お嬢様 『静かなる反撃』
アルテミス本部。
報告を聞いた梓は、すぐにノートPCを叩きながら仲間に告げる。
「トラックは盗難車、ナンバーは偽装。 SUVは神奈川の物流会社名義だけど……オーナーの住所が“空き地”。完全なダミーだわ」
襲撃直後の彩は無事だったが、震える肩を仲間に支えられている。
彩の頬に残る擦り傷を見た瞬間、雅の瞳が紅く燃えた。
「……彩さんを、狙った、ですって?」
低く押し殺した声。だがその中に、雷鳴のような怒りが潜んでいた。
メンバーたちが息を呑む。
「私たちアルテミスへの挑発だけならまだしも。彩を狙うのは、私への宣戦布告と同じことですよ」
卓を叩く音が響き、カップが震える。
梓が一歩出て「雅…」と声をかけようとするが、その気迫に言葉を失った。
雅は立ち上がり、髪を振り払って言い放つ。
「いいわ。上等じゃない。
奴らが“影”で仕掛けてくるなら、私たちは“光”で打ち砕く。
彩を泣かせた報い必ずこの手で返す」
その姿は総長としての威厳を超え、仲間を守る修羅のように見えた。
官房長官の私邸、書斎。
漆塗りの机の上には未だ整理しきれぬ書類が山積みされ、壁には歴代総理との記念写真が額縁に収められている。
その中で、ただ一枚だけ異質な存在、机の上に置かれた彩の幼い頃の写真。
官房長官・伊藤俊英は、深く息を吐き、正面に座る娘を見据えた。
顔は蒼白だが、彩は毅然として姿勢を崩さない。
「……彩。無事でよかった」
低く落ち着いた声だったが、その奥にかすかな震えが混じっているのを、彩は見逃さなかった。
「危なかったわ。あと数秒、判断が遅れていたら……きっと私はここにいない」
「……誰が背後にいるかは、まだ断定できん。しかし“あの連中”が動き出したのは確かだ」
父は拳を固く握り、机に置いた。
政治家としての冷静さと、父親としての怒りが入り交じる。
彩は少し笑みを浮かべた。
「お父様にとっては、“娘が狙われる”のも、ひとつの政治的リスクなのかしら」
俊英は一瞬だけ目を伏せ、言葉を探すように黙り込んだ。
やがて、抑えていた感情を吐き出すように呟く。
「……私は官房長官だ。国の安全を第一に考えるのが務めだ。だが同時にお前は、私のたった一人の娘だ。どんな権力も、どんな地位も……お前を失うことに比べれば、塵芥にすぎん」
彩の胸が熱くなった。
普段は決して見せぬ父の弱さ、それが彼女に逆に強さを与える。
「……ありがとう。でも私は逃げないわ。怖かったけど、もう覚悟はできてる。
お父様が国を守るのなら、私は“仲間”を守る。そのために立ち向かう」
俊英は娘をじっと見つめ、そしてゆっくりと頷いた。
「……お前は強いな、彩。だが無茶はするな。必ず、私に繋げろ。
この戦いは……国家と国家の影のぶつかり合いになる」
重苦しい沈黙が書斎に落ちる。
だが、父娘は互いにその沈黙を力に変えるように、視線を離さなかった。
官邸地下の危機管理センター。深夜の会議室に、重苦しい空気が張りつめていた。
大型モニターには、彩の襲撃現場の映像が繰り返し流れている。
内調長官が報告する。
「背後には中国ファンドの資金流入を確認。さらに現場で使用された銃器は、上海経由のルートから密輸されたものと判明しました」
防衛局長が声を低める。
「本土からプロの工作員が送り込まれている可能性が高い。通常の警察力だけでは対応は困難です」
伊藤俊英は椅子に深く腰を下ろし、しばし沈黙した。
やがて、鋭い眼光で各局長を見渡す。
「これは一人の少女を狙った犯行ではない。日本の治安と主権への挑戦だ。」
その声は官僚たちを震え上がらせる冷気を帯びていた。
「内調と公安に極秘の合同対策班を編成せよ。表に出ぬ形で、連中の根を断つ。失敗は許されない。…いいな」
場所は都内の官邸地下の極秘会議室。
伊藤俊英が待つ前に、アルテミスの面々が入室する。
周囲はSPと官僚で固められていたが、伊藤が手を振って退出を命じ、部屋には最小限の人間だけが残る。
