お嬢様「世界への条件」
ジュニア育成が始まり、数日後。
幹部会が招集された。
会議の出席メンバーは、
アルテミスメンバー、チーム美奈子、チーム蓮、チーム正岡、そして白木。
「今年から月の雫プロジェクトは、
ジャパンスーパーバイク1000に参加します。
マシンは、木田のニューマシン、KX-1000Rがベース。
タイヤはダンロップ」
開口一番に、雅が言った。
「全六戦参加。
初戦は、四月のもてぎ。
二戦目が、ここ仙台サーキット。
そして最終戦は、鈴鹿サーキットの耐久になります」
「問題は、最終戦の耐久だな。
一〜五戦はスプリントだから、ピット作業も少ない。
だが、皆、最終戦の耐久が目標だ。
つまり、三人で争い、最後は三人で走れ、ということだな?」
蓮が尋ねる。
「概ね、正解です。
ですが、鈴鹿耐久の選手は二〜三人。
そして、監督は一人。
私は、この枠を争ってもらいたいと考えています」
「総長。
一〜五戦はチームで戦い、
その結果で、二人か三人のドライバーを決める。
そして監督は、俺か白木さん、
どちらかに決まる、ということだな?」
悠翔が確認する。
「三チームの戦いによる選抜は分かる。
しかし、それじゃ監督が一人足りないんじゃないか?
アテナにするのかい?」
美奈子らしい疑問だった。
「いいえ。
アテナは、あくまで分析班。
三チームすべてが使えます。
そうでもしないと、世界は取れません」
一瞬、場が静まる。
「そのため、
もう一人、監督を招集しました」
雅は、扉の方を見た。
「入ってください」
一人の男が入ってくる。
その顔を見た瞬間、
美奈子と蓮の表情が、はっきりと変わった。
「あんたは……」
「よう。久しぶりだな、美奈子、蓮。
少しは走れるようになったじゃないか」
『三島!』
「総長、あんた、こんな奴を……」
「こんな奴とは、ひどい言い方じゃないか。
俺としては、お前たちより、
ジュニアの二人のほうが気になったんだがな」
「……まあ、なりゆきだ。
よろしく頼む」
人柄は、ともかく。
これ以上の能力を持った監督候補はいなかった。
ここにいる誰よりも世界を知り、
走りを知っている。
だからこそ、
アルテミスや、美奈子、蓮に試練を課した男だった。
「しかし、信用できるのかい?」
「人の資質を見抜く力は、悠翔さんと白木さん以上です」
「あなた方は、マリの資質に気付いた。
だから、四人は、マリのあとを追った」
「先ほどの三島さんの言葉を、思い出してください。
三島さんは、二人と言った」
「マリ以外に、いたか?」
「あとの五人も、それなりの資質はあったと思うが……」
「蓮、美奈子。お前ら、気付かなかったのか?」
「白木も、悠翔もか?
お前ら監督だろ。観察者の目で見ても、か?」
残念そうな顔で、三島は五人を見る。
「アテナだったか?ジュニアの走行シーン、映してくれ」
《はい。先日のジュニア走行シーンです》
巨大プロジェクターに、映像が浮かび上がる。
「マリの走行シーンは、省け」
三島が指示する。
ジュニア五人の走行シーンに切り替わる。
十分ほど、見た。
「よし、そこでストップ」
映像が切れる。
「どうだ。誰か、分かったか?」
「あの先頭を走ってた男の子かな。ラインが、もう安定してた」
「いや、あの女の子じゃないか?
