お嬢様 『第一セクションの通過』
クレーン群を抜けた瞬間、
前方に広がるのは、海沿いを突き抜ける一本の長大な直線。
夜風は荒れ、海面から吹き上げる突風が、まるで巨大な手のようにマシンを左右に揺さぶった。
加速勝負のステージ。
しかし直進安定性を失えば、一瞬で鉄柵へ弾き飛ばされる死地でもあった。
梓の声が隊列に響く。
「全開で行きます! ただし横風は“押し返す”んじゃなく、“流れに乗せて戻すように”!」
雅のロータリー+スーパーチャージャーが咆哮し金属音を奏でる。まるで往年のキダF-1ミュージックを彷彿させる。
その横を宗子のチューンドバイクが並走する。
宗子は笑みを浮かべながら
「この程度の横風、試験走行で散々やってる。任せて!」
エマは風に煽られた瞬間、ハンドルを一度“預け”、風が抜けた刹那に切り返す。
「まるでタンゴね。風と踊るの、嫌いじゃないわ!」
隊列はほとんど乱れず、地を這うように加速する。
美奈子が叫ぶ。
「直線なら馬力勝負だろ! 踏み抜けぇッ!」
スーパーチャージャーの加給が唸り、彼女のマシンは獣のように飛び出す。
千秋と涼子が左右で風避けを作り、
「美奈姉さんの風壁になる!」
と叫びながら全力で並走。
玲奈は冷静にギアを刻みながら、
「……横風はリズム。あたしらなら合わせられる」
と小さく呟き、ひなたと千鶴を導いていく。
蓮は真っ向勝負を選ぶ。
「直線で引けねぇのは性に合わねえッ!」
フルスロットルでアルテミスとルナゴスペルの間に食い込み、横風に煽られながらも蛇のような動きで抜き差しする。
だが突風をまともに受け、マシンが一瞬バランスを崩す。
「くそ……っ、まだ抑えきれねえ!」
それでも食らいつく姿勢を崩さない。
フリーダは低く指示する。
「γ(ガンマ)フォーメーション二列縦隊、交互に風を受けろ」
メトロノームのような隊列交代で横風を分散し、無駄のないラインで着実に加速する。馬力もさることながら、全員の正確さで速度を削らせない。
マイクは馬力勝負に出るが、突風で一人、鉄柵にタイヤを擦りつけて火花を散らす。
「ぐっ……!」
隊列は乱れ、直線勝負の中で徐々に後退していく。
直線の終盤、風がさらに強まる。
潮の香りが濃くなり、路面には海水の飛沫が吹き込む。
アルテミスとルナゴスペルが並び立ち、
その後ろに不如帰とヴァルキリーズが食らいつく形。
美奈子がニヤリと雅を見やる。
「次はカーブだぜ、総長サマ」
雅も視線を返し、ただ一言。
「その先で決着をつけよう」
マシンの咆哮とともに、次のセクションへ。
直線を抜けると、視界の先に現れたのは海を跨ぐ巨大な連絡橋。
夜景の灯りと航行船の光が海面に揺らめき、幻想的な景色の中で、轟音を上げてライダーたちが突入する。
だが、そこは“絶景”などと呼ぶには程遠い最悪の自然と仕掛けが待ち構える死地だった。
橋の上は吹きさらし。
横から叩きつける暴風は、まるでライダーを橋の外へ吹き飛ばそうとする巨人の腕のようだった。
時折、突風が斜め後ろから襲い、マシンが蛇行する。
宗子が叫ぶ。
「横風、突発的に切り替わるわ! ラインに固執しないで!」
梓は即座に声を飛ばした。
「みんな!風は読めない! 感じろ、そして即座にハンドルを解放して受け流して。師匠らに教わったこと思い出して!」
アルテミスは全員、バイクを傾ける角度を細かく調整しながら、風と舞うように進んだ。
橋の中央、赤色灯が点滅。
「跳ね橋、作動開始ッ!」
誘導員の声が無線に割り込む。
巨大な橋桁が、船舶の通過に合わせてゆっくりと持ち上がっていった。
舗装は断続的に段差となり、対応を誤ればマシンごと跳ね上げられる。
