お嬢様 「静かな選別」
男が実装テスト場に着いた時、でに二十台ほどが走っていた。
ほとんどは持ち込み車両。
中にはピットクルーを伴う者もいる。
目の前を走るマシンの迫力は、
テレビや動画で見るそれとはまったく違った。
通過する瞬間、ドップラーで歪む排気音が、
その速度域を容赦なく突きつけてくる。
12番、13番、14番、16番、17番――
ここまで全員、不合格。
『おお……』
どよめきが小さく漏れる。
だが男は、
何に対する驚きなのか理解できなかった。
(あの速さで……全員不合格?明日に進めない?)
ため息が出る理由が、ようやく分かり始める。
「初めて一人通ったぞ」
その声を聞いた瞬間、
自分がどれほど場違いな場所に立っているのか、男は理解した。
「92番の方~92番の方~」
「オ・オウ!俺だ」
「こちらが、レンタルバイクです。壊さないでくださいね」
冷たい目で、係員が念を押す。
「で、何をすればいいんだ?」
「何をって?バイクはこのコース用にセッティングされてますから、
後は乗り手、つまりあなたに合わせるだけです」
「合わせるって、メカニックは?」
「メカニック?さっき私は、このマシンは、このコース用に合わせてあると
言いましたよね?」
「あとは、あなたが、トラクションやブレーキ、サスペションを合わせる
だけですよ」
言ってることに、話が合わないので、係員も苛立ってる。
「係員さんの言葉が、理解できてないようだな?」
先にいた受験者が話す。
「デバイスで、お前が調整するんだよ。バイクのディスプレーでな」
「ああ、そういうことか?いや、俺が聞き間違った。はは.....」
男は、虚勢を隠すように答えた。
同時にゴクリと喉を鳴らす。
「あれ?スタンドがついてない?これ、どうやってスタンド出すのか?」
その声を聴いた4~5人が呆れた顔をする。
「マシンにスタンドって、ド素人だな」
「スタンドとか鼻から付いちゃいない、そこのストッパー使うんだ」
「てか、はっきり言う。お前は、場違いだ。何も知らずにコース走るのは、
いや、走る前にウィリー一発で、車体を壊しちまう」
「ローンチコント一つにしても、市販車は、ウィリー防止だが、
競技用マシンは、加速用に使うんだ」
「いや…俺は......。」
「たぶん引くに引けなくなったのだろう?
だがな、他人を巻き込む事は考えてなかったのか?」
「物見遊山で、参加されて一番迷惑するのは、これにかけて参加してるレーサー達だ。お前は、それを背負えるのか?」
「お前が、本気ならここに電話して、レースを勉強して、
一年後またチャレンジしてみろ」
そう言って、そのレーサーは、一枚の名刺を持たせる。
レーサーの言葉は厳しかった。
だがそこには、同じ道を走る者だけが持つ優しさがあった。
一方、ピットクルーの選抜は、参加者が、80名と意外に少なかった。
試験内容は単純だった。
準備されてるマシンの不具合箇所を見つけて、それを調整すること。
それぞれ、どこかに不具合がある。同じところかもしれない、
別の所かもしれない。
各自に渡されたのは、ECU解析用ノートPC。
予選は5時間で10人までに絞られる。
結果、正解して、調整までできたのが、9人だけだった。
現在のレーサーマシンは、ECUに比重がある。ここが解析調整できないと
エンジンがその能力を生かせない。
しかし今回の不具合は、ECUでなく、基盤にある小さな抵抗の備品だけだった。
「意地悪な、問題を出したのですね」
「雅、先入観を持った奴は、実践につかえない。
耐久レースなどは、特にな。あの100円にも満たない部品で、
レース結果が変わることもある」
「これが、一次審査通過者9人の名簿です」
「いまは、必要ないです」
雅は、名簿にも目もくれずに部屋を出て行った。
レーサーのほうは、さらに厳しかった。シミュレーションから、実車走行へ
さらに、走行から本選へ進んだのは、2人だけ。
実車から本選に進んだ28名と共に30名で争う。
こうして1日目を終えた。
「どうだった?楽しかったか?」
沙耶香が、マリに尋ねる。
「うん。レース凄かった。優菜ちゃんも多美ちゃんとイカ焼き買って、
沢山人もいたけど、このカードすごいね。屋台でもこれ見せたら、
全部タダになるなんて知らなかった」
子供達は、レース観戦よりやはり食い気が先だったみたいだ。
三人にとっては、お祭りに行く感じなんだろう。
「ふだん食堂じゃ出ない食い物だからな。
姉ちゃんたちも明日は行くから、六人でタコ焼きや、リンゴ飴とか
一緒に食おうな」
「うん。お昼は、少し控えなきゃね」
そう言ってマリが笑う。
(よく笑う子になったな。
来たときは暗かったが、ここに慣れたみたいだ)
自然と沙耶香も笑顔になった。
二日目レース本選――
30台が、一斉にスタートする。
今回もプロ28人アマ2名の組み合わせになった。
序盤から、激しいバトルが行われる。
前回と違いナンバーズがいないことから、いかにアピールできるか、
目立つ為には、高い順位が求められる。
順位が目まぐるしく変わる。さすがに今回は、トップが、何度もいれかわる。
コントロールタワーから、雅と三島が見る。
「どうですか?気になる人いますか?」
「トップを入れ替わる3人、あれは駄目だ」
「自分のペースを守れない。
ただ、目立つためにお互いが無理してるだけだ」
「アグレッシブさも、評価基準じゃ?」
「ああ、闘争力は必須だ。だが、それは荒い走りを意味してない。
ナンバーズは、速いが、走りはどうだ?」
「師匠達は、乱れませんね。なんか自然とその位置にいるような」
「そうだ。じゃあ性格はどうだ?」
「とても個性的ですわ」
雅は、全員の人柄を知ってるだけに、なおさらに感じる。
「それが、走りになると、お前の言う調和になる」
「お前も分かってるのだろ?」
「ええ、欲しいのは、今5番手を走ってる人」
「ふっ!俺がいなくてもいいんじゃないか?」
「いえ、合うの前提です。分かれた時の評価が問題ですから」
「雅、お前少し自己評価を上げろ。さもなきゃ周りが疲れる」
「じゃあ、俺は、屋台巡りでもしてくる」
そう言って三島は。コントロールタワーを降りて行った。
「アテナ」
《はい》
「いま5番目を走ってる、車体番号10番――あの方を今回の合格者にします」
《了解しました》
「レースが終わったら、応接室に通してください」
こうして、わずか6週目で、レーサーの合格者が決まった。




