お嬢様 『三島試練用のニューマシーン』
アルテミス本部ラウンジ。
アルテミス、ルナゴスペル、ルナヴァイオレット――三チームの代表が揃い、壁面スクリーンには三島のホログラムが投影されていた。
彼の手にあるのは、例の手描き風スケッチマップ。几帳面とは言い難い線だが、不思議と情報は過不足なく詰まっている。
「次の第2ステージまで、あと二か月だ」
三島はそう前置きしてから、スクリーンに視線を走らせた。
「舞台は京浜臨海。“鉄と灯のラビリンス”。夜の港湾よりも広く、立体交差、可動橋、サイロ回廊、フェリーランプ……多層構造のコースになる。
第1ステージで“実力を示した”諸君には、今度は連携と状況対応力を見せてもらう」
説明を聞きながら、雅は無言で頷いていた。
広い、複雑、そして滑りやすい――条件だけ聞けば、嫌な予感しかしない。
その空気を読んだように、梓が手を挙げる。
「三島さん。一つ、伺ってもよろしいでしょうか」
声は落ち着いているが、内容は核心を突いていた。
「私たちは免許の関係で、中型二輪に限定されています。前回はその条件を尊重し、400ccで挑みました。しかし今回のコースは、勾配、重量負荷、港湾特有の湿気……この条件下では、不如帰や外国勢の大型車に対抗するのは厳しい」
言い訳ではない。判断材料の提示だ。
「そこでお願いがあります。“中型二輪の枠内”であれば、チューニングやパワーアップを認めていただけませんか」
数秒の沈黙。
三島は薄く笑い、梓を見た。
「……なるほど」
頷きは、早かった。
「免許の制約を超えず、最大限を引き出す。いかにもお前らしい発想だ。よかろう。次のステージでは、400cc以内での改造・チューニングを許可する」
ただし、と続く。
「性能を上げるほど、制御は難しくなる。その牙を扱えるかどうか――それも試練の一部だ」
言葉が終わると同時に、空気が変わった。
エマが息を呑み、宗子と琴音が小さく拳を握る。
ルナゴスペルの美奈子も、ゆっくりと頷いた。
「……やっと本気を出せるわね」
雅は静かに立ち上がる。
「では、この制限の中で最高を示しましょう。アルテミスも、ルナゴスペルも」
アルテミスビル3F ルナゴスペル専用ガレージ
蛍光灯の下に並ぶ七台のZX-4RR改。
前回の試練を越えたとはいえ、満足している者はいなかった。
「第2ステージは、完全にパワー勝負になるわ」
椅子に腰掛けた美奈子の言葉に、視線が集まる。
「軽さとレスポンスじゃ負けないけど……」
涼子が工具を弄びながら続ける。
「トップスピードと加速では、どうしてもリッター勢に押される」
「だからスーパーチャージャーだろ?」
千秋がホワイトボードの図面を指す。
中山マフラー、小型スーパーチャージャー、新設計の吸排気。
「排気を抜いて、過給で押し込む。理論上は四割増し……ただし」
沙耶香が口を挟む。
「熱。高回転域でダレたら意味がない」
「そこは冷却系を盛るわ」
玲奈がノートPCを開き、グラフを映す。
「インタークーラーとオイルライン増設で、シミュレーション上は問題なし」
跳ね上がる曲線を見て、ひなたが拳を握る。
「これなら……やれる」
美奈子が立ち上がり、ホワイトボードに大きく書いた。
――ルナゴスペル改造計画。
「中山マフラーで心臓を解き放ち、スーパーチャージャーで翼を得る。
これが、私たちの答えよ」
「了解!」
声が揃った。
木田技術開発研究所・第3研究室
「山口主任、出来ているかしら?」
「お嬢……いや、専務。完成してますよ。木田初、バイク用ロータリーです」
なぜアルテミスがロータリーに着目したのか。
理由はいくつもある。
レギュレーション。400ccロータリーは、排気量換算でも400cc。
コンパクトで軽量、部品点数も少ない。
そして何より、回転運動そのものが生む運動特性。
欠点は、燃費と耐久。
だが、それは過去の話だった。
低域トルクは電動モーターで補い、燃費はVTEC、スーパーチャージャー、新開発オイル、W点火で解決する。
結果――15000rpm、130ps。
400ccの皮を被った怪物だった。
熱海アルテミスサーキット
コースサイドでは、ルナヴァイオレットが並んで腰掛けている。
縦ロールを揺らすいずみが、大きく手を振った。
「さぁお嬢様方!その新しい翼、アタシたちに見せてちょうだいなぁ♡」
ロータリーの甲高い咆哮。
スーパーチャージャーの吸気音。
電動アシストの鋭い立ち上がり。
「……この音」
真っ先に反応したのは、しおんだった。
「ええ。あの伝説のF1、RA125E/B。キダミュージックそのものね」
いずみも、思わずうっとりする。
「たまらないわねぇ……」
雅が応える。
「偶然ですけれど、ロータリーと中山マフラーの相乗効果ですわ。嬉しい誤算ですね」
一方、ルナゴスペルのZX-4RR改Ⅱ。
40%出力アップ仕様が、獣のように唸る。
「準備OKよ!」
「……食らいつく!」
スタート。
アルテミスが飛び出し、ルナゴスペルが追う。
「立ち上がり、美しすぎるわ!」
「ブースト信じて突っ込みなさい!」
「音が……芸術ねぇ」
「燃えるわぁ♡」
直線、最終コーナー。二台が海風を切り裂いて並ぶ。
雅のマシンは安定し、美奈子は限界まで攻める。
――まだ、伸びる。そんな予感だけが残った。
初テスト走行会は、静かな熱を残して終わった。




