お嬢様 『おネエ様の気遣い。マシンの熟成』
温泉で心身を解きほぐしたあと、ホールにはシャンデリアが輝き、長大なテーブルには和洋折衷の豪華な料理が並べられていた。
華やかでありながら、どこか肩の力が抜ける空間だった。
「さぁ、わたしたちルナヴァイオレットの特技……存分に楽しんでちょうだい♡」
いずみがウインクすると、控えていたスタッフが一歩下がり、彼女自身がハサミを手に取る。
その場でアルテミスメンバーの髪を整え、瞬く間にパーティ仕様へと仕上げていく。
迷いのない手つきだった。
「まぁ……鏡を見なくても分かるわ、完璧だわ」
エマがうっとりと息を吐き、
梓も素直に頷く。
「……プロの仕事は、やはり違うわね」
続いて、しおんが舞台中央に立つ。
扇子をひらりと振り、運び込まれた花材に手を伸ばす。
静かな所作のまま、あっという間に高さ二メートルを超える大作が形を成していった。
「花は、ただ美しくあるためのものではありません。
その場の空気を、変えるものです」
色彩と香りが重なり、ホール全体が別世界のように変わる。
彩が思わず感嘆する。
「政治家の晩餐会でも……ここまでの演出は、見たことがありませんわ」
「甘いものは、別腹でしょ?」
銀のワゴンには、みちるが特別に用意したプティガトーが並ぶ。
苺のミルフィーユ、濃厚なガトーショコラ、季節のモンブラン。
どれも、ひと目で“作品”だと分かるものだった。
「きゃー! こんなデザート、見たことない!」
千鶴が目を輝かせ、
美奈子も思わず頬を緩める。
「これは……レース前に食べたら、確実に太るわね」しかし
あやめが、ひとりひとりに浴衣を手渡していく。
「皆さまに、イメージぴったりのものを用意いたしましたわん♡」
すべて異なる意匠でありながら、女性らしさを最大限に引き出す生地だった。
別室で着替えた彼女たちが戻ると、ホールに艶やかな花が一斉に咲いたようだった。
最後に、ひまりが立ち上がり、原稿用紙を掲げる。
「今夜の宴と、三チームの出会いをテーマに……即興で書いてみたの。
タイトルは――“月下の走り姫たち”」
朗読が始まると、ホールは静まり返った。
ルナゴスペルも、アルテミスも、思わず聞き入る。
「……引き込まれるわ」と涼子が呟き、
「あれ、映画化されてもおかしくないよ」
あかねが真顔で言った。
晩餐会は、ただの食事ではなかった。
互いの世界を知り、敬意を抱くための時間だった。
雅や美奈子にとっては、なにより
彼女たちの自然な心遣いが心に沁みた。
やはり、彼女たちも“レディース”なのだと、改めて実感する。
走り屋としてはライバルでも、社会ではそれぞれの頂点に立つ者たち。
尊敬と刺激が、ホールを満たしていた。
この合宿は、単なるシミュレーションではない。
新型マシンのセッティングを詰める、重要な時間でもあった。
ピットには白衣の技術者が常駐し、各種機器が持ち込まれる。
「水温はギリギリ……でも、制御ラインは改良前より安定してる」
梓がノートPCを叩きながら報告する。
「ロータリーは、熱対策が必須ですからね。
エアインテーク周りを少し広げて、次はレースモード2で試しましょう」
宗子は迷いなく指示を飛ばす。
昼間の走行で得られた膨大なデータを夜に解析し、翌朝のセッティングに反映する。
理論と最新技術の積み重ねで、ロータリー+スーパーチャージャーは日ごとに完成度を増していった。
ルナゴスペルもまた、感覚とデータの差を詰めていく。
「昼間の立ち上がり、まだ暴れるな」
千秋が乗車感覚を伝える。
「高回転域に、少しビリつきがありますね。点火タイミングを調整しましょう。スーパーチャージャーの混合比が影響しているかも」
技術者が頷き、セッティングを変更する。
「夜との温度差が気になります」
涼子が率直に言う。
「なら、夜走るしかないでしょ」
彼女たちは、データよりも身体で覚える方法を選んだ。
夜になればテスト走行を繰り返し、ライダーの感覚に合わせて調整を続ける。
転んでも笑い、タイヤを焼き切ってもすぐ交換。
荒々しくも確実に、スーパーチャージャー直4は乗り手と共に育っていった。
最終日。
アルテミスのマシンは洗練され、ルナゴスペルのマシンは獰猛さを増していた。
どちらも、ただの機械ではない。
魂を宿した“戦友”だった。
合宿最終日・模擬レース
ピットに並ぶ十九台。
すべてが、ここまで走り抜いてきた顔をしている。
「これ以上、隠すものはないわね」
雅がヘルメットを手に微笑む。
「隠してなくても、勝つのはアタシたちよ」
美奈子が応じる。
そこへ、ひまりが紫のライディングスーツで現れる。
「さぁ~! 最終日のスペシャル模擬レース、始めましょ~♪」
拍手と笑い。
だが、空気は確実に張り詰めていく。
「十九台よ! 全員まとめて飛び出しなさぁい!」
旗が振り下ろされる。
爆音。
煙。
十九台が一斉に飛び出した。
先頭は雅。
美奈子が迫り、しおんが外から仕掛ける。
三チームが三つ巴で第1コーナーへ飛び込む。
電子制御、荒々しさ、意外性。
それぞれの色が正面からぶつかり合う。
「お互いの手の内を、全部知ってるからこそ……」
梓が歯を食いしばる。
「だから面白いんじゃない!」
美奈子が笑い、スロットルを開ける。
最終ラップ。
雅、美奈子、しおんが横一線。
チェッカー。
数センチの差。
勝敗を超え、十九台が走り切った光景に、拍手と歓声が湧いた。
「最高よ!」ひまりが花吹雪を撒く。
その夜、再び温泉へ。
「やっぱり湯が身体に沁みるわ……あの立ち上がりの加速、まだ忘れられない」
梓が湯船に腕を預けて微笑む。
「ふふ。私のインも、悪くなかったでしょう?」
美奈子が軽口を返す。
「二人の走り、まるで物語みたいだったよ」
千鶴が感嘆し、玲奈やひなたも頷いた。
一方、オネエ様たちは別棟の貸切風呂へ。
「アタシらが一緒に入ったら、お嬢様方が落ち着かないでしょ?」
笑い声とともに、炭酸泉や檜風呂を満喫する。
湯上がりに用意された冷酒と果実水は、後の晩餐会のお楽しみだった。
こうして、合宿は終わった。




