お嬢様 『オネエ様達の意外の職業』
ベイブリッジを背に、港の無数の灯りがアスファルトを淡く照らし出していた。
光は揺れ、風は冷たく、街は静かに息をしている。
完成したばかりのルナヴァイオレット――
五台のマシンが、アルテミスビル地下ガレージからゆっくりと姿を現した。
艶やかな紫を基調に、それぞれの個性を宿したカスタム。
同じ色でありながら、同じではない。
五人の生き方そのものが、金属と塗装に刻まれていた。
「ふふっ……いよいよお披露目ってわけね♡」
縦ロールを夜風になびかせながら、リーダー・いずみがハンドルを軽く叩く。
その仕草には、誇りと少しの照れが混じっていた。
「夜風に似合うでしょ、あたしたち!」
香澄がエンジンを吹かす。
低く、高鳴る音が港に反響し、空気が一気に色を変えた。
横に並ぶアルテミスは、KIDA-RS400ルナ改で整然と整列。
さらにその横、ルナゴスペルはカワサキ・ニンジャZX-400RR改の回転数を揃える。
三つのチーム。初めて、同じ列を組んだ瞬間だった。
「準備はいい?」
先頭に立つ雅が、振り返らずに問いかける。
「もちろん!」
「任せて♡」
「もうアクセル開きたいわ!」
ルナヴァイオレットの声が、重なって弾む。
「横浜の夜景が……私たちのステージね♡」
いずみの声に、仲間たちが笑顔で応じた。
それは、ただの走行ではなかった。
仲間として肩を並べ、同じ夜空を駆け抜ける――
新しい絆を刻み込む、静かな儀式だった。
ヘルメット越しに、アルテミスもルナゴスペルも、自然と口元を緩めていた。
「これからは、共に走る仲間だ」
その想いが、横浜の夜に溶けていく。
三チームは、ベイブリッジの上で並んで停車した。
紫のバイクを揃えたルナヴァイオレットの五人が、ヘルメットを外す。
夜風が、頬をなでる。
「……すごい……」
茜が、息を呑むように呟いた。
「こんな景色の中を走ったの、初めて」
「横浜の夜って……こんなに美しかったのね♡」
いずみが感慨深げに髪をなびかせる。
「この景色はね」
雅が、穏やかに答える。
「仲間と一緒に走るからこそ、美しいの」
その言葉に、美奈子も静かに頷いた。
「……ひとりじゃ、たどり着けなかった場所だもんね」
彩が一歩前に出て、真っ直ぐルナヴァイオレットを見る。
「私たちは、これから一緒に走り続ける。
だから――もう横須賀の異端児じゃない。
横浜の、仲間よ」
その一言で、五人の瞳が潤んだ。
沙羅が照れくさそうに笑い、拳を胸に当てる。
「こんな夜を知っちゃったら……もう後戻りなんてできないわ」
港の風が吹き抜ける。
紫、白、そして黒――
三つの旗が夜に揺れ、横浜の未来を静かに照らしていた。
その夜。
横浜の街は、ざわめいていた。
アルテミス、ルナゴスペル、ルナヴァイオレット。
三チームが並んで夜を駆け抜ける姿を、多くの人が目撃したからだ。
山下公園で肩を寄せ合っていたカップルが、光の列を見上げて足を止める。
「ねえ……見た?」
「映画みたいだな……いや、映画よりすごい……」
紫の特攻服をなびかせ、五台のマシンが港を滑るように走り抜ける。
人々は、ただ目を奪われた。
山下公園で見上げていた若者たち。
「えっ……なにあれ……紫のライン入ったマシン、めちゃくちゃカッコいい!」
「オネエさんたちって聞いてたけど……完全に女神ライダーじゃん!」
赤レンガ倉庫の前で、カメラを構えていた観光客。
「ほら見て! あの子、ピンクの木田KBR1000RR-Rよ!」
「でも……あっちのZX-10R改、攻めすぎ! なのに乗りこなしてる……」
首都高を走っていたタクシードライバーも、思わず呟く。
「派手なのに……下品じゃねえ。あれは……舞台だな……」
SNSは、瞬く間に溢れ返る。
《ルナヴァイオレット、ヤバすぎ》
《オネエなのに美しい走りって何?》
《アルテミスが神々なら、舞踏会の女王たち》
《紫の嵐、横浜降臨》
かつて敵視していた者すら、画面越しに息を呑んだ。
「……本物のカリスマって、ああいうことか」
人々の目に映ったのは、暴走族ではない。
横浜を守り、誇りを示す――女神たちの姿だった。
その足で、三チームはアルテミスの拠点ビルへ戻る。
五階ラウンジ。
窓の外には港の夜景。
長いテーブルには、世界中の料理が並ぶ。
最初にグラスを掲げたのは、雅だった。
「今日は……横浜を守った日。
三チームの力が一つになった証として――乾杯を」
「乾杯ーっ!」
二十人の少女たちの声が重なり、グラスが澄んだ音を立てる。
やがて場はほどけ、笑い声が増えていく。
ガールズトークが始まる。
「恋愛? アタシは美しいものしか愛せないの。つまり自分自身よ!」
「ナルシストかい!」
笑いが弾む。
仕事の話になり、驚きが走る。
「ル・シャルダンのオーナー……?」
「横須賀で予約が一年待ちの……?」
「皆さんなら、いつでもウェルカムよぉ♡」
名刺が配られ、空気が一段と柔らぐ。
華道の宗家、ケーキ屋の本店オーナー、呉服の跡取り、人気小説家――
そして、
「今度、アルテミスを主人公にした小説を書きたいの」
一瞬、場が凍る。
「ちょ、ちょっと待って……!」
その隙間で、美奈子が小さく呟いた。
「……なんか、うちらだけ場違いじゃない?」
いずみが、珍しく真顔になる。
「何言ってるのよ。あなたたちは自由で、熱くて、縛られない。
それが美なの。雅さまたちが、一番信を置いてるのが――あなたたちよ」
美奈子は、はっと息を吸い、
「……ごめん。そして、これからもよろしく」
雅は、何も言わず、ただ温かく二人を見守っていた。
月は高く、
三つの色は、確かに結ばれていた。




