お嬢様「不可避事故」
その日の午前中、多美やマリ達ジュニアは、実車訓練をしていた。
マリは、相変わらず集団の先頭を疾走する。
多美は、車団の中で気配を消した走り。
コントロールタワーでは、その走りを見ながら、雅と三島が話している。
「よく、あんな逸材を見つけたな。雅。ただまだその能力を二人とも生かしきってない」
「ええ。マリは見えてるが、迷ってます。
見えてるのに、体がついて行ってない。
多美は、自分の能力を、ただ目立たないだけに使っています」
「放っておいて、いいのか?」
「まだ、その時期じゃないと思います。彼女達は、今は楽しんでる。
その裏にある危険性、恐怖を知って乗り越えられるか?
あなたが、かつて私達に課した試練のように」
「なんのことだ?俺が何かしたか?」
他人事のように三島はニヤリと笑って言った。
「それよりも、あなたこそ、あの三チームを放っておいていいのですか?
ジェネラルマネージャーさん」
「かまわん。あいつらは、今、伸び盛りだ。伸びる芽に添え木をすれば、個性のないただの木になる。
全日本は、最終戦の鈴鹿耐久まで手も口も出さないつもりだ」
「まあ、いいですけどね」
雅が、三島を招集した条件は一つ。”世界で戦える事”それ以外の条件は一切出していない。そしてその方法は、全て三島に預けた。
レーシングサーキットの運営も、人事も、そして資金管理もである。
だからジェネラルマネージャーなのだ。
「宗子、お前に頼みたい事がある」
三島は、宗子を呼んだ。
「…………いいな」
「え?そんな事本気で言ってるの」
「本気だ。ささやかな俺からのプレゼントだ」
「それと梓、お前にもだ」
「…………わかったな」
「ちょ……アテ……無理です」
「出来るはずだ」
「また、何かしようとしてますね?」
雅は、三島を見た。
「な~に、ちょっとした悪党のイタズラさ」
そんなやり取りをコントロールタワーでやっている時、事故が起きた。
マリが試行錯誤で、ブレーキングポイントを探していた時、後ろから来た多美のマシンがイン側から接触。
マリのマシンが、コース外へと弾かれタイヤフェンスで止まる。その衝撃でマリは、空中に放り出されてそのまま地面に接触する。
すぐにレスキューが駆けつける。
マリはピクリとも動かない。
コントロールタワーの中も慌ただしくなる。
マリは、動かぬまま、担架に乗せられ付設病院へ送られた。
「アテナ、至急冬香さんに連絡。応援要請を」
練習走行は、中止され全員ピットに戻される。
どの子も顔が真っ青になってる。目の前で起きた事故、子供達にとっては
初めてのアクシデントだ。そのショックの大きさは、想像に難くない。
「多美、大丈夫だったか?」
涼子が尋ねる。
多美は、ヘルメットを取ると、
「いや~~」と奇声をあげてピットの出口から走り去っていた。
その後を涼子が、追いかけていく。
「雅、今の事故シーンだ」
三島は、冷静に見えるが明らかに緊張の度合いが、サングラスの奥に見える。
そこに映ってたシーンは、ラインがクロスしたことによる、接触事故が生々しいほど、鮮明に浮かび上がっていた。
「これは、どちらかが、悪いと言うものじゃない。ラインの駆け引きだ。
実践でもよくある」
「そして、どちらかが避けようととしても、物理的に避けることはできない」
「ただ、お互いの才能が起こした不可避事故だ。
マリはその目で見えてるラインを捕えた。しかし、多美の存在には気付かなかった」
「多美は、無意識に気配を消して、空いてるラインをとった。まさかマリが、自分のラインに切り込むとは、考えてなかったのだろう」
「アテナ、全員のラインからもしマリと、多美との接触がなかったらどうなってか、シミュレートして」
