お嬢様 『(暴走族)vs(暴力団)開戦』
観光客の姿が途絶えた街の外れに、ひっそりとバイクの列が滑り込んでいく。ヘッドライトを消し、低速で進むその影は、まるで夜の忍びのようだった。
不如帰の蓮が先頭で手を上げる。
「こっちだ。三つの宿に分散する。絶対に目立つな」
メンバーたちは無言で頷き、それぞれ決められた宿へ散っていく。
一軒は古い温泉旅館。
「団体予約」の名目で押さえられた大広間に、精鋭たちは寝袋や私物を持ち込み、床に肩を並べる。
「おい、ここ修学旅行かよ」「ははっ、戦場前の合宿だな」
笑い声は小さいが、どこか頼もしさがあった。
もう一軒は小洒落たビジネスホテル。
チェックインを手際よく済ませると、スーツ姿に着替えて部屋へ向かう者もいる。
「フロントに怪しまれねぇようにな」
互いに念を押し合いながら、装いを整える姿は、すでに任務を帯びた影の兵士そのものだった。
最後のグループは民宿。
女将は事情を知らされてはいない。ただ「若い衆が一泊する」とだけ聞かされ、夕食の支度をしている。
「ありがてぇな……ここなら人目も少ねぇ」
と、連中はちゃぶ台を囲み、真剣な顔で作戦地図を広げていた。
すべての宿に散ったあと、蓮は静かに雅へ報告した。
「これで百二十人、目立たねぇように潜伏させた。旅館もホテルも、俺らの仲間が経営に顔が利く場所ばかりだ。外部には絶対漏れねぇ」
雅は深く頷く。
「ありがとう。……彼らに伝えてください。必ず無事に帰ってほしい、と」
その言葉に、蓮は煙草をくわえたまま、にやりと笑った。
「了解だ。あんたのために動く連中だ。誰一人欠けさせねぇよ」
横浜連合の精鋭が鎌倉へ潜伏している同じ夜、暴力団もまた水面下で蠢いていた。
湘南会関東最大手の極道組織・東龍会の直系で、鎌倉・逗子・藤沢に根を張る連中だ。
表の稼業と裏の稼業の二つの顔を持つ経済ヤクザだ。
この湘南会が、ここ最近になって鎌倉の「水源地の利権」を狙って暗躍しはじめた。
水源地の開発計画に絡めて公共事業や外資マネーを引き込み、そこで裏金を作り、政治家への資金供与に利用する算段である。
湘南会の若頭補佐・神崎修は子分を集めて言った。
「おい、横浜のガキ共が鎌倉に来てるって噂がある。アルテミス? 横浜連合? はっ、女子供と不良の寄せ集めが、俺らのシノギに口出しするってのか。笑わせんな」
だが別の幹部は険しい顔で応じた。
「……侮るなよ。横浜連合の裏には例の”お嬢様連中”がついてる。どうも政界にもコネがあるらしい」
神崎は舌打ちし、煙草をもみ消す。
「じゃあこっちも本気で潰すしかねぇな。とりあえず、鎌倉の旅館とホテルは全部洗え。妙な団体客がいねぇか調べろ」
こうして、暴力団側もまた情報網を動かし始めた。
夜の鎌倉の静寂の下で、すでに二つの勢力の気配が交錯しつつあった。
鎌倉の旅館やホテルに散らばる横浜連合の精鋭たち。
その夜、アルテミス本陣の会議室に、雅・梓・ルナゴスペルの美奈子らが集められた。
梓は持参したタブレットを操作し、壁一面に設置された大型モニターにデータを映し出す。
「湘南会の動きが確認されました。……横浜連合の宿泊施設、すでに二軒がマークされています」
モニターには旅館前に停車している黒塗りのセダン数台、そして周囲を巡回する見張りの姿が映っていた。
雅は眉をひそめる。
「やはり動いてきたか。早いわね」
梓は淡々と続ける。
「ですが、問題ありません。ビッグデータ社の解析網で、湘南会の通信ログはすでに把握済み。旅館に泊まっている連合メンバーの個人情報は一切漏れていません。偽造された団体旅行名義が功を奏しています」
美奈子が感嘆の声をあげた。
「……つまり、あいつらがどんなに調べても”ただの学生や観光団体が泊まってる”って記録しか出てこないってわけか」
