お嬢様「一年の猶予」
全てが終わり咲達が帰り支度をやっていた。
「ごめん私のせいで、――勝てなかった」
咲は一緒に戦った二人に謝罪する。
「何いってるんだ?俺達は、マシンを走らせた。
そして完走させたじゃないか?
海斗は、満足気に答えた。
「そんな事よりさ――お前のつけたマフラーは、
あれ、中山だよね」
「え?うちの知ってるの?」
「知ってるも何も、今世界選手権のナンバーズ、皆つけてるじゃん。
俺もバイク乗るからな。あれは、欲しくても手に入らない」
「てか、うちのって?お前、中山の関係者?」
「うん。わたし......中山の娘なの」
「それでか。中山のマフラーは、全部ハンドメイドだろ?
予約で、2年先まで手に入らないからな。
でも、ここのチームには、優先購入権があるんだろ?」
羨ましそうに茂樹が、マフラーを見る。
「いいよな。な、それ俺に売ってくれないか?」
「え?だめだよ。だってこれ売り物じゃないし。
中山マフラーであって、中山マフラーじゃないの」
「え?どういう事?」
「これ作ったの――わたしなの。だから製品じゃないの」
「ねえ、マフラーは、なんとかお父さんに頼むから、
三人でライン交換して、またここに三人でチャレンジしない?」
そう、咲が提案したときだった。
「駄目だ」
三人は、声が聞こえた先に目を向ける。
そこには、サングラスをかけた男が立っていた。
「お前達は、マシンをデチューンしたな?」
「はい」
「なぜだ?レースに勝つ気がなかったのか?」
「それは、わたし・・・」
咲が、自分の判断と言おうとしたとき、
「三人で、決めました」
「誰が、とは聞いてない。答えろ何故だ?」
「故障個所は、ECUと燃料バルブによる混合比、それとセンサー異常による
水温計と思いました。僕達は、残念ですが、チューンドエンジンを弄ることは、スキル不足で不可能でした。だから、エンジンだけは守ろうと......」
「それで、今後三人ともチューンドエンジンを弄る機会はあるのか?」
「それは......」
三人とも下を向く。
「一年だ」
「え?」
「一年、ここのスクールに入れてやる。そして一年以内に結果だせ。
研修生枠だ。やるか?」
三人には、選択肢はなかった。
「やります。やらせてください」
「住むところは、ここの寮だ。食事も出る。給料は無しだ」
「私は、かまいません」
「俺らも、それでいいです」
後ろで、雅はこのやり取りを聞いていた。最初から咲がここに入りたいと、自分かアルテミスの誰かを頼ってくれば、すんなり入れただろう。
しかし、咲は、そうしなかった。
(彼女も成長してるってことね。期待できそう)
しかも、引っ張り上げたのは、三島だ。そこに彼女の将来性を感じた。
三島は、言う事だけ言ったら、外にでた。
そして、雅に話かける。
「あのマフラーだが、親父の作るマフラーには、まだまだ及ばない」
「そうでしょうね。すでに中山マフラーは完成の域に達してるから」
「ああ、だからこそ――中山を超える可能性がある」
「組んだ二人も面白い」
雅は静かに頷く。
「一年後、あいつらは美奈子につける」
「はい」
雅は、三島の意図を汲み取った。
選別レースが終わって、一番変わったのはジュニアの六人だった。
本物のレースを肌で感じ、
自分たちが目指す場所だけは、はっきりと頭に刻まれた。
今は、とにかくマシンに乗りたい。
それだけだった。
だが現実は逆で、むしろ練習時間は減っている。
理由は単純だった。
――彼らはまだ小学生だ。
朝九時から夕方四時まで。
一般の小学生以上の密度で授業が組まれている。
教師はすべて専門職。
六人だけのクラス。
英語はネイティブ教師が毎日入り、
体育も基礎体力中心に組み直されていた。
月の雫は、レーサー育成の場だ。
だが、走るだけの子供は作らない。
将来、世界で戦える人間にする。
語学も人格も、そのためだった。
たとえレーサーになれなくても、別の道を選べる学力だけは必ず残す。
――その方針は、徹底されている。
子供達に給与は出ない。
だが希望すれば、進学時に使えるよう
同額が別に積み立てられている。
本人達だけが、それを知らない。
子供達が一番楽しみにしているのは、
アテナの授業だった。
教師でありながら、ここでは“質問する側”が主役になる。
興味を持ったことを何でも聞いていい時間。
そこに、それぞれの個性が出た。
マリは、お爺ちゃんの事があったからだろう。
医学についてアテナととことん話し合った。
多美は、最初は友達の作り方を聞いていた。
だが今は――人がここにいる意味そのものを問い続けている。
優菜は、戦国武将に夢中だった。
強さとは何かを知りたいのだろう。
疑問から始まり、疑問で終わる授業。
この教師は、
どんな分野でも、
理解できる形で答えてくれる存在だった。
食堂には、いつもの六人。
「どうだ?学校は楽しいか?」
沙耶香がマリに聞く。
「うん。先生もやさしいし、わかりやすいの。難しいこともあるけど、それは、アテナ先生に、『ここが分からない』と言えば、そこを詳しく教えてくれるの」
「男の子なんか、ゲームがしたいと言えば、アテナ先生が、面白いゲームを作ってくれたの」
「ゲーム?」
「うん、勇者になって、モンスターを倒すゲームだけど、倒す為には、アテナ先生が、出すクイズから答えを選んで、正解すればモンスターにダメージを与えるゲームなの。みんなそれにハマちゃって、優菜ちゃんが、一番強いよ」
「ほう、アテナがゲームをね」
「うん。最初にキャラつくって。多美ちゃんのキャラが一番かわいいの」
「そっか、お姉ちゃんもやってみたいな」
「うん一緒にやろう。自由時間も、アテナ先生がやってもいいって。
パーティーも組めるよ」
「よし、じゃあ今晩一緒にやろうか?最初お姉ちゃん弱いから、
一緒にパーティー組んでくれるか?」
その日の夜。
六人は夢中になり、
アテナから
「時間です」
と言われるまで、
ゲームは続いた。




