お嬢様 『夜に咲く紫の薔薇』
数ではまだ劣っていた横浜連合。
だが、梓の緻密な作戦のもと、全軍は無駄なく動いていた。
「全体を散らして。アクシスを三つに分けて、各個撃破するわ!」
インカム越しに響く梓の声は、冷静で鋭い。
その指示に応じて、アルテミスの白い車列が蛇のように舞い、敵陣を鋭く切り裂いていく。
先頭を走るのは、総長・雅。
「ここで決めるわよ! みんな、ついてきて!」
横からは不如帰、川崎、横須賀の走り屋たちが次々に突入した。
だが、まだ押し切れないでいた。
そのとき——紫の稲光が戦場を貫く。
「美しくない戦いなんて、退屈だわッ!」
いずみオネエ様率いるナイトヴァイオレットが、縦ロールを揺らしながら前線に乱入する。
紫の特攻服が夜空を染める炎のように広がり、艶やかな排気音が敵を圧倒していく。
「オネエ流・華麗なる乱舞ッ! まとめて散りなさいッ!」
仲間たちも気合いの声を上げる。
「アタシたちの紫旋風、見せてあげるわァ!」
ナイトヴァイオレットの突撃は、まるで舞踏会のダンス。
その一撃一撃が敵隊列を吹き飛ばし、ブラッディ・アクシスの前衛を崩壊させていく。
「今よ、全軍突撃!」
梓の合図に合わせて、アルテミスが中心で舞い、横浜連合が波のように押し寄せる。そしてナイトヴァイオレットが、紫の刃となってトドメを刺す。
その瞬間、戦況は完全に逆転した。
敵陣は混乱し、阿仁屋の叫びが虚しく夜に響く。
「バカな……数では勝っていたはずだァ!」
だが勝敗を分けたのは、数ではなかった。
戦略と美学、そしてこの街を守るという誇りが、東京の野望を打ち砕いたのだ。
紫の乱舞が戦場を覆い、ブラッディ・アクシスは総崩れとなった。
だが、ただ一人。最後まで倒れずに残った男がいた。
阿仁屋修羅。
漆黒のYZR1000を駆り、全身から放つ威圧感は群を抜いていた。
「小細工で俺の軍を崩したつもりか……だが、横浜を屈服させるのに、俺一人で十分だ!」
その言葉に応えるように、雅がKIDA-RS400を前に出す。
「阿仁屋……ここで決着をつけましょう。横浜は渡さない!」
背後には、アルテミスの仲間たち——梓、麗子、宗子、琴音、エマ、あかね、彩が揃う。全員が横一列に並び、雅を守るようにバイクを構えた。
「総長一人に戦わせるなんて、私たちの誇りが許さないわ」
梓の声が鋭く響く。
「アルテミスは、八人で一つよ!」
麗子の叫びとともに、全員がアクセルを吹かす。
戦端が切られた。
阿仁屋が猛獣のように雄たけびをあげ突進する。
1000ccの重圧が火を噴き、雅たち圧をかける。
「踏み潰してやるッ!」
雅はすかさずハンドルを切り、ツバメのように華麗にすり抜ける。
「まだまだッ!」
(俺は、こんなところで終わるはずがない)
仲間たちが次々に連携を仕掛け、左右から阿仁屋を挟み込む。
宗子がスライドターンで進路を塞ぎ、あかねが鋭いブレーキングで牽制。
エマは挑発するように煽り、琴音は正確なカットインで進路を奪う。
「うっとしい、小娘どもがァ!」
阿仁屋の怪力ライディングがうなり、重戦車のようなCBRが仲間たちを次々弾き飛ばす。
(最初からわかっていた。この世界に踏み込んだ以上避けられない事も。でも私達は、この世界を変える。古いしきたりも全て・・)
そう思いながら雅は、最後の気力を奮い立たせる。
「彩、左から!」「任せて!」
二人の声が重なり、華麗なクロスアタックが阿仁屋を翻弄する。
それでも、阿仁屋は止まらない。
「この俺を止められるものかァアア!」
まるで鬼神のように暴れ回る。
そのとき——雅の瞳が鋭く光った。
「みんな、ありがとう。ここからは私が決める!」
仲間たちが一斉に道を開ける。
雅は単騎で突撃。
400ccとは思えぬ加速で、1000ccの巨体へ真正面から挑む。
「総長! 危ない!」
仲間の声が飛ぶが、彼女は振り返らない。
ぎりぎで、雅はフルバンクでバイクを傾け、地面すれすれに滑り込み、阿仁屋の死角へ突入。
「これがアルテミスの走りよ!」
ハンドルを切り返し、サイドから衝撃的なタックル。
YZR1000がバランスを崩し、阿仁屋の体が大きく揺れる。
「ぐっ……ば、馬鹿なァア!」
巨体が地面に叩きつけられ、阿仁屋はついに倒れた。
