お嬢様 『聖凰華女学院ローマ行啓録』
聖凰華女学院の修学旅行は、高校は毎回イタリアローマと決まっている。特にS組は、外交の一環として途中ローマ教皇との謁見式も組まれている。
これは、古くは安土・桃山時代の天正遣欧少年使節に由来した女学院の伝統的行事日程によるものであるが、VIP待遇なので生徒たちには楽しみな行事であった。
成田空港のVIP専用ゲート.....一般客が使う出国ゲートとは完全に隔離された、外交団や皇室専用ルートに並ぶ特別施設に、超お嬢様学園の生徒たちが集っていた。
制服は式典仕様の日本にちなんだ桜色ノブレザーに白いスカート。胸元にはそれぞれの家紋を象った金色のエンブレムが輝き、まさに貴族学校のような雰囲気を放っている。
玄関前には、リムジンや黒塗りの送迎車が次々と到着。
少女たちは、普段と変わらぬ優雅な立ち居振る舞いながらも、そこは修学旅行。生徒たちは、期待で胸を弾ませていた
「いよいよですわね、イタリア……芸術の国!」
エマが目を輝かせ、フランス語交じりの柔らかい口調で囁く。
「ローマは古の政治と歴史の中心……。古代の都を歩くなんて、胸が高鳴るわ」
麗子は一歩引いた姿勢ながらも、深い知識を披露して皆を感心させる。
チェックインは通常の航空会社カウンターではなく、特別待合室でパスポートを預けるだけ。
用意されたのは、三条財閥傘下の航空会社三条エアラインのエアバスA-380の特別仕様機、通常最大800人搭乗可能なこの機体を改造してオールファーストシート定員150名のVIP用航空機にしている。
広々とした客室はまるで高級ホテルのラウンジのように設えられ、この機専属のシェフ用キッチンまである。
「普通の修学旅行とちょっと違いすぎない?」
苦笑するのは宗子。だが、バイク談義になると目を輝かせ、
「ローマ近郊には旧市街を利用したクラシックレースのコースもあるのよ、ちょっと見てみたいわ」
と既に視察の目線を光らせていた。
機内では、梓が持ち込んだ最新式タブレットでイタリアの街並みシミュレーションを投影。
「ルートはこんな感じ。観光と研修のスケジュールはぎっしり詰まっていますわ。でも裏では……例の試走も組み込んであるから、心の準備をしててくださいね」
とウィンク。
「さすが副総長、抜かりがないですわね」
雅が微笑むと、仲間たちは自然と背筋を伸ばした。
生徒たちが乗りこむと、割り当てられたシートにCAたちが案内する。
通常修学旅行は、教師にとって楽しみである反面、生徒たちの動向にも注意しなければならないのだが、ここではその心配もなくほぼ100%で観光旅行を楽しめるのだ。
簡単な挨拶と注意事項がチーフパーサーからアナウンスされたあと、エンジンが低く響き始める。
やがて機体は滑走路を走り出し、下方に光輝く夜の東京を眺めながら離陸した。
離陸後すぐにディナーが配膳され食事が済むと機内の灯りは落とされ時差ぼけをすこしでも無くすため睡眠時間が取られる。飛行機は北極圏をまわり一路ローマに向かう。
成田からチャーター機で約13時間。
学園の修学旅行団80人がローマのフィウミチーノ空港に降り立った。
空港には、イタリア政府の車列と警護官が待ち受けていた。
海外経験豊富なABCクラスの生徒たちも、思わず顔を見合わせる。
「……空港に政府の要人が出迎えなんて、家族旅行でもなかったわ」
「国賓みたい……これが“学園の力”ってやつなのね」
彼女たちはただの観光旅行ではないことを悟る。
だが、Sクラスの20人は堂々と微笑み、自然体で歩く。
その姿は他のクラスの生徒にとって、同じ高校生とは思えぬ風格を帯びていた。
ホテルに着けば、ABCクラスは十分豪華なツインルーム。
それでもSクラスの専用スイートフロア、専用エレベーターを見て、
「やっぱり……特別なのね」と小声で漏らす者もいた。
夜の歓迎パーティー。
ABCクラスの生徒も、オペラハウスの晩餐会さながらの雰囲気に胸を高鳴らせる。しかしSクラスは中央のテーブルで各国要人と並び、英語やイタリア語で会話する姿を見せつける。
