お嬢様 『未完成の迷宮』
スタート直後、六つの咆哮が鉄骨むき出しの夜の迷宮へと飛び込んだ。
高速道路の未完成ジャンクション。
分岐、合流、立体交差が複雑に絡み合い、まるで巨大なパズルの中を疾走するような錯覚を覚える。
しかも照明はまだ仮設。影が深く、路面の継ぎ目も見えにくい。
ここでは「どのラインを選び、どこで合流するか」が勝敗を左右する。
アルテミスは雅を先頭に縦隊を組み、慎重に最短ルートを読み切って進む。
梓が即座に電子地図とスキャナーを照合し、無線で指示を飛ばす。
「三番目の分岐を左、次の合流で内側をキープ!今です!」
隊列は乱れず、鮮やかに分岐を抜けていく。
ルナゴスペルは真逆の戦法を選んだ。
美奈子が先頭で豪快にラインを変え、相手の進路を塞ぐ。
「そんなお上品に走って勝てっかよ!」
涼子と沙耶香が挟み込むように加速し、アルテミスを抜かせまいと仕掛けてくる。
一瞬、両チームのマシンが肩を並べ、火花が散った。
不如帰の蓮と翔は、混乱の後方からスリップストリームを狙って忍び寄る。
蓮が低い声でつぶやく。
「今は前を荒らさせておけ。獲物は、合流後だ」
翔はニヤリと笑い、無駄なくシフトを叩き込む。
ヴァルキリーズのフリーダは冷静だった。
巨体のモト・グッツィV100を操りながら、分岐ごとにインを突いて短い直線で加速を稼ぐ。
仲間たちは完璧に隊列を揃え、軍隊のような正確さでラインを占拠していった。
対してクロムファングのマイクは、真っ向勝負を挑むようにブレーキを遅らせ、危険なラインで飛び込む。
「ハッ、命張んなきゃ面白くねえだろ!」
BuellのVツインが爆発的なトルクを吐き、コーナーごとに背後の空気を裂いていく。
やがて分岐と合流が一気に収束する地点に差し掛かる。
六チームが一斉に同じレーンへ押し込まれる「強制合流」ポイントだ。
ここからは、ただ速さだけではなく、”誰が主導権を握るか”という熾烈な心理戦だった。
アルテミスとルナゴスペルが前で火花を散らし、後方では不如帰とクロムファングが牙を剥く。ヴァルキリーズは冷徹に隙を狙い、無言で差し込んでくる。
夜の巨大ジャンクションが、戦場と化していた。
幅はわずか三車線。そこへ六チーム、数十台のマシンが一気に突入してくる。
アルテミスは雅が冷静に指示を飛ばす。
「梓、内側ラインを死守。麗子、後方をブロックして。ここで隊列を乱せば、終わりよ」
磨き抜かれたKIDA-RE400Rの隊列が美しく揃い、強引に押し込んでくるライバルに対しても隙を見せない。
対するルナゴスペルは、美奈子が笑いながら叫ぶ。
「道は三本あれば十分だろ! アルテミス、横並びでいこうや!」
千秋と沙耶香が意図的に車幅を広げ、アルテミスと肩を並べて突入。火花が散るほど近い距離で、まるで意地の張り合いだ。
だがその笑みの裏には、確かな信頼”絶対にクラッシュはさせない”という矜持があった。
不如帰の蓮と翔は、後方で機をうかがう。
「前の二組は互いに潰し合ってくれる……」
蓮の声は低く冷静だった。
翔はニヤリと笑って、FZRをわずかにシフトダウン。
「合流点の出口で、吸い込むぞ」
二人は影のように隊列を縮め、スリップストリームを利用して一気に飛び出す準備をしていた。
ヴァルキリーズのフリーダは無線で短く命令する。
「隊列を維持、左ライン確保」
重厚なモト・グッツィV100が横一列に広がり、壁のようにイン側を固める。隙を見せれば、即座に相手を外へ押しやる圧力。その走りは戦術的で、容赦がなかった。
対してクロムファングのマイクは、狂気じみた笑みを浮かべていた。
「ははっ! こんな狭え道で遠慮してどうすんだ!」
Buell 1190RXのVツインが唸り、マイクは一瞬でブレーキを遅らせ、他チームの間へ強引に突っ込む。ハンドル同士が触れそうなほどの距離。誰もがクラッシュを予感した。
しかし・・・
合流直前、アルテミスの梓がわずかに隊列を開き、マイクの突入をあえて許した。そしてすぐさま後続の宗子がインを絞り、マイクのラインを殺す。
「……捕まえた」
冷静な声とともに、クロムファングの勢いは一瞬で削がれた。
その隙を突き、不如帰が一気に外側から加速!