血走った目で雅を睨みつける阿仁屋。
「……クソッ、小娘ごときが……この俺を……」
その手はなおも地を掻き、立ち上がろうとする。
だが、バイクは沈黙し、彼の体も限界を迎えていた。
「阿仁屋……もう終わりよ」
雅が静かに告げる。
「俺は……関東を制覇する男だ! 横浜ごときに屈するものかァアア!」
しかし阿仁屋に最後の瞬間が訪れる。
次の瞬間、横浜連合の無数のヘッドライトが一斉に彼を照らす。
暴走族たちの視線が、阿仁屋を射抜いた。
「お前の時代は終わったんだ」
不如帰のリーダーが吐き捨てるように言い、
いずみオネエ様が腕を組んで見下ろす。
「美しくもなく、強くもない男は……消えるしかないのよ」
その言葉を合図に、阿仁屋の取り巻きたちは次々と逃げ出す。
赤い旗が、無惨に地に落ちた。
「まだだ……! 俺は関東の覇者になる男だ! ついて来い、てめぇらァ!」
必死にあがく阿仁屋。
だがその背後に、もう誰一人として立ってはいなかった。
「おい……ちょっと!なぜ誰もこない」
喉が裂けるほど叫んでも、誰も振り向かない。
「阿仁屋……あなたは“恐怖”でしか人を縛れなかった。だからこそ、最後には誰も残らないのよ」
雅の言葉に、阿仁屋の顔が絶望に歪む。
「俺が……一人だと……?」
仲間に見捨てられた男は、ただ無様に膝をつくしかなかった。
戦いの後、横浜の港の倉庫街に設けられた臨時ミーティングルーム。
そこに現れたのは、紫の特攻服をひるがえすナイトヴァイオレットのリーダー・いずみオネエ様と、その仲間たちだった。
雅は静かに立ち上がり、深く頭を下げる。
「いずみさん。今回の抗争は、あなたたちの力があったからこそ、横浜を守ることができました。私たちにできることがあれば、なんでもおっしゃってください。」
すると、いずみオネエ様はふわりと笑い、手を軽く振った。
「雅さん、そんなに堅くならないで。アタシを呼ぶときは“いずみちゃん”でいいのよ♡」
そして、少し真剣な表情に変わると、仲間たちを背にして言葉を続けた。
「アルテミスの皆さん……アタシたちは、いわゆる“性同一性障害”ってやつで、ずっと異端者扱いされてきたの。心は女なのに、体は男。だから“レディース”にはなれなかった」
後ろのメンバーたちも、静かにうなずく。
「でもね、そんなアタシたちだからこそ、あなたたちの走りに惹かれたの。速さだけじゃない、美しさと誇りを持って走るその姿に、心を奪われたのよ」
いずみは一歩前に出て、真っ直ぐ雅を見つめた。
「だからお願い。私たちを、アルテミスの傘下の片隅でもいいから加えてちょうだい。あなたたちと一緒に、走りたいの」
その言葉に、場が静まり返る。
ナイトヴァイオレットのメンバーは、緊張した面持ちでうつむいた。
しばらくの沈黙のあと、雅が一歩前に出る。
「いずみさん……いえ、いずみちゃん。残念だけど、傘下にはできません」
その言葉に、ナイトヴァイオレットの面々が顔を伏せる。
だが、雅は微笑んで続けた。
「傘下にはできない。でも、あなたたちには“ルナゴスペル”と同じ、アルテミスの友好団体になってもらいたい。そして、新しい名前を贈ります。“ルナヴァイオレット”。私たちの姉妹として、これからも一緒に走ってほしい」
その瞬間、ナイトヴァイオレットのメンバーたちの目に涙が浮かぶ。
「雅さまぁぁ♡ やっぱりアタシの目に狂いはなかったわ!」
「アルテミスの姉妹だなんて……最高の名誉よ!」
いずみが感極まって手を握りしめると、梓が横から静かに口を挟んだ。
「ただし、アルテミスの理念を理解してもらいます。力や美しさだけじゃない。守るべきもののために走る。それが、私たちの誇りです」
「もちろんよぉん♡ アタシたち、もう心はとっくにアルテミス一色よ!」
笑いと拍手が広がる中、いずみが高らかに宣言する。
「これよりアタシたちは、ルナヴァイオレット! アルテミスの姉妹として、美しく、誇り高く、走り続けるわよォ!」
こうして、ナイトヴァイオレットは正式にアルテミスの友好団体“ルナヴァイオレット”として、横浜連合の一翼を担うこととなった。
夜明けの港に、紫と白の旗が並んで翻る。
それは、ただの勝利の証ではない。
信念と美学で結ばれた、新たな絆の始まりだった。




