お嬢様 『大型バイクへの対応特訓と おとめ達の入浴』
三島の試練、セカンドステージの対策合宿。
アルテミス姉妹三チームが、熱海のサーキットに揃っていた。
目的はひとつ。
シミュレーション――そして、リッターバイク級の“怪物”に対抗するための身体作りだ。
数字や動画で分かった気になれるほど、現実は親切じゃない。重さと加速は、乗って追いかけて初めて牙を剥く。
その仮想敵役を頼んだのがルナヴァイオレットだった。
紫のスカジャン、縦ロールを揺らし、オネエリーダー・いずみが高笑いしながら登場する。
背後に並ぶ仲間たちは、全員が“
見た瞬間に嫌な予感しかしない”マシンに跨っていた。
「さぁ〜て! 元気出していくわよぉぉ〜ッ☆」
声が抜けた瞬間、空気が軽くなる――のに、油断はできない。
軽さの奥に、爪を隠してるタイプだ。
前に出たのは、ひまり。
ムードメーカーで、走りも言動もアクロバティック。
MT-10を一度あおって、わざと派手に空転させる。
「ねぇ見て、見て! 合宿ってこういうのよね? 身体が温まる前に心が温まっちゃうね!」
「練習前に騒ぐな!」
千秋のツッコミが飛ぶ。
「え、なに? 千秋ちゃん、ボクのこと好き?」
「黙って走れ!」
いずみは肩を揺らして笑い、軽く手を叩いた。
「はいはい、じゃあ“お勉強”始めましょ。今日はねぇ、怖いのを怖いままにしない練習よん♡」
――シミュレーション開始。
アルテミスは新型ロータリー改+電動モーター。
ルナゴスペルはZX-4RR改Ⅱ。
そしてルナヴァイオレットが先行し、“リッターの暴力”を再現する。
区間A:可動橋アプローチ
湿った鉄のグレーチング。
いずみのZX-10Rが、あえてスライドを誘発した。
「ほらぁ、ここ。握ったら負けよ? 焦った人から吸い込まれるから」
後続の視界が、微妙に乱される。
トラクションが戻る“瞬間”が、怖い。
梓が、淡々と声を落とした。
「慌てないで。モーター補正で一回、姿勢を作る。ロータリーはその後」
「さすが副総長、言い方が理科の先生だね」
ひまりが茶化しながら、橋の入口でわざとウィリー気味に入った。
「……危ない」
雅が言うより早く、ひまりは笑ったまま渡り切る。
「危ないんじゃないの。怖いのを“遊び”に変えてるんだよ」
アルテミス側に小さなざわめきが走る。
けれど妙に、肩の力が抜けた。
区間B:二層高架スパイラル
しおんのKBR1000RR-Rが、立ち上がりで一気に離す。
重さとトルクで引きちぎる、“正しいリッター”。
「追いつきたいなら、上半身で焦らないこと。ラインを、花をいけるみたいに整えて」
しおんの声は涼しい。
だが言っていることは厳しい。
美奈子が、風に煽られながら歯を見せる。
「……本番、これに加えて敵もいるんだよね。いいね、燃える」
「燃えるのはいいけど、焦げないでねぇ~♡」
いずみが笑って、先行の速度をほんの少しだけ上げた。
区間C:サイロ回廊(粉塵+スチーム)
みちるがミスト散布を起動する。
視界が溶け、センサー表示が踊る。
「はい来た。こういうの大好き。目がダメなら、勘で走しろうね」
彩が即答する。
「勘じゃなくて“目”。人間の目と、経験。今日はそれでいくわよ」
「かっこいい〜よ。 彩ちゃん、今のセリフ、絶対あとで回収してね? 小説みたい!」
「回収しない。走る」
ひまりは霧の中で片手運転を始め、わざと大きくジェスチャーした。
「みんなぁ、こっち向いて〜♡」
「向くな!」
千鶴が怒鳴る。
ひまりはウィリーでライトを高く掲げる。
「ほら、ボクが照明代わり♡ 怖いなら、明るくしてあげる!」
無茶のはずなのに、ラインが乱れない。
ふざけているようで、コントロールだけは完璧だ。
区間D:クレーン群テクニカル
あやめのBMWが先頭に出る。
重たい車体を感じさせず、減速姿勢が美しい。
「感情は否定しないけど、計算もいるのよ。ここはね、欲張らないでぇ」
美奈子が鼻で笑う。
「欲張るから面白いんじゃん」
「欲張っていいのは、出口が見えてるときだけよん♡」
しおんが続ける。
「ラインを揃えて。S字は美学よ。隊列は“ボーナス”になります」
アルテミスはそこで、シンクロ走行を試す。
梓がひまりの走りを横目に見て、ぽつりと言った。
「……意外性は、武器になる。リッター相手でも」
「だよね 教科書は読んだ上で燃やそうよ」
ひまりが笑って、次のコーナーへ滑り込む。
アルテミスサーキット 夜間訓練
夜。ピットロード。
爆音と旗。三チームの色が混じり合い、空気が熱を持つ。
「うふふ、合同ってやっぱりいいわねぇ。ね、雅様?」
いずみがわざと甘い声を投げる。
雅は微笑んだまま、ヘルメットを抱える。
「ええ。歓迎しますわ。存分に走りましょう」
スタート。
いずみがホールショットを奪う。
アルテミスは雅と梓が並走し、ルナゴスペルは美奈子がインへ突っ込む。
「下剋上、見せるよ!」
美奈子が叫ぶ。
「フフ。簡単に抜かせないわ」
しおんが割り込む。
三周目。
ひまりが千鶴とデッドヒート。
「ほらほら、付いて来れる!?」
「うるさいっ! 根性で喰らいつく!」
ストレートでは、エマとみちるが並ぶ。
「スピード勝負なら、負けませんわ」
「直線番長の力、見せてあげるわぁ♡」
最終ラップ。
いずみ、雅、美奈子。三つ巴で最終コーナーへ。
「トップはアタシがいただくわ!」
「上等、ぶち抜く!」
「……本気をお見せしますわ」
ロータリー+モーターのブーストが炸裂し、雅が一気に前へ出る。
同時にかわす。チェッカー。
「……速ぇ」
美奈子が笑う。悔しさより、楽しさが勝っている顔だった。
いずみがウィンクする。
「さすが雅様。でも、アタシたちもまだまだこれからよん♡」
雅は微笑み、短く言う。
「三姉妹の絆が、少し強くなりましたわね」
露天風呂
湯けむり。夜景。月光。
水面が揺れて、さっきまでの爆音が遠い。
「やぁ〜ん、やっぱ走った後はコレよねぇ〜♡」
いずみが髪をかき上げ、堂々とポーズを取る。
「わたし、厨房借りてモンブラン作ったのよ」
みちるが甘い笑みを浮かべる。
「花と温泉……風流ね」
しおんが扇子を開く。
「浴衣も用意してるわ」
あやめが静かに言う。
「ねぇねぇ、“美女たちの夜の密談”ってタイトルどう? ベストセラー確定♡」
ひまりが弾ける。
「あなたの場合、入浴だけで映画化よ」
「きゃは♡ もっと言ってぇ〜!」
笑い声が湯気に混じって、夜に溶けていく。
それでも、この合宿が“遊び”だけでは終わらないことを、全員が分かっていた。
合宿所の夜は、続く。
次の舞台の重さを、軽口で包みながら。




