お嬢様『鎌倉の危機』
あかねの祖父宅は、鎌倉でも由緒ある旧家だった。
土地は広く、ただ広いだけではない。長い時間が、そこに積もっている。
庭には百年以上を生き抜いた松が何本も立ち並び、その根は地表に姿を見せるほどに張り巡らされている。周辺一帯は、再開発の波を受けながらも、なぜかそこだけが取り残されたように、昔ながらの鎌倉の景観を守り続けてきた。
その屋敷に、三つのチームのメンバーが集まっていた。
祖父は座敷に腰を下ろしたまま、ゆっくりと口を開く。
声は低く、だが老いの弱さよりも、長年この土地を守ってきた者の重みが滲んでいた。
「ここ最近な……妙な連中が押しかけてきおる」
話ながら、祖父は一度、庭の松の方へ視線をやる。
「“再開発計画”と称してな。土地を売れと言ってくる。
断れば……嫌がらせだ」
空気が、少し重くなる。
「表向きは不動産業者じゃが、裏では暴力団が糸を引いておる」
「……地上げ、ね」
ルナゴスペルの美奈子が、低く呟いた。
その声には怒りよりも、嫌悪があった。
拳が、無意識のうちに強く握られている。
「地元を、金で踏みにじるなんて……」
アルテミスの宗子が、感情を抑えきれず立ち上がる。
椅子が畳を擦る音が、やけに大きく響いた。
「許せない!」
その瞬間だった。
屋敷の外から、空気を切り裂くような怒鳴り声が飛び込んでくる。
「じいさん! 今日こそハンコ押してもらうぞ!」
縁側の障子越しに、異物が入り込んできた感覚。
窓の外を見ると、黒塗りのワゴン車が数台、門前を塞ぐように止まっている。
スーツ姿の男たちが次々と降り、門の前にたむろしていた。
「……来たわね」
あかねが、縁側から静かに立ち上がる。
だが、目だけは一瞬で切り替わっていた。
門が乱暴に叩かれる。
「おい!その山はもうすぐ再開発だ。観光地なんざ時代遅れだろ?
爺さんも年なんだから、さっさとサインして楽になれや!」
居間にいたアルテミス、ルナゴスペル、ルナヴァイオレットの面々が、一斉に顔を上げる。
「……何やってんのよ。あんな連中が、堂々と」
美奈子の声が低くなる。
「普通なら警察を呼ぶところだけど……」
麗子が、視線を逸らさずに言った。
「裏に政治とカネが絡んでる。動けない、ってワケね」
「やぁだぁ……」
ルナヴァイオレットのリーダー・いずみが、わざとらしく息を吐く。
革靴の音を響かせながら立ち上がり、扇子を手に取った。
「こんな品のない声、久しぶりに聞いたわ。
鎌倉も、ずいぶん舐められたものねぇ」
扇子が、ぱちりと開く。
「ねぇ。アンタたち……本気で、自分が“勝てる側”にいると思ってる?」
門の外で、再び怒鳴り声。
「てめぇら! 出てこい!」
障子が、勢いよく開いた。
「上等じゃない!」
千秋の声が、庭先に響く。
「アンタらのやり口、女子に通じると思ったら大間違いよ!」
その後ろから、梓が一歩前に出る。
「全員、準備」
声は低く、冷静だった。
「向こうが手を出してきたら……一瞬で制圧する」
ルナヴァイオレットが先頭に立ち、アルテミスとルナゴスペルが、自然と縦列を組む。
二十人。
旧家の庭先に並ぶその光景は、異様ですらあった。
「……おい、なんだあの連中」
暴力団員の一人が、小さく呟く。
「はぁい。ようこそ鎌倉の歴史的景観地区へ」
いずみが、艶やかに笑う。
「でもねぇ。この街に似合わないゴロツキは……お呼びじゃないのよ」
張り詰めた空気。
にらみ合い。
その均衡を、あかねが崩す。
「警察庁長官の孫に、手を出すつもりなら」
あかねは、門の向こうを見たまま、
「後悔することになるわよ」
背後に並ぶ三チームの威圧感が、言葉を補った。
暴力団は悪態をつきながらも、車に乗り込み、その場を去っていった。
——だが、終わりではない。
夜の祖父宅の奥座敷。
畳の上に、鎌倉周辺の地図が広げられている。
「狙いは、この再開発エリアね」
梓が、レーザーポインタで示す。
「表向きは“分散型観光の推進”。でも……」
「その先にあるのが、ウチの山林」
あかねが、険しい表情で呟く。
祖父の土地は、鎌倉の奥に広がる広大な山林。
そこには古くからの水源地があり、地下水脈は町を潤す命綱だった。
「もし、太陽熱発電施設を造られたら……」
麗子は、地図に指を置いたまま眉をひそめる。
「山林は戻らないわ。
木だけの話じゃない。水も一緒にやられる」
「……そこまで?」
梓が確認するように言う。
「ええ。地下水脈よ」
「地元は、たぶん気づいてない。
“観光”って言葉の方が、耳に残るから」
「残る、というより――」
彩が、静かに言葉を引き取る。
「見ないで済む形に、されてる」
そのまま、視線を地図から上げる。
「補助金。そこに外国マネーが混ざると、説明は一気に雑になるわ」
「表に出せない金が動いてる。
ただの開発、って呼ぶには……都合が良すぎる」
「ふざけんじゃないわよ!」
美奈子が机に手をつく。
「そんな話、地元が知ったら……」
「感情の前に、証拠」
梓が静かに言った。
「図面、資金の流れ、関与企業、政治家。
全部洗う」
「……ふふ」
いずみが、地図を見下ろしたまま笑う。
「隠してるつもりのものほど、人って見せたがるのよ」
視線だけを上げる。
「欲が絡めば、口は軽くなるのよね~」
扇子の先が、地図の一点を叩く。
「ここから先は……アンタたちの知らない“夜の鎌倉”」
「現場は、ウチらね」
美奈子が頷く。
「観光客に紛れれば、怪しまれない」
「アルテミスは司令塔」
梓が言い切る。
こうして三チームは、役割を分担した。
週末の鎌倉。小町通りの喧騒から、少し外れた路地。
表向きは「観光駐車場拡張工事予定地」
だが、仮囲いの内側には過剰な警備と重機。
浴衣姿のルナゴスペルは、団子やアイスを手に、観光客を装って散る。
「……やっぱり、ただの駐車場じゃない」
沙耶香が囁く。
「“湘南開発”――実体のないペーパー会社」
千秋が続ける。
「代表は、暴力団のフロントよ」
作業服の男が近づく。
「おい、そこのお前たち」
「わぁー! 工事現場なんだぁ!」
美奈子が、わざと声を張る。
玲奈のスマホが、静かにフェンスの内側を捉える。
男は去った。
「……撮れた?」
「ばっちり。輸入資材ばっかり」
重機の音の裏で——水の流れる音。
「……水脈の上ね」
涼子の言葉に、全員の表情が固まる。
鎌倉の命を、潰す気だ。
ルナゴスペルは、静かにその場を離れた。
戦いは、まだ始まったばかりだった。




