お嬢様 『港に秩序が集う夜』
スタート直後、臨港道路の直線を駆け抜ける各チーム。
東扇島の工場群が流れるように後方へ飛び去り、潮風が一気に視界を冷やす。
グリッドから飛び出したアルテミスの先頭、雅のKIDA-RE400Rロータリー改は完璧なクラッチミートでホイールスピンを抑え、最速で加速する。
その背後に梓とあかねがピタリと続き、3台の隊列が「矢」のように前に突き抜けた。
だが、すぐにルナゴスペルが追い上げる。
美奈子のZX-4RR改Ⅱは鋭い加速音を響かせ、雅のわずかなラインの隙を探る。
「ふふ、速いわね総長。でも、譲るつもりはないでしょ?」
無線越しに挑むような声が届き、雅の唇がわずかに笑みに歪む。
可動橋への進入
前方に、鋼鉄の可動橋が見えてくる。
路面は潮位の影響で薄く濡れ、鉄製グレーチング部分はグリップが極端に落ちる“罠”。
さらにライトが反射し、ブラインドのような幻惑効果を生む。
梓が短く告げる。
「橋の入口、グリップ40%以下。気をつけて」
アルテミスの隊列全員が即座に姿勢を低くし、マシンを滑らせる角度を計算して突入する。
一方のルナゴスペルも、過去の夜間走行訓練で経験済み。
美奈子が隊列に声をかける。
「ここで恐れたら負け。大胆にいくわよ!」
千秋と涼子が息を合わせ、橋へと飛び込む。
アルテミスとルナゴスペル、両隊列はほぼ同じタイミングで橋に差し掛かる。
橋面にフロントタイヤが触れる瞬間に、
彩のバイクが一瞬、横滑りする。
「……っ!」
だがすぐに梓がフォローに入り、ラインを調整。
彩は息を整えつつも、恐怖を乗り越えるようにアクセルを開け直した。
後方では、不如帰の蓮がFZR-1000で橋を大胆にショートカット気味に突っ込み、ヴァルキリーズとクロムファングの間を縫うように浮上する。
「こっからが勝負だぜ!」
橋を抜ける頃には、アルテミスとルナゴスペルが並走状態。
雅と美奈子の視線が一瞬交わる。
言葉は不要、ただアクセルで会話する。
そのすぐ背後に、不如帰とクロムファングが迫り、ヴァルキリーズが冷静にその動きを観察する。
次の区間
二層高架スパイラルが、闘いをさらに苛烈に変えていく。
可動橋を抜けた瞬間、視界に現れるのは巨大な二層構造の高架ループ。
下層と上層がねじれ合うように交差し、夜間照明の乱反射で、中に迷い込むような錯覚を生む。
上層は海風が吹き抜け、突風でバランスを崩しやすい。
下層は照明が柱に遮られて断続的に点滅し、ストロボのように視覚を狂わせる。
雅を先頭に、梓・あかね・彩・宗子の5台が揃った流れるようなラインを描く。
梓の声が冷静に響く。
「風速6メートル、上層は横風強め。下層は乱反射。どちらを選びます?」
雅が即答する。
「上層です。視界を奪われるより、風に挑んだ方がいい」
彩が小さく息を呑む。
(風……怖い。でも、ここで外れたら仲間の邪魔になる……!)
覚悟を決め、ハンドルを握り直す。
美奈子もまた隊列を導く。
「下層に行く! 視界は乱れても、風よりマシ!」
彼女の決断に従い、千秋・涼子・玲奈・千鶴・ひなたが連なって下降ルートへ。
ミストと反射光が乱舞する闇の回廊へ突入する。
アルテミスは海風を切り裂きながら上層を駆け抜ける。
横風に煽られ、彩のマシンがふらつくが、特製ブリヂストンタイヤがすんでのとこでグリップを掴む。
あかねがすかさず横に並び、盾のように風を受けて進路を安定させる。
「大丈夫、彩! 私が横を守る!」
彩は震える唇を噛みしめ、必死にアクセルを開ける。
一方、ルナゴスペルは下層で視覚を乱されながらも、チームワークで軌道を修正し続ける。
ストロボ状の光の中、美奈子が叫ぶ。
「千秋、右ライン任せた! 玲奈、後続を抑えろ!」
各メンバーが寸分の狂いもなく動き、隊列を保つ。
不如帰の蓮は、敢えてルナゴスペルと同じ下層ルートを選び、乱反射の中で一瞬姿を消したかと思うと、前に飛び出してくる。
「お先に失礼!」
ルナゴスペルの隊列の間を突き抜ける荒技に、美奈子が「さすがリッターバイクか」と舌打ちを漏らす。
後方のヴァルキリーズは上層を選び、アルテミスの後ろにぴたりと張り付く。
「冷静に、呼吸を乱さないで。まだ序盤よ」
フリーダの低い声が仲間を律する。
クロムファングは下層で、あえて照明の切れ目を利用し、ルナゴスペルの背後に忍び寄る。
上層を駆けたアルテミスとヴァルキリーズ、下層を抜けたルナゴスペル・不如帰・クロムファングが、出口で合流する。
五つの隊列が一点に収束し、緊張が一気に高まる。
雅と美奈子のマシンが再び並び、ヘルメット越しに視線が交錯する。
その刹那、風と光と轟音が渦を巻き次の区間、サイロ回廊が待ち構えていた。
巨大な穀物サイロが林立する回廊に突入した瞬間、