蓮と翔のFZRがアルテミスとルナゴスペルの並走隊列の横をすり抜け、出口で三番手に躍り出る。
結果、強制合流を抜けた瞬間の隊列は
先頭を並走する アルテミスとルナゴスペル。
その直後に 不如帰。
さらに鉄壁の陣形を保つ ヴァルキリーズ。
後方で呼吸を整える クロムファング。
スリップストリームと位置取りをめぐる、わずか数秒の攻防であった。
そして強制合流を抜けた先に現れたのは、むき出しの鉄骨が林立する、建設途中の高架橋。
片側はガードレールすら未設置、コンクリートの床板が途切れ途切れに続き、ところどころは鉄板の仮設路面であった。
アルテミスの雅が、低い声で指示を飛ばす。
「ここはライン取りを誤れば終わり。速度よりも正確さを優先します。」
梓が応じる。
「細かい修正はマシンのAI制御に任せて」
宗子のマシンはサスペンションが工事用の段差を吸収し、琴音のライディングはまるで舞うように鉄骨の影をかわしていく。
ルナゴスペルは逆に攻めの姿勢。
美奈子が叫ぶ。
「ここで度胸を見せるんだよ! 工事現場のデコボコなんざ関係ない!」
千秋が大胆に外側ラインを選び、鉄骨スレスレを駆け抜ける。
涼子と沙耶香は彼女の背後に食らいつき、スリップを最大限活かして加速する。彼女たちの隊列は、アルテミスに「挑む」形で並びかける。
不如帰は冷静に状況を読む。蓮が口元に笑みを浮かべる。
「……強気な奴ほど、足場でつまずく」
翔が即答する。
「つまり、後ろで待てってことか。了解」
二人のFZRはわずかにペースを落とし、アルテミスとルナゴスペルがぶつかり合う隙を狙う。
ヴァルキリーズのフリーダは、重厚な声で命じる。
「安定を最優先。落ちたら意味がない」
モト・グッツィの隊列は重量とトルクを武器に、グリップの薄い鉄板を確実に踏破していく。 派手さはないが、一度ミスした相手を追い抜く“待ちの走り”。
クロムファングのマイクは、狂気じみた笑みを浮かべていた。
「こんな舞台、俺のために作ったようなもんだ!」
彼は鉄骨の間に飛び込むようにインを差し込み、Buellの爆音で他チームを威嚇。火花を散らしながら鉄板を削り、無理やり先頭集団に食らいつく。
その走りは危ういが、確実に存在感を刻みつける。
やがて未完成高架橋は終わり、視界に映るのは暗闇の山間部連続するトンネル群。照明が途切れ、ライトの明暗だけが頼りの新たな舞台が待ち受けていた。
未完成高架橋を抜けると、空気は一変する。
巨大な山肌に穿たれた連続トンネル群が、ライダーたちの前に口を開けていた。
内部は未完成のため照明が断続的だった。ある区間は真っ暗闇、次の区間は異様に白い水銀灯で過剰に照らされ、目が疲れる。
明暗が交互に切り替わり、速度感覚が狂わされる、まさに“視界トラップ”。
アルテミスは編隊を崩さず進入。
梓が冷静に分析する。
「ここはAI補助視覚をフル稼働、反射光をノイズ処理。センサーに頼りすぎると逆に狂う、あえて人間の目で合わせてください」
エマの声が響く。
「了解、目の奥でリズムを刻むのですね」
闇の中で光が点滅するたびに、彼女たちのバイクはまるで影そのもののように、迷いなくラインを刻む。
ルナゴスペルは大胆な作戦。
美奈子が叫ぶ。
「ここでビビったら負けだ! 光に惑わされるな、闇を恐れるな!」
千秋が先頭で全開、ライトを意図的に照射角度を変えて後方の敵に幻惑を仕掛ける。
玲奈とひなたは左右にずれ、トンネル内で「幻の隊列」を作り出す。
敵の視覚を狂わせ、自分たちだけは突き抜ける攻めの走り。
不如帰の蓮は静かに呟く。
「トンネルは呼吸と同じだ……吸って、吐いて、闇を受け入れる」
翔が笑う。
「兄貴のポエムは相変わらずだな。でも、まあ分かるぜ」
彼らは暗闇に身を委ねるように、無理なライト補正をせず、自然にトンネルのリズムへと溶け込む。その姿はまるで夜そのものを走る影のようだった。
ヴァルキリーズは徹底した安定志向。
フリーダが低い声で指示。
「光は敵、音は味方。速度を落とせ。列を崩すな」
重厚なV100のサウンドが、トンネルに反響し低音の壁を作る。音のリズムで隊列を保ち、視覚を失っても聴覚で走るという異端の戦法。
クロムファングのマイクは、狂気を増していた。
「闇? 最高だ! 何も見えねえから突っ込める!前車のテールランプだけ追え!」
彼は暗闇であえてライトを消灯。爆音だけを残して疾走し、突如現れて他チームの背後に迫る。”音の亡霊”と化したその走りは、敵の心を乱す恐怖そのものであった。
トンネルを抜けた瞬間
ライダーたちの目に飛び込んできたのは、海に面した巨大橋梁。横風が荒れ狂い、跳ね橋のセクションが待ち構えていた。