コーナーが安定してた。体幹が、しっかりしてた」
それぞれが、見た映像を思い出しながら答える。
「じゃあ、何人、走ってた?」
唐突に、三島が尋ねた。
「四人だよな」
「ああ、四人だったと思う」
「アテナ、もう一度、さっきのシーンを映してくれ」
再び、集団のシーンが映し出される。
「蓮。走りを見るな。ヘルメットの数を数えろ」
「一……二……五」
「五人いる」
「なぜ、お前らは、四人と言った?」
ニヤニヤ笑いながら、三島は聞いた。
「数え間違……違う。
プロが五人いて、全員が数え間違えるはずはない」
皆、驚愕した。
「ゴーストライダー?」
美奈子は、戦慄を覚えた。
「馬鹿な。俺はオカルトは信じない。必ず理由がある」
「俺は、最初から、ここの監督なんか引き受ける気はなかった。
お前らで、十分勝てるからな――国内は」
「だが、ジュニアの映像を見て、気が変わった。
完成されたお前らより、世界のトップに立てる二人を知ったからだ」
そう言って、会議は終わり、
アルテミスと三島は、部屋を後にした。
「あそこまで、言わなくてもよかったのでは?」
雅が、三島に話しかけた。
「あの程度で潰れる奴らなら、
最初から世界なんか取れない。
雅。お前らが、甘やかしすぎだ」
「あいかわらずですね。
自分が、憎まれ役になるのが、お好きみたいで」
「同じだろ――お前も。本当なら……」
「それは、言いっこなしです」
それで、二人の会話は終わった。
会議室には、三チームと白木が残っていた。
「くそ……何も言い返せねえ」
「俺たちの力じゃ、国内までってか?」
蓮が、机を叩く。
「まあ、落ち着け。蓮も、美奈子も。正岡も、顔を上げろ」
悠翔が、たしなめる。
「白木さん。
ここじゃ、あんたが一番、レースを知ってる。
あんたの意見を聞きたい」
「俺たちは、どうすればいい?」
「そうだな……
俺も、多美のことまでは気付かなかった。
だが、マリも多美も、確かに異質な才能を持ってるのは事実だ」
「だがな。
あの異質な才能がないと、世界に届かないかと言えば、
それは、少し違う」
「お前たちと、三島の間に何があったかは知らない。
だから俺には、外から見ると、
お前たちの才能が、うらやましくも見える」
「前に、悠翔が視点について話したよな」
「ああ。前の目、鷹の目、後ろの目の話か?」
悠翔は、白木と話したことを思い出した。
「正岡。お前、それを聞いて、どう思った?」
「正直、分からなかった。そんなの、意識してなかったからな」
「分かるか、悠翔。走りは、理論だけじゃない。
いつの間にか、蓮も、美奈子も、正岡も、
知識で走ろうとして、自分たちに枷をつけてる」
「美奈子。三島って、理論で走らせるやつか?」
美奈子の記憶が、呼び覚まされる。
三島の試練――無茶苦茶なコース設定、無茶苦茶な障害物、
そして、無茶苦茶な距離。
「いや……
あれは、レースというより”試された”って言ったほうがいい。
走りの理論じゃなかった。対応性だな」
白木は、一度、そこで考えた。
「蓮。お前も、試練を受けたよな。
三島は、お前に、才能の話をしたか?」
「いや。あいつは、結果しか求めてない。
才能?聞いたこともない。
いつも嫌味な口調で、やるか?やらないか?さ」
「それが、なぜ急に、ジュニアの才能に焦点を当てる?
あいつは、お前らを完成されたと言った。
そして、ジュニアの映像と比較した」
白木は、そこで、また考える。
完成された?いや、違う。
三人の走りは、完成していない。
このひと月で、洗練されてきている。
まだまだ、詰められる。
そうか。
走りの変化に気付いているが、そこを、あえて封印したわけか。
逆説だな。
監督業になったから、分かる。
今の実力で、日本は取れる。
世界に行くために、さらに積み上げろ――そういうことか。
悠翔を見た。やつも、気付いた様子だった。
二人の間で、暗黙の視線が重なる。
悠翔の目が、笑う。
「で、どうする?もう、諦めるか?」
「諦める? 冗談じゃない。
俺らは、終わってない。
まだ、一戦もしてないんだぞ」
「ああ。
アタイも同じだ。
三島の泣きっ面を見るまで、走ってやる」
「正岡。お前は、どうする?」
「はん。
三条さんに言われたなら、まだしも、
途中から入ってきた人間は、信用できない。
俺は、あんたたちにも負けない」
「決まりだな。俺が、蓮と美奈子を見る。
白木さん、あんたは、正岡だ」
悠翔が、会議を締めた。