粉塵とスチームが混じり合った白い霧がライダーたちを包み込む。
視界は数メートル先まで曖昧になり、ライトは霧に吸い込まれるように乱反射する。
さらにコースには特殊な電子センサーが設置され、ライダーのAIアシストや電子制御を意図的に狂わせる“罠”が仕込まれていた。
トラクション制御やライン補正がわずかに誤作動し、正確さよりも「人間の直感」が頼りになる。
「電子補正、誤作動……! 彩、気を取られないで!」
梓の冷静な声が通信に響く。
彩のメーターには「トラクション制御エラー」の赤ランプ。
恐怖で握る手が硬直しそうになるが、あかねの声が続く。
「自分の感覚を信じるの! 風と路面の音を感じて!」
雅は先頭で白い霧を切り裂き、マシンの小さな震えから路面の変化を読み取る。
「電子は罠。本当の“道”を感じて!」
その背中が全員の心を奮い立たせる
美奈子は笑うように声を上げた。
「面白いじゃない! 電子がダメなら、感覚一本で行くまでよ!」
千秋と涼子が左右に広がり、粉塵の中で隊列を守る。
玲奈が後方から不如帰の動きを牽制しつつ、千鶴とひなたが隊列を乱さぬように必死に走る。
霧の中でも美奈子の存在感はまるで灯台のように鮮烈。
「信じろ! 私が前を切り開く!」
蓮は逆に、この幻惑を楽しんでいた。
「電子罠? こっちは最初から機械に頼っちゃいねぇ!」
FZR-1000のエンジン音を頼りに、大胆なラインでアルテミスとルナゴスペルの間を縫って突き進む。
だが、その動きは周囲を乱す危うさも孕んでいた。
ヴァルキリーズは隊列を崩さず、霧の中を静かに進む。
「呼吸を揃えて。視覚よりも音を……」
フリーダの落ち着いた声に、仲間たちは鼓動まで同調させるようにしてラインを維持する。
クロムファングのマイクは霧の切れ目を狙い、Buellの爆音を響かせながらルナゴスペルの隙を狙う。
「視界ゼロこそチャンスだ!」
だが、電子制御が暴走し、スリップしかけて体勢を立て直す。
「チッ……! くそ、これが電子罠か!」
やがてサイロ群を抜け、視界が開ける。
粉塵を抜けた空気は冷たく澄み、その先には、クレーン群が林立する 区間DテクニカルS字 が待っていた。
アルテミスとルナゴスペルが互いの隊列を崩さず抜けたのに対し、
不如帰・クロムファングは一時的にポジションを前に出すことに成功する。しかし、それは“消耗”という代償を伴っていた。
サイロ回廊を抜けた直後、
暗闇に突如として浮かび上がるのは、港湾の巨大クレーン群。
その鉄骨の脚の間を縫うようにして設けられた低速S字は、狭く、鋭く、そしてリズムを狂わせるトリッキーなセクション。
さらに、不規則に点滅するストロボ照明が、視界とリズムを容赦なく乱す。
ライトが明滅するたび、路面の影が揺らぎ、幻のラインが浮かび上がる。
梓が隊列通信を一瞬だけ開く。
「速度を落としすぎないように。視覚じゃなく“記憶”でラインを刻んで」
彩は眩しさに思わず顔をしかめるが、あかねが後ろから声を飛ばす。
「目をつぶってでも曲がれるように、リズムを信じよう!」
雅は先頭で、ほとんどブレーキをかけずに滑るようにS字を切る。
「恐れないで。ストロボは幻、鉄骨の影が真実です」
そのライン取りは、後続のアルテミスの隊列を見事に導く。
美奈子は笑い飛ばすように叫んだ。
「ストロボなんざクラブと一緒!ノリで突っ切れ!」
玲奈が後方から冷静に補足する。
「点滅の周期は不規則。でもクレーンの影は動かない。そこを目安に!」
千秋と涼子はシンクロするようにバイクを傾け、ひなたと千鶴は必死に食らいつく。
「美奈姉さんの後ろなら、目ぇつぶってても走れる!」
彼女たちは笑いながら、幻惑のS字をクリアしていく。
蓮は逆にストロボを利用する。ライトが消えた一瞬を狙って鋭く突っ込み、点いた瞬間にはすでにルナゴスペルの横に並ぶ。
「光が消えりゃ、相手の目も死ぬ。今が刺す時だ!」
だが、S字の出口でダンロップ製タイヤはスリップし、危うく鉄骨にマシンを擦る。
「……チッ、調子に乗りすぎたか」
ヴァルキリーズは列を乱さず、
「点滅は無視、クレーンの柱一本一本を数えろ」
というフリーダの指示で淡々とラインを刻む。
ストロボの幻惑に惑わされず、メトロノームのような正確さでS字を抜ける姿は圧巻。
クロムファングは視覚に頼りすぎ、幻惑に足を取られる。
「くそっ、どれが本物のラインだ!」
無理な突っ込みで減速を強いられ、隊列がバラけ始める。
その隙を突き、ルナゴスペルとアルテミスが差を広げる。
クレーン群を抜けると、港湾エリアを横切る長大な直線が待つ。
エンジンが一斉に咆哮し、それまでの低速テクニカルから一気にフルスロットルの勝負区間へ。
各チームの緊張が、再び爆発的な加速に変わっていく・・・