雅は静かに頷く。
「ええ。その上で、政治筋にも根回しを済ませました。警察はまだ動けないけれど、水源地利権に絡んだ湘南会の資金ルートを封じる準備が整っています」
梓がにやりと笑う。
「彼らが動けば動くほど、証拠がこちらに集まる仕組みになってるの。いわば”情報の罠”よ」
その場にいた全員の視線が雅に集まる。
雅は少しの沈黙のあと、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「とにかく無理はさせないで。もし暴力団が武器を使ってきたら、その場面を撮ってすぐ警察に届けること。そして絶対逃げること。これだけは徹底しておいて」
その夜、鎌倉の静かな住宅街に不穏なエンジン音が響いた。
黒塗りのワゴン数台、そして改造車が十数台。湘南会の若手組員たちが、連合のメンバーが泊まる旅館の一つを取り囲んだ。
「ここに連合の兵隊が隠れてるって話だ! 叩き出せ!」
怒鳴り声と共に、十数人が旅館前に雪崩れ込もうとする。
だがその瞬間旅館の門が勢いよく開き、数十人の男たちが一斉に飛び出してきた。
漣を先頭にした横浜連合の精鋭である。
「てめぇら、こっちも観光気分で来てんじゃねぇんだよ!」
漣の怒声が夜空を震わせた。
数にして湘南会はおよそ15人、連合側は30人。乱戦になり、連合側にも致命的ではないが、負傷者が出る。すんでの所で、数が暴力を上回った。
「な、なんだこいつら……!? ヤクザ相手にビビらねえのか!」
「くそっ、引けぇ!!」
わずか数分で、湘南会の若手たちは散り散りに逃げ出していった。
戦況報告を聞いた雅は、深々と目を閉じた。
「……やはり無謀な突撃ね。捨て駒を差し向けてきたか」
梓が冷静に分析を加える。
「目的は威嚇。だけど、結果は逆。横浜連合の統制力を見せつけただけになったわ」
彩が安堵の息を吐く。
「これで父、官房長官の耳にも届くでしょう。下手に”暴力団の恫喝が通じる状況じゃない”って」
雅は小さく頷き、全員を見渡した。
「次はもっと大きい。……必ず幹部クラスが動く。そこで、仕留める」
室内には緊張と高揚が混じった空気が広がっていた。
失敗した若手たちの報告を受け、湘南会の本部は静まり返っていた。
だが数時間後、黒塗りの高級車の列が鎌倉の海沿いの道を走る。
後部座席に乗っているのは、湘南会の幹部衆。
「舐めやがって……女子供の遊びだと思ってたが、横浜連合の兵隊が動いてるとはな」
「しかも噂じゃ、三条家の娘が関わってるとか。これはもう素人の枠超えてやがる」
彼らの視線は鋭く、空気は張り詰めていた。
その中でも一際存在感を放つのは、若頭補佐の鷲尾。
元傭兵という異色の経歴を持ち、武闘派幹部として恐れられる男だ。
「潰すしかねぇ。だが、正面衝突じゃこっちの損害もデカい。徹底的に”削る”んだ」
「カシラ、道具は使っちゃいけないですか?」
「馬鹿野郎。素人相手に道具つかえば、おれらの面子まるつぶれじゃねえか。そうなったら鎌倉中から目の敵にされて、警察も介入する。いいか俺ら使うのは木刀までだ。ドスや銃は絶対使うな」
鷲尾の低い声に、周囲の幹部たちが無言で頷く。
一方その頃、雅たちの元には梓の情報網から速報が届いていた。
ルナヴァイオレットのいずみが、持ち前のパーティ人脈を駆使し、料亭での会合情報をキャッチしたのだ。
「来たわね……敵の本丸が」
雅の声は冷たいが、わずかに緊張を含んでいた。
梓がデータを投影し、幹部たちの顔写真と経歴が次々と映し出される。
「鷲尾……この男は特に危険です。イラクで実戦経験ある暴力装置です」
エマが小さく息をのむ。
「まるで軍人じゃない……」
だが雅は、静かに微笑んだ。
「いいじゃない。軍人だろうと、傭兵だろうと私たちの舞台は、ここ鎌倉。勝負はもう始まってる」




