お嬢様 『聖凰華学園祭と黒の刻印』
アルテミス本部の扉が開くと、あたたかな空気が流れ込んだ。
旅を終えたメンバーたちが、イタリアの陽光をまとったまま戻ってきたのだ。
「みんな、帰りましたよ」
あかねの明るい声に、部屋の空気が一気に華やぐ。
ルナゴスペルの面々が顔を上げ、笑顔で迎え入れた。
「おかえりなさい、総長」
「ただいま。みんな元気にしてた?」
雅が穏やかに微笑むと、部屋のあちこちから「おかえりなさい!」と声が上がる。久しぶりの再会に、自然と笑い声がこぼれた。
旅の話は尽きなかった。
ムジェロでのレース、アントニオ師匠とベグナー師匠との再会、そしてローマ旧市街での激闘。
ルナゴスペルのメンバーは目を輝かせながら、まるで映画のワンシーンのような話に聞き入っていた。
「へぇ、あの師匠たちと本当に走ったんだ……」
「うん、全力でね。でも、それ以上に得たものがあったわ」
雅の言葉に、部屋の空気が少しだけ引き締まる。
その余韻を断ち切るように、彼女は手を叩いた。
「それでは、お土産贈呈会を始めますわ」
ぱっと空気が明るくなり、アルテミスのメンバーが次々と包みを取り出す。
梓は、美奈子にエルメスのスカーフを手渡した。
淡いベージュに金糸が織り込まれた上品な一枚だった。
「これ、似合うと思って選んだの」
「えっ、エルメス!? あたしに……似合うかな……」
美奈子は頬を赤らめながらも、嬉しそうにスカーフを広げた。
彩は千秋に、プラダのポーチを差し出す。
「落とさないようにね。これ、けっこう高かったから」
「うぅ……これは死んでもなくせないやつ……」
千秋の真剣な顔に、場がどっと笑いに包まれる。
エマは涼子に、サンタ・マリア・ノヴェッラのコスメセットを手渡した。
「最近、綺麗になったから。もっと磨きをかけてね」
「……あざす」
涼子は照れくさそうに目を伏せながらも、手の中の箱を大切そうに抱えた。
麗子は沙耶香に、ドルチェ&ガッバーナのジャケットを。
「デートのときにでも着なさいよ」
「これ着て、男おとしまス!」
沙耶香の気合に、みんなが拍手を送る。
琴音は千鶴に、ヴェルサーチの財布を差し出した。
「食べてばっかりじゃなくて、少しは貯金しなさいよ」
「……なんかレシートばっかり貯まりそう……」
しょんぼりする千鶴に、琴音が苦笑いを返す。
宗子は玲奈に、グッチのショルダーバッグを。
「これ、ずっと欲しがってたでしょ?」
「……夢だったんです」
玲奈は目を潤ませながら、そっとバッグを抱きしめた。
あかねはひなたに、フェラガモのサングラスを手渡す。
「これで大人の仲間入りだね」
「わぉ! 似合う? ねぇ、似合うでしょ?!」
ひなたは鏡を覗き込みながら、くるくると回ってみせた。
そして最後に、雅が黒い封筒を取り出した。
「こちらは、私から皆さまへ、聖凰華学園祭のブラックインビテーションです」
その言葉に、ルナゴスペルの面々が息を呑んだ。
聖凰華の学園祭には、黒・赤・青の三種の招待状がある。
中でも“黒”は最上級。来賓や関係者にしか配られない、いわばプラチナチケット。
全イベントに自由に参加でき、飲食もすべて無料。
青ですら入手困難な中、黒はまさに別格だった。
「で、総長たちも何か出し物やるんスか?」
「ええ、もちろん。ですが......内容は、当日のお楽しみですわ」
学園祭当日。
ルナゴスペルの7人は、もらったお土産を身につけ、少し緊張しながら聖凰華の正門をくぐった。
その瞬間、目の前に広がった光景に、誰もが言葉を失った。
広大な中庭には、シャンデリアが輝くドームテント、噴水の周りには一流パティシエ監修のスイーツブース。
体育館は舞踏会ホールに変貌し、オペラ歌手の歌声が響いていた。
「……な、なんだここ……」
涼子がぽつりと呟く。
「展示会ってより……貴族の社交場だね」
玲奈が苦笑しながら答える。
千鶴はすでにスイーツの香りに夢中だった。
「やばっ……ケーキの層、7段重ね! 食べていいのこれ!?」
「お前はホント、食い気しかねぇな……」
沙耶香が呆れながらも笑う。
そのとき、アルテミスの面々が優雅に現れた。
「ようこそ、聖凰華の学園祭へ」
雅の一言に、空気が一瞬で引き締まる。
「今日はお客様として、心から楽しんでくださいね。また後ほどお会いしましょう」
聖凰華の学園祭は、まさに夢のような空間だった。
ルナゴスペルの7人は自然と散らばり、それぞれの興味に導かれるように歩き出す。
