お嬢様 『レディース、免許は未取得』
「ひと段落つきましたわね。
それでは、さきほどの続き――チーム名を決める会議を再開しましょうか」
雅はそう言って、穏やかに微笑んだ。
紅茶とお菓子で緩んでいた空気が、ゆっくりと引き締まっていく。
「お茶会で皆さんがお話しくださった感想の中に、
きっとヒントがあると思いますの。
難しく考えず、ご自分の感性を信じてください」
最初に立ち上がったのは、木田宗子だった。
「私は……月下宴』を提案します」
少し緊張した声だったが、言葉ははっきりしている。
「理由を聞かせてくださる?」
雅が促す。
「レディースの活動は、主に夜です。雑誌の写真も、夜のものがほとんどでした。
月の下で開かれる、少し危うくて、でも美しい宴――
そんな情景を思い浮かべました」
幻想的で、どこか気品がある。
“宴”という言葉が、騒がしさではなく覚悟を含んでいる。
「……いい名前ですわね」
誰かが小さく呟いた。
「候補に入れましょう」
雅はうなずいた。
(少なくとも、“新選組”よりは……)
次に、琴音が椅子を引いて立ち上がる。
背筋の伸びた姿勢は、まるで演壇に立つようだ。
「私の提案は、『紅玉蝶』です」
「紅玉……ルビー?」
エマが首をかしげる。
「はい。ルビーは“宝石の女王”。情熱と誇りの象徴です。
そして蝶は……」
琴音は一瞬だけ言葉を選び、続けた。
「会長のイメージです。会長が歩かれると、場の空気が変わる。
まるで、蝶が舞ったように感じるのです」
一瞬、雅は言葉を失った。褒め言葉に慣れていないわけではない。
けれど、これは少し違った。
「……候補に入れましょう」
最後に立ち上がったのは、副会長の梓だった。
「私は、ある夜のことを思い出しました」
全員の視線が、自然と集まる。
「S組が高校部に進級した日のイブニングパーティーで、
会長がテラスに佇んでいらした姿がありました」
雅の胸が、わずかにざわめく。
「あのときの会長は、月光の中で、少し遠い存在に見えました。
まるで――」
梓は、はっきりと口にした。
「月の女神のようでした」
静寂が落ちる。
「そこで、『月女神』はいかがでしょうか」
レディース・アルテミス。
心の中で、雅はその名を転がしてみる。
月の神。
狩猟の神。
目標を定め、迷わず進む存在。
「……雑誌にも書いてありましたわ」
あかねが、顔を赤くして小さく言う。
「レディースって、その……特定の男性以外とは……えっと……」
「禁止、やね」
麗子がさらりと助け舟を出す。
「ますます、ぴったりですわ」
雅は、静かに立ち上がった。
「決まりです」
その一言で、全員の背筋が伸びる。
「私たち――アルテミスは、
誰よりも気高く、
弱き者を助け、
誰よりも我が儘で、
そして誰よりも美しく」
一拍置き、続ける。
「この夜を、思いのままに駆け抜けましょう」
小会議室に拍手が広がった。
「さて、次はユニフォームですわね。エマさん、お願いできます?」
「もちろん!」
エマが弾む声で答える。
「ママに頼みます。最高級生地で、完全オートクチュール。
明日、採寸しますから遅れないでくださいね」
「バイクの件は宗子さんに」
「了解です」
宗子が端末を操作する。
「カタログのリンクを共有しました」
一気に、騒がしくなる。
「これ、かっこいい!」
「色、変えられる?」
「この大きいの、映画で見た!」
「それはKB1500スペシャルフォーです」
宗子が説明する。
「1500cc、四気筒。国内最大級ですね」
「琴音さん、乗ったことあるんですの?」
誰かが聞く。
「……ありませんわ」
琴音は胸を張る。
「だからこそ、楽しみですの」
宗子が、ふと不安そうに口を開いた。
「……みなさん。
この中で、バイクに乗ったことがある方は?」
沈黙。
「一輪車なら……」
「乗馬……」
「ゴルフカート……」
「……誰も、いない」
宗子は頭を抱えた。
「それでレディースって……会長」
雅は一瞬考え、そして笑った。
「……これから、覚えればいいのですわ」
「無理です!」
宗子が即座に否定する。
「免許が必要です!」
『ええぇぇ!?』
説明が続く。
「本命は中型二輪免許です」
質問が飛ぶ。
「どれくらい?」
「間に合う?」
「大型は?」
雅は、静かにうなずいた。
「了解しました」
その一言には、
楽しさだけではない覚悟が混じっていた。
会議は終わる。
けれど――
「……あかねさん、宗子さん、琴音さん」
雅は声を落とした。
「少し、会長室へ」
三人は黙ってうなずき、立ち上がる。
夢は、名前を持った。
次に向き合うのは、
現実と責任だ。