「……同じ学年、同じ制服なのに、あの人たちはまるで別の世界にいるみたい」
そんなささやきがABCクラスの中で広がっていた。
翌朝ローマの青空の下、学園一行は二手に分かれた。
ABCクラスは、大型バスに乗り込むと、ガイドが流暢な日本語で案内を始める。
「まずはコロッセオへ、その後はトレビの泉、スペイン広場へ」
窓からの景色に歓声があがり、スマートフォンや高級カメラを構える少女たち。
「やっぱり本場は迫力が違うわ!」
「このあと、ブランド通りでお買い物もできるのよね?」
楽しげな笑い声が広がり、典型的なお嬢様の観光旅行の空気が流れる。
一方、アルテミスを含むSクラス20名は専用の小型高級バスに乗り、
静かな緊張感の中でバチカン市国へと向かっていた。
バチカン大聖堂前には、枢機卿や警護兵が整列し、彼女たちを迎え入れる。
「……なんだか、私たち外交団みたい」
と彩が小声でつぶやくと、麗子が微笑んで答える。
「当然ですわ。教皇謁見とは、各国元首並みの待遇ですもの」
堂内に足を踏み入れると、厳かな空気に自然と背筋が伸びる。
アルテミスたちは、一糸乱れぬ礼法で謁見の間に進み、ローマ教皇との特別な対話が始まるのだった。
サン・ピエトロ大聖堂の奥、謁見の間。
金色のモザイクと天井画が光を反射し、厳粛な静けさが広がっていた。
20名のSクラスの少女たちは、深紅の絨毯の上をゆっくりと進む。
その足取りは、まるで国家元首の公式参列のように整っていた。
やがて、白衣の法王ローマ教皇が玉座に現れると、場の空気はさらに張り詰めた。Sクラス一同は、習礼通りの優雅なカーテシーを揃って披露する。
「日本よりの若き淑女たちよ。
学びと信仰、そして未来を担う使命を胸に、ここに来てくださったことを心より歓迎いたします」
穏やかな声が大聖堂に響く。
アルテミスの総長・雅が、一歩前に進み出て応える。
「聖下の御言葉、深く胸に刻みます。我々は学びを重んじ、友情を尊び、日本と世界の未来に尽くすことを誓います」
後列で見守っていた梓や彩、麗子たちも、自然と気持ちが引き締まる。
教皇はにこやかに頷き、続けて彼女たち一人ひとりに祝福の言葉を与える。
宗子は、祖国の技術が世界に役立つ日を思い、
エマは、日仏の架け橋としての自分を思い描き、
あかねは、正義と秩序を守る責任を改めて意識した。
荘厳なパイプオルガンが鳴り響き、謁見の間は神聖な光に包まれた。
少女たちは、自分たちがただの「学生」ではなく、
未来を担う国際的な存在として認められたことを、深く実感するのだった。
夕暮れ時のコロッセオ。
荘厳な遺跡の前で、SクラスとABCクラスの生徒たちは観光客に混じり写真を撮ったり、お土産を眺めたりと和やかな時間を過ごしていた。
そのとき
「きゃっ!」
クラスの一人が持っていたブランドバッグが、すれ違いざまにバイクに乗った二人組に奪われた。
観光客の悲鳴と同時に、コロッセオ前の広場が一瞬ざわめきに包まれる。
「待てっ!」
反射的に飛び出したのは、警察一家に育ったあかね。
他の誰よりも早く足を蹴り出し、広場を駆け抜けていく。
仲間たちが声を上げる間もなく、あかねはひったくり犯のバイクに肉薄し、
走行中の後部座席の男を強引に引きずり下ろそうとした。
しかし。
「ッ!?」
次の瞬間、後部座席の男が懐から布を取り出し、あかねの口元を覆う。
甘ったるい匂いが一瞬で意識を奪い、彼女の身体が崩れ落ちた。
バイクは急旋回し、観光客の間を縫うようにしてコロッセオの裏路地へ消えていく。
その後部座席にはぐったりとしたあかねの姿。
「あかね!?」
彩の悲鳴が響き渡る。
仲間たちは全員、数秒間現実を飲み込めずに立ち尽くす。
しかし、雅の声がその場を切り裂いた。
「……全員、冷静になれ! 今すぐ追うぞ!」]
アルテミスの顔から、観光客としての笑みは消え去っていた。
そこにあるのは、仲間を救い出すための“戦闘集団”としての決意だった。




