お嬢様 『束の間の休息』
ドックゲートを抜けた先、臨時ピットエリアが解放された。
工事現場のような仮設ヤードに、各チームがそれぞれのマシンを滑り込ませる。
タイマーが無機質に「120:00」とカウントダウンを刻み始めた。
「……二時間か」
梓が冷静に呟き、バイクから降りる。エンジンの熱が、蒸気のように夜気に立ち上る。
港湾倉庫を改造した臨時ピットに、二台の「リジェーネ」が並んで稼働していた。
アルテミスのバイクが片方でスキャンされると、隣ではルナゴスペルのZX-4RR改Ⅱが同じ処置を受けている。
「前回の衝撃で、左サイドに微細なクラックが走ってるわ」
エマがモニターを指し示す。
「すぐ修復に移行。流石に手じゃ無理なレベルね」
梓が冷静に入力する。
同じ頃、ルナゴスペル側でも涼子が画面を覗き込み、
「リヤサスの取り付け部、0.2ミリのズレ。普通なら誤差の範疇だけど……この試練じゃ死活問題よ」
と呟く。
「了解、リジェーネ修正開始」
沙耶香が操作すると、アームが滑らかに動き、レーザー溶接と冷却処置を繰り返す。
両チームの作業はまるで“二つの鏡”のようにシンクロしていた。
アルテミスとルナゴスペル。
盟友であり、明日にはライバル。
だが整備区画では、互いに黙って技術と集中力を共有していた。
「……やはり、日本の“お嬢様チーム”は規格外ね。
機械が息を吹き返す速度、まるで軍の支援部隊並みだわ」
彼女の声に、仲間たちが軽く頷く。ヴァルキリーズは誇り高き北欧系レディース。だが、そのプライドを揺さぶるほどの技術差を見せつけられていた。
一方で、クロムファングのリーダー マイク は缶コーヒーを片手に、リジェーネを囲むアルテミスを見て苦笑した。
「ハッ、まるで未来の工場だな。俺らはスパナで殴りつけるように直してんのによ。だが、機械がどれだけ完璧でも、乗るのは人間だ。疲れが溜まれば、一瞬で地獄行きだぜ?」
その言葉に、周囲のクロムファングのメンバーがざらついた笑いを漏らす。
荒っぽいが、それは本音でもあった。
フリーダは冷ややかに視線を流す。
「精神論だけでは勝てない。だが……確かに、人間の集中力こそが最後の砦ね」
アルテミスの総長・雅が遠くからそのやり取りを耳にし、静かに視線を送る。
(彼らも……敵であると同時に、試練を共に走る仲間。
だが、この緊張の中でどこまで冷静でいられるか……)
やがて、各チームのメカ音とざわめきが交錯する休憩所に、張り詰めた沈黙が流れ始めた。
不如帰の蓮はそのやり取りを黙って聞きながら、アルテミスとルナゴスペルを交互に見た。
「お前ら、本当に楽しませてくれるな」
臨港倉庫街に設けられた休憩エリア――
巨大ファンが潮風を送り込み、テント内には簡易ベッドやストレッチマットが並んでいた。
昼夜を跨ぐ走行に備え、各チームのライダーたちが思い思いの方法で身体を回復させている。
アルテミス特注のリカバリー・ポッドが並べられ、中に入ったライダーたちは低周波マッサージと酸素カプセルを組み合わせた処置を受けていた。
梓は目を閉じたままAIアシストのバイタルチェックを受け、琴音は栄養ドリンクを口にしながら軽くストレッチ。
彩は氷で冷やされたタオルを首に巻かれ、麗子が心拍のモニターを確認していた。
「あと一時間で自律神経も整うはず。完璧に挑めるわ」
ルナゴスペルはアルテミスほど豪華ではないが、医療スタッフ仕込みのプロ仕様リカバリーテクニックを導入。
美奈子はあぐらをかいて肩を回しながら、チームメイトの千秋に筋膜リリースを施してもらっている。
沙耶香と玲奈は交代で氷水バケツに脚を沈め、ひなたは静かに呼吸法で心を整えていた。
「ウチらは派手な装備はねえけど……仲間の手で整えるのが一番効くのさ」
美奈子が笑って見せる。
