お嬢様 『鋼の昼、幻の夜』
特訓2日目
アルテミス班:持久+急加速インターバル
昨日の隊列走に、さらに“急加速ポイント”が加わった。 師匠の合図で一斉にフルスロットル、そしてすぐに減速して隊列を再構築する。 まるで陸上競技のインターバルトレーニングを、バイクで再現したようなメニューだ。
加減速のたびに身体にかかるGが、脚力だけでなく腕力と握力を確実に削っていく。 10周目を過ぎた頃、エマの肩がわずかに下がった。
すかさず梓が横に並び、短く声をかける。
「まだです、あと3周ですわ!」
その言葉に、エマは顔を上げ、再びアクセルを握り直した。
観覧席で見守っていたミラーが、ぽつりと呟く。
「これ、本当にレディースの訓練か?野郎でも音を上げるぞ。……このまま続けたら、世界耐久レースでも通用するぞ、あの子たち」
ルナゴスペル班:コーナー縛り連続アタック
ルナゴスペルには、特定の3つのコーナーだけを周回し続ける
“地獄メニュー”が課された。
ライン取り、進入速度、立ち上がり加速、すべてが秒単位で計測される。
「玲奈、進入はあと0.2秒速くできる」
「千鶴、クリッピングポイントを1メートル奥に取れ」
反復するうちに、バラバラだったフォームが徐々に整っていく。 美奈子は後方から全員の走りを観察し、ピットで短く的確なアドバイスを入れていく。
午後:混成チームプレー訓練
午後の課題は、アルテミスとルナゴスペルをシャッフルした混成編隊での追い抜き訓練。 普段の隊列順を崩し、即興での連携力を試す。
「先頭は宗子、二番手千秋、三番手梓……混乱するなよ」
師匠の声に、全員が緊張を走らせる。
さらにアントニオが突発的な指示を飛ばす。
「3番手、即座に先頭へ!」
「最後尾、2台抜きして前へ!」
最初は戸惑いが見えたが、夕方には全員が即応できるようになっていた。 バイクの動きが、まるで一つの生き物のように滑らかに連動していく。
こうして2日目の特訓は終わった。
湯気の立ちこめる浴場で、ルナゴスペルの面々が湯船に肩まで浸かり、静かに息をついていた。
疲労がじんわりと溶けていく中、千鶴がぽつりと呟く。
「なんか……今までバイクって、ただ走って止まるだけのものだと思ってたス。でも、シミュレーターじゃ自分の悪癖も未熟さも分かんなかったんスね」
ひなたが目を閉じたまま、静かに頷く。
「総長が言ってた通り……あのままレースに出てたら、
アタイ、たぶん……死んでたかも」
その言葉に、他のメンバーも黙って頷いた。
湯の中で交わされるその静かな共感が、彼女たちの心をひとつにしていく。
その話を後で聞いた雅は、そっと目を伏せて微笑んだ。
この合宿には、やはり意味があった。
一方、男子浴場では、師匠たちが湯上がりのひとときを満喫していた。 ミラーがタオルを肩にかけながら、ふと話し出す。
「なあ、聞いたか? 更衣室の冷蔵庫に入ってる瓶のカフェオレとフルーツオレ、あれの“正しい飲み方”ってやつ」
「風呂上がりにストローで飲むんじゃなくてな、
瓶のフタを開けて、左手は腰に、右手で一気に飲み干すらしい」
「……それ、完全に昭和のオヤジじゃねぇか」
と笑いながらも、5人の師匠たちは全員、同じポーズで瓶を傾けた。
「ぷはぁ……これだよな」
「日本の風呂文化、最高だな」
夕食後、マルケスが雅に声をかけた。
「なあ、アレ……持ってきてるんだろ?」
雅はすぐに察して微笑む。
「ええ、ちゃんと準備してありますわ」
「よーし、娘っ子ども、全員集合! 今夜はレクリエーションタイムだ!」
そう言って、師匠たちはアルテミスとルナゴスペルの15人を引き連れ、合宿所の特別室へ。 そこには、8台のスーパーシミュレーターがずらりと並んでいた。
「……これ、レクリエーションじゃなくて、また特訓じゃないですか」
涼子がげっそりした顔でつぶやく。
「かーっ! お前ら、この装置の本質を分かってないな」
ミラーが胸を張って言う。
「これはな、世界中の道を、あらゆる気候で再現できるんだ。つまり、ここで世界中を走れるってことだ!」
「俺たちがナビになる。夕焼けのシルクロードでも、春の故郷でも、夜のグランドキャニオンでも。どうだ、一緒に走ってみたくないか?」
「行きたいですっ!」
全員の目が、星空みたいにキラキラと輝いた。
世界ランカーたちの“ふるさとツーリング”
シミュレーターに乗らないメンバーのために、大スクリーンも用意された。 まるで映画館のような空間に、世界の風景が次々と映し出されていく。
トップバッター:ミラー師匠
舞台は、霧に包まれた夜のサンフランシスコ。
幻想的な坂道、路面電車のレール、In-N-Out Burgerの看板。
ひなたが「リアルすぎる!」と叫び、ゴールデンゲートブリッジを渡る瞬間、全員が「うわぁ……」とバイザー越しに感嘆の声を漏らした。
二番手:ジーコ師匠
早朝のアマゾン川沿い。朝靄の中、巨大な樹木と絡み合うツタ、頭上を飛ぶカラフルな鳥たち。
宗子が「これ、オフロードの練習になる!」と笑い、
涼子は「虫の音がリアルすぎて耳元で鳴ってる気がする!」と身震いした。
三番手:マルケス師匠
初夏のバルセロナ。サグラダ・ファミリアが視界に迫ると、
美奈子が「絵葉書の中みたい……」とため息を漏らす。
観光客と路面電車が行き交う街路を、梓が真剣な表情で走り抜ける。
四番手:ベグナー師匠
秋のバイエルン。紅葉の山道を抜けると、白亜のノイシュヴァンシュタイン城が現れる。
麗子が「まるでおとぎ話ね……」と呟き、
千鶴が「お城の上までバイクで行けないんですか!?」
と聞いて、笑いが起きた。
「現実じゃ無理だけど、今日は特別だ」
ベグナーが城門前までコースを設定し、全員で記念撮影モードに。
スクリーンに向かって、みんなが手を振った。
ラスト:アントニオ師匠
夕暮れのピサ。オレンジ色の空の下、石畳の道を走ると、傾いた塔がゆっくりと視界に入る。
あかねが「おお……ホントに傾いてる!」と驚き、
千秋が「塔より路面の凸凹がヤバい!」と叫ぶ。
「こういう石畳は、雨の日に滑りやすい。覚えておけよ」
アントニオは、旅の中にも実戦的な知識を織り交ぜてくれた。
ツーリングが終わる頃には、時計の針は深夜を回っていた。
けれど、誰もが疲れよりも笑顔に包まれていた。
「どうだった? 世界ランカーによる旅ガイドは?」
ベグナーが笑って尋ねると、
梓が冗談めかして言った。
「これ……次のバカンス候補に全部入れてもいいですか?」
師匠たちは笑いながら頷いた。
「本物の世界ツーリング、いつか連れてってやるよ」
その夜、彼女たちは、ただ技術だけでなく、走ることの楽しさと、世界の広さを知った。 厳しさの中にある師匠たちの優しさが、心にじんわりと染みていった。