そして、アテナが出した結論に、皆驚いた。
どちらが、引いても後方の二台~三台が、巻き込まれるとの評価だった。
「雅、お前この分析を聞いてどう思う?」
「どう?」
「ああ、怖くなったか?」
「そんなの......最初から覚悟してましたわ」
「そうか、いいだろう。お前が腹をくくってるなら、
俺が、しばらくジュニアを見よう」
そこで、雅は初めて三島の”試練を与える側”の気持ちが分かった。
多美は、逃げた。
頭の中が、一杯になる。人を傷つけた。もしかしたら........。
(叱られる。叩かれる........怖い)
過去のトラウマが、体に逃げろと命令した。
出来るだけ目立たないように、自分を消してたのに........。
取り返せない事をしてしまった。絶対自分は許されない。
叩かれて、追い出されて.......誰もいない街で。
後の事は考えられなかった。逃げた。ただ逃げた。
気付けば、寮の屋上にいた。貯水槽の後ろに隠れた。
涙が止まらない。冷たい風が、涙を枯らす。すぐに新しい涙がその後を濡らす。
消えたい。このまま消えたい。もう自分には、居場所がない。
でも出ていく事はできない。
下には、地上が見える。もう叩かれるのは嫌だ。蹴られるのも嫌だ。
ある気持ちがよぎる。
その時、屋上への扉が開く。
「多美。大丈夫だ。こちらにおいで」
涼子が、やさしく呼びかける。
「嫌。こないで!お願い叩かないで」
「誰も怒っていないよ。あれは、事故だ。誰も多美を責めてない」
「嘘・嘘・嘘・・・・みんな最初をそう言うの」
「パパもママも、施設の人達も・・・」
「大丈夫だ。なっ!お姉ちゃんを信じろ」
「嫌だ、みんなそう言ってあとで罰を与えるんだ。
私は、もう叩かれるのは嫌なの」
「みんな嫌い。それ以上近づいたら、私ここから飛び降りる」
屋上の扉の入り口には、みんな集まってたが、梓が止めた。
これ以上の人の圧は、最悪の結果を及ぼしかねない。
とはいえ、涼子も手を出しかねてる。
言葉が紡げない。自分の無力さを感じた。
ただ、寄り添う事だけじゃ駄目だった。こうなる前に多美の孤独を理解し、
心の寄り添いをすべきだった。
多美を孤独にしたのは、自分だ。
だが、後悔は後だ。まず多美を取り戻すことが自分のなすべきこと。
二人の間に、冷たい風が、冷たい時が流れる。
その時、一人が中に入る。
マリだった。
松葉杖に、左足首に包帯を巻いてる。真新しい包帯の白さが痛々しい。
「多美ちゃん、ごめんね。私が気付かず強引に前に出ちゃった」
「うそ、マリちゃん?」
「うん。すぐ治るって先生が言ってたよ」
「でも私、マリちゃんに怪我させた」
「違うよ。私、見えて...から。私が避けれなかっただけだよ」
「でも私怖いの.......もう嫌なの......」
「私......これ以上......みんなに嫌われたくない」
「私、嫌いじゃないよ。多美ちゃんのこと。
ううん、嫌いじゃなく、多美ちゃんと友達になりたい」
「嘘....」
「嘘じゃない、待って。私がそちらに行く」
不器用でも、松葉杖をついて一歩、一歩マリは、多美に近づいていく。
「嫌、こないで!」
その拒否に抗ってマリは、さらに一歩一歩近づく。
しかし、慣れない松葉杖にバランスを崩し、倒れそうになる。
そこに多美が飛びつく。
「ごめんね。マリちゃん。私が.....」
「えへ、多美ちゃんが今助けてくれた」
そこに涼子が飛び込む。
「多美、お姉ちゃんが一番悪かったんだ。多美の心を一人にしたのは.....」
「違うよ。お姉ちゃんごめんなさい。私わかってたの。
でも私に勇気がなかったの。本当は、お姉ちゃん大好きだったの」
多美の声は小さい。
しかし小さな声に小さな勇気がこもった言葉だった。