「わざわざ来てくれて感謝する」
雅が一歩前に出る
「ええ。私たちが掴んだ情報を共有させていただきます」
テーブルに広げられる数枚の写真とメモ。
夜の街で撮られた外国人グループの姿、中国系ファンド関係者と裏社会の人物の接触、三又洋行の動きすべてアルテミスが独自のネットワークで集めたものだった。
梓が資料の説明をする
「データ解析の結果、この“劉”という人物が指揮をとっている可能性が高いと思います。彼らは表に出ない工作員を鎌倉・横浜に展開し、政財界の一部とも接触しています」
伊藤は目を細め、資料を読み込む。
重い沈黙のあと、ゆっくり顔を上げた。
「……国家機関が追っている線と一致する部分が多い。君たちの動きは正しい」
続けてアルテミスに提案する。
「私はここに“極秘合同作戦”を提案する」
会議室は重苦しい空気に包まれていた。伊藤俊英官房長官が、机上に広げられた作戦図面を静かに指差す。
「これが最終局面の骨子だ。あかねの家、鎌倉の山林・水源地を狙う工作員たちを確実に捕らえる」
アルテミスの面々が一斉に見つめる。彩は緊張で肩を固くしていた。
「今回の作戦では、国家機関が主導する。公安特殊部隊、警視庁SAT、海保特殊警備隊が直接行動する。君たちアルテミスは、敵の動きの特定と攪乱を担当する」
雅が静かに頷く。
「私たちは、敵を追い詰める役目ですね」
伊藤が続ける。
「そして、情報提供・現場指揮にはあかね君の父、神奈川県警本部長と、御祖父の警察庁長官が関わる。あかねの家族の安全は、彼らが最優先で確保する」
あかねは息を呑む。
「……父上、祖父上が直接関与しているなら、少し安心です」
伊藤は頷いた。
「だが油断は禁物だ。敵は中国系工作員を送り込んでおり、巧妙かつ危険だ。だからこそ、君たちの力が必要だ。直接戦う必要はない。ただ、敵を正確に特定し、動きを封じる」
梓が手元の資料を指差し、冷静に問う。
「作戦成功後、証拠や敵の捕縛はどうなりますか?」
「すべて国家が責任を持つ。通信傍受、監視映像、現場の証拠、国際的にも逃れられぬ形で確保する」
伊藤の声には揺るぎない決意があった。
雅は全員に視線を送り、静かに宣言する。
「……アルテミスは、任された役割を全うします」
彩が小さく息をつき、心の中で覚悟を決める。
「家族も、仲間も絶対に守る」
伊藤は彩に向けて柔らかく微笑む。
「彩。君を狙った連中は必ず討つ。これは国家の戦いであり、君たちアルテミスの戦いでもある」
「二人の代議士はどのようになさるのですか?」
机上には鎌倉の山林・水源地の地図、中国系工作員の動線、田辺元道・三又洋行の政治行動の記録が並んでいる。
「彩の命を狙ったやつらだ。私の政治生命をかけて潰すつもりだ。自分の利権のために政治屋やってるやつだ。党内にも派閥内にも恨みを持ってる議員も多い。だが法と手順は必ず守る。これが極秘作戦の条件だ」
雅が机を軽く叩く。
「アルテミスは、情報収集と攪乱を担当します。各家の力をどう配分するか、具体策を出しましょう」
琴音は地図に指を置き、冷静に意見を述べる。
「私たちの人脈で、田辺・三又の財政、利権、国外ファンドとの接点を洗い出せます。現場調査も可能です」
梓が資料を並べながら補足する。
「報道やSNS操作も可能。国民や野党からの追及を誘導し、二人に社会的プレッシャーを与えられます」
伊藤は頷き、作戦の段階を示す。
「作戦は三段階に分ける。第一段階は情報と証拠の完全確保。第二段階は心理的・社会的圧力の付与。第三段階で法的措置を実施する」
雅は拳を軽く握り、決意を示す。
「アルテミスの各家の力を使い、彼らを逃がさず、計画を完遂します」
伊藤は彩に目を向ける。
「彩、君も直接関与する。アルテミスの能力と私の国家権力を合わせれば、田辺・三又を合法的に潰すことができる」
彩は静かに頷いた。
「わかりました。私たちで、鎌倉も家族も守ります」
会議室に重い沈黙が落ち、作戦の輪郭が全員の頭に明確に浮かんだ。