不如帰は、冷却スプレーを直接脚に吹き付け、栄養ゼリーをがぶ飲みする。
仲間同士で肩や首を揉み合い、口々に冗談を飛ばす。
「おい蓮、次はお前が氷風呂だぞ!」
「チッ、心臓止まんじゃねえかよ!」
荒っぽいが、アドレナリンを抜きながら再び高めるやり方は彼ららしい。
ヴァルキリーズは北欧仕込みのメソッドで、ヨガと瞑想を行う。
「冷たい北風を思え。心を凍らせれば、炎は制御できる」
フリーダの低い声がテントを包む。
クロムファングは、氷詰めのエナジードリンクをあおり、タイヤをバーベル代わりに身体を叩き起こす――体が動きゃ頭も動く、それが彼らの流儀だ。
臨港倉庫街の仮設テントでは、
各チームがそれぞれの方法で体を休める中、アルテミスとルナゴスペルは同じ区画を選び、自然と輪になっていた。
その傍らにはルナヴァイオレットの面々が控えめに寄り添い、二つのチームを支えている。
氷水に脚を沈めた沙耶香を見て、梓がタブレットを差し出す。
「この区間での踏ん張り角度、さっきのデータでは左脚に負担が寄ってたわ。冷やしたら、こっちのストレッチを試して」
「ほんと?梓ちゃん頼れるわねぇ」
沙耶香が笑うと、
美奈子が横から「ったく、アンタら敵同士のくせに仲良すぎだろ」と肩をすくめた。
しかしその声は、どこか誇らしげだった。
いずみが両チームのテーブルに差し入れを置く。
「はいはい、特製リカバリー・ドリンクよん。
美容と集中力、両方に効くブレンド♡」
あやめは手帳を広げ、アルテミスとルナゴスペルのライダーそれぞれに合った体幹バランス用の呉服の締め方アドバイスをさらりと渡す。
「帯は呼吸を乱さず締めるのが肝要。バイクも同じですわ」
みちるは用意してきた焼き菓子を配り、
ひまりは軽口を叩きながら緊張を和らげる。
「さあ召し上がれ。明日“敵”になる前にね」
その空気に、彩が小さく息をついた。
「こうして三チームで集まると……敵とか味方とか、もうよくわからなくなりますね」
美奈子がにやりと笑い、雅が頷く。
「ええ。明日はライバル、でも今は姉妹」
ルナヴァイオレットのいずみがその言葉に拍手する。
「そうそう、それでいいのよん!勝敗はサーキットに置いていけばいい。
大事なのは、お互いが本気を出し切ることよん♡」
アルテミスとルナゴスペルは、互いの目をまっすぐに見て頷き合った。
火花は散るしかしそこには、確かな信頼と敬意があった。
第二セクションスタート
港湾倉庫のドックゲートが、重々しい油圧音を響かせながら開いていく。
眼前には三島が示した“未完成の高速湾岸ジャンクション”。
鋼鉄の骨組みがむき出しの高架、半分しかつながっていないランプ橋、暗いトンネルが口を開けて待ち構えている。
「スタート位置に着け!」
電子アナウンスが場内に響き、各チームがそれぞれのピットエリアからマシンを押し出してきた。
雅が静かにハンドルを握り、マシンを微かに前後に揺らす。
「……来るわよ」
対する美奈子が、挑発するように視線を送り返す。
「負けねぇぞ総長!」
フリーダは冷笑を浮かべる。
「夜明けを迎える前に、どちらが散るか……楽しみだわ」
マイクは大声で笑い飛ばす。
「散る?オレたちは喰らいつくんだよ、お前らの尻に!」
蓮は鼻で笑い、わざとヘルメットのバイザーをカチリと下げる音を響かせた。
「遊びじゃねぇ。俺らは走るために生きてんだ」
巨大な電光掲示板がカウントを刻む。
5…4…3…2…1....0
「GOOOOO!!!」
轟音が夜明け前の湾岸に炸裂した。
五つのチーム、総勢数十台のマシンが一斉にアクセルを開け、未完成ジャンクションの迷路へ雪崩れ込んでいく。
火花、白煙、そしてスーパーチャージャーの悲鳴。
第二セックション死闘の幕が、今切って落とされた。