千鶴は甘い香りに誘われ、チョコレート噴水の前で足を止めた。
世界大会で優勝したショコラティエが監修したというブースには、フルーツやマカロンが美しく並び、まるで宝石のように輝いている。
「見て見て! これ、全部ディップしていいんだって!」
千鶴は目を輝かせ、次々とチョコレートにくぐらせては、うっとりとした表情で味わった。
「やばっ……口の中で溶ける……!」
その様子を見ていた琴音が、少し心配そうに声をかける。
「そ、そんなに食べて大丈夫なの……?」
「だって……美味しすぎるんだもん……!」
千鶴は両手いっぱいにスイーツを抱え、幸せそうに笑った。
一方、ひなたはクラシックオーケストラの演奏が行われている特設ステージに足を運んでいた。
本物のヴァイオリンの音色に、彼女は子どものように目を輝かせ、リズムに合わせて体を揺らす。
「わぁ〜……すごい……!」
最前列で夢中になっているひなたに、エマがそっと近づき、耳打ちする。
「もう少し静かに……ね?」
「う、うん……ごめん……!」
照れくさそうに頷きながらも、ひなたの目はステージから離れなかった。
美術館棟では、「未来ファッション展」が開催されていた。
玲奈はエマと並んで、世界的ブランドの最新コレクションをじっくりと眺めていた。
「この布……織りが立体的に変化してる。すごい……」
「ええ、私の母のコレクションにも似たものがあるわ」
ふたりの会話は、まるでプロのデザイナー同士のようだった。
周囲の観客たちも、彼女たちの洗練された佇まいに目を奪われていた。
体育館の一角では、最新のAR格闘ゲーム体験ブースが設けられていた。
涼子は興味津々でヘッドセットを装着し、体ごと動かして次々と相手を撃破していく。
「へぇ〜、これ面白いな……!」
「おいおい、強すぎるだろ!」
現地の生徒たちが悲鳴を上げる中、最後にはアルテミスの宗子と対決。
会場は大歓声に包まれた。
中庭では、国際交流パビリオンが開かれていた。
美奈子は他国の生徒たちと自然に打ち解け、気がつけば留学生グループの中心にいた。
「なるほど、お前らの国のレース事情はそうなのか」
その姿は、まるで現地レーサー同士の作戦会議のようで、周囲の空気を自然とまとめていた。
そして、屋台エリア。
香ばしい匂いに誘われて、ルナゴスペルの数人が焼き栗の屋台に並んでいた。
「うわぁ、焼き栗まである! 美味しそう〜!」
ひなたが目を輝かせたそのとき、屋台を仕切っていた上級生らしき女子たちが、冷ややかな視線を向けてきた。
「……ちょっと。あなたたち、言葉が乱暴すぎない?」
「“うわぁ”とか“美味しそう”とか……下品。ここは聖凰華よ?」
その声音には、明らかな侮蔑がにじんでいた。
涼子の眉がぴくりと動く。
「なんだと……?」
一歩前に出かけたその瞬間、美奈子がさりげなく手を伸ばして彼女を制した。
「待て、今は騒ぐな」
千鶴は困惑したように焼き栗を見つめ、小さな声で呟いた。
「……でも、食べたいのに……」
そのとき、千秋が静かに前に出た。
彼女はカバンから黒い封筒を取り出し、無言で屋台の生徒たちに差し出す。
黒地に金の紋章が刻まれた、聖凰華学園祭のブラックインビテーション。
それを見た瞬間、相手の顔色が一変した。
「こ、これは……!」
「ブラック……本物の……!」
慌てて背筋を伸ばし、笑顔を作る生徒たち。
「大変失礼いたしました! こちら、すぐにお好きなだけお取りします!」
さっきまでの高圧的な態度はどこへやら、今では必死に頭を下げている。
「ふん、やっぱりモノを知らねぇやつはこうなるんだな」
涼子が肩をすくめると、ひなたは焼き栗を受け取ってにこにこ笑った。
「やったぁ! いただきまーす!」
沙耶香は栗を一粒放り込みながら、軽く笑う。
「やっぱりこういう場は、“身分”ってやつがものを言うんだな」
美奈子は腕を組みながら、千秋に目を向けた。
「ま、こういうときこそ冷静にだな。千秋、助かった」
「……こういうのは、想定済みだよ」
千秋は涼しい顔のまま、封筒をそっとしまった。
少し離れた場所で、その様子を見ていたアルテミスの面々が、静かに微笑んでいた。
「やっぱり、あの子たち……肝が据わってるわね」
雅の言葉に、梓も頷く。
「うん。あれなら、どこに出しても恥ずかしくないわ」
聖凰華の空の下、ふたつのチームの絆は、確かに深まっていた。