ヴァルキリーズの一人が声を張る。
「減速するな! 跳ねの角度を利用して飛び越えろ!」
軍隊仕込みの冷静さで、彼女たちは一糸乱れぬジャンプを決める。
白い光の下。
整然と宙を舞う姿はまるで翼を広げた戦乙女そのものだった。
一方、不如帰の蓮は笑い声をあげた。
「こんなもん、遊園地のジャンプ台じゃねえか!」
アクセルをさらに踏み抜き、わざと大きく跳ね上がった。
空中で一瞬ハンドルを切って着地を合わせる豪快なテク。観衆がどよめく。
だがクロムファングの一人は制御に失敗し、着地でマシンを揺さぶられ大きく後退。
雅と美奈子がほぼ同時に橋桁へ突入。
風と橋の傾斜が重なり、難易度は極限に達する。
美奈子は叫ぶ。
「直感で行くぜ、こういうのは度胸だ!」
そのまま豪快に飛び、着地で火花を散らすも速度を落とさない。
雅は静かに息を整える。
跳躍前、ほんの一瞬だけスロットルを緩めた。
「……落ち着け。すべては制御だ」
完璧なラインで弧を描き、まるで吸い込まれるように橋の傾斜へ着地する。
二人の差は縮まらないが、互いの“強さの質”の違いが、観る者に鮮明に伝わった。
全チームが跳ね橋区間を突破。
だが隊列は乱れ、順位も激しく入れ替わる。
アルテミスとルナゴスペルは依然として先頭争い。
不如帰がその背後で牙を研ぎ、ヴァルキリーズは冷静に中盤を維持。
クロムファングは散り散りになりつつも、まだ完全には脱落していない。
次の区間、フィニッシュ直前の「ドックゲート前・強制合流」が待っていた。
最後の勝負所。隊列の美しさと統率が試される湾岸最終セクション。
最後の直線を抜けた先に巨大な鉄のゲートが、壁のように立ちはだかっていた。
そこへ至る道は複数。
各チームはそれぞれ異なるルートを駆け抜けてきたが、最終的に全てがこの一点に収束する。
「強制合流」
速度を落とせば順位を落とす。
無理に突っ込めば接触のリスク。
一瞬の判断が勝敗を分ける、最後の難関。
アルテミスは雅を先頭に、完璧な隊列を崩さぬまま接近。
梓が無線で短く告げる。
「今だ!シンクロ」
五台のマシンが寸分違わぬ動きでブレーキを調整、互いの隙間を計算し尽くし、まるでひとつの生き物のように合流点へ滑り込む。
「美しすぎる……」
観客席からどよめきが漏れる。
その背後を追うルナゴスペルも、力強い加速で喰らいつく。
美奈子のZX-4RR改が前へねじ込むと、仲間たちもすかさずラインを合わせる。力と気迫で押し切る、ルナゴスペルらしい隊列だ。
不如帰の蓮は大排気量のFZRを操り、敢えて合流の直前でスリップに潜り込み、最後の直線で抜け出しを狙う。
「ここだッ!」
咆哮とともに、蓮のマシンが獣のように吠える。
ヴァルキリーズとクロムファングも、それぞれ独自のフォーメーションで突入。
各チームの隊列が複雑に絡み合い、鉄と風の渦となってドックゲートへ吸い込まれていく。
鉄と風がぶつかり合い――
ゲートを突破した瞬間、計測ゲートの赤ランプが点灯し、すべてのマシンがようやく息をついた。
第一セクション、終了。
エンジンは高熱で唸り、ライダーたちの肩は汗で濡れ、誰もが荒い息を吐いていた。
その顔には同じ「生き延びた者の安堵」と「次を見据えた決意」が宿っていた。
そして。
突如、ゲート前の照明が切り替わり、無機質な光がコースを包む。
現れたのは三島。
背後のスクリーンに、未完成のジャンクションと山中トンネル、そして海上橋の映像が映し出される。
「第二セクションへようこそ。2時間の休憩後ここをスタートとする。」
静かに告げられたその言葉に、再び場の空気が張り詰めた。




