にしてアクセルを開けたが、すでに勝負はついていた。
彼らが速度を上げる頃には、アルテミスとルナゴスペルのテールランプは霧のように消えていたのだ。
「くっそ……何者だアイツら……!」
残された者たちの悔しさをよそに、三チームの笑い声は秋雨の旧街道に溶けていった。
雨雲を抜け、山肌に開けた展望台に到着すると、視界いっぱいに紅葉が広がった。
濡れたもみじが夕陽を反射し、山一面を赤と金のグラデーションで染め上げている。
三チームはバイクを停め、それぞれのジャケットを脱ぎながらひと息ついた。
「ふふっ♡ さっきの彼ら、情けなく引き下がりましたわねぇ」
いずみオネエ様がハンドバッグから出したサーモポットを傾け、紙コップに紅茶を注ぐ。
漂う香りが、雨上がりの冷気に溶けていった。
「走りで完封されて、最後は言葉でトドメ……。あれじゃ二度と“女だから”なんて口にできないでしょうね」
梓がHUDをオフにしながら、冷ややかに笑う。
「……まあ、彼らも勉強になったんじゃなくて?」
雅はグローブを外し、濡れた髪を払いながら紅葉を見上げた。
その凛とした横顔は、まるでこの景色の一部のように映える。
「けど、いい気味だよな。ナメてかかった奴を一瞬で置き去り。最高にスカッとしたぜ!」
美奈子がベンチに腰を下ろし、笑いながら水を一口。
「わかる〜! あの必死な顔ったら!」
涼子と沙耶香も大笑いし、玲奈やひなたも頷いていた。
千鶴だけは「でも少し可哀想だったかも?」と呟いたが、すぐに「まあ、自業自得ね」と肩をすくめた。
エマはカメラを構え、紅葉とメンバーを背景に何枚もシャッターを切る。
「ちょっと、はいポーズ! インスタに上げたら世界中の友達が嫉妬するわよ〜」
「でもねぇ……」
いずみオネエ様はカップを回しながら、わざと艶っぽい声を出した。
「女を甘く見る男って、結局ベッドでも同じなのよねぇ♡」
「ちょっ……! いずみオネエ様、それは……!」
琴音が耳まで真っ赤になり、両手を振って慌てる。
「ふふっ、冗談よぉ♡ でも効いたでしょ?」
ひらひらと手を振るオネエ様の笑いに、三チームの笑い声がこだました。
雨上がりの紅葉に包まれた休憩所は、まるで戦いの後の祝祭のようだった。
……が、まさか次に待っているのが“紅葉狩り以上に厄介な騒動”だとは、誰ひとり想像していなかった。




