お嬢様 『陰のライン』
――「どうだ、あの子に追いついたか?」
インカムで、悠翔が蓮に問う。
「ああ、今後ろに付けた。美奈子も正岡もだ。今から観察する」
三人とも目的は、同じだった。邪魔をせずコーナーリングを後ろから見る。
速い遅いは、問題にしていない。その気になれば、簡単に抜けるからだ。
ただマリの後ろについて、マリのラインとブレーキングポイントだけを見る。
速くはない。しかし安定した姿勢は評価できる。今の所それだけ......。
一つ......二つ,,,,,,三つ......ただ観測する。そして気付く。
「悠翔――これは俺の主観だが、アンバランスなんだ」
「アンバランス?どういう事だ?」
「初心者だからかもしれないが、ラインをタイヤ一つ外してる――ベストラインからな」
「だが、荒れてない。どのコーナーでも、タイヤ一つインをついてる」
「そして、毎回ブレーキングポイントが違う。まるで探ってようにだ」
「探ってる?どういう事だ?」
「わからんよ。教えてやってもいいか?
お、美奈子が教えようと前にでそうだ」
「まて、美奈子を止めろ」
慌てて悠翔が指示する。
蓮は、片手で美奈子を制する。
美奈子は、踏みとどまる。そしてまた観測者の位置に戻る。
「おい、マシンを用意しろ。走ればなんでもいい」
悠翔が、マシンに乗りピットより飛び出る。
そして、鋭角な第二コーナーに向かいコース外でマシンを降りる。
そこには、おびただしいブレーキ痕がついてる。
その色が一番濃いところ――そこが、プロが使うベストライン。
マリが、三人を引き連れ第二コーナーへ飛び込みむ。
その瞬間を悠翔は、観察した。
報告通り、タイヤ一つインのラインをとった。
(違う。それじゃ、出口が死ぬ)
悠翔は、振り返りマシンに跨る。
その時、濃いタイヤ痕の内側、斜め後ろに、少し濃いワンポイントのタイヤ痕を見つけた。
悠翔じゃなければ気付かないであろう、微かなタイヤ痕。新しいタイヤ痕じゃない。マリのものじゃない。
悠翔の目は、その黒い沁みを見た。
また、マシンを降りる。
走ってるマシンの間隙をついて、後ろから、その黒い沁みとコーナーを線で結ぶ。
「まさか......」
インカムで、コントロールタワーを呼び出す。
「総長、いるんでしょ?アテナを借りたい許可願いますか?」
「......許可します」
インカム越しに、雅が答える。
悠翔がピットに戻った時、観察者の三台もインカム越しに異変に気付き、悠翔のいるピットに戻る。
三人は、何も言わず悠翔の後ろに立つ。
「アテナ、開設記念レースの時の、映像あるか?」
《あります》
画面に50台のバイクが映し出される。
「アテナ、映像処理でナンバース以外のレーサーを消去」
画面が、8人のレーサーの走りに変わる。
「8人の走行ラインを表示」
《表示します》
画面には、8人のコース全周回のコースラインが表示される。
「すげえな。全員同じラインを崩してない。ぴったり重なってる」
蓮は、改めて世界の走りに感嘆する。
「違う――そこじゃない」
悠翔は否定する。
「アテナ、第二コーナーを拡大」
《第二コーナーを拡大します》
「どこが違うのさ?きっちりみんな、ライン上じゃない?」
美奈子が疑問を呈する。
「アテナ、さらに拡大」
《次が、最高拡大画像です。これ以上拡大はできません》
「これだ、見ろ。重なってるようで、2本のラインがある。タイヤ1本分の幅だ」
後ろの三人は、ゴクリと喉を鳴らす。
「アテナ、インのラインは誰かわかるか?」
《マルケスとマルベリアのラインです》
「世界チャンプと現在3位のライかよ」
正岡も驚く。
「でもこれ、イン過ぎるだろ?コーナー出口で失速するんじゃ......」
「ああ、普通ならな。だが......アテナ、それぞれのブレーキングポイントだせるか?」
画面のポイントが示される。イン側は浅く。アウト側は深い。
「画像そのままに、マリのラインを重ねてくれ」
《・・・・・・》
「出してあげなさい、アテナ」
インカム越しに雅が指示する。
画像に、マリのラインが重なる。
「違う。最初の進入は、同じだが脱出のラインが膨らんでる」
美奈子が呟く。あとの二人もどこかホッとしいる。
「どこみてるんだよ。今日初めてバイクに乗った小学生だぞ。
アテナ、マリのブレーキングポイントを、順に3秒間隔で表示」
『っ!』 ポイントが、3秒間隔で、きっちり50cmずつで世界チャンプのポイントに近づいてくる。
「わかるか?アプローチが間違ってる。ブレーキングポイントじゃない」
「そもそも腕力もテクニックもない小学生が、マシンを押さえることはできないからな」
「だがな――」
そこで悠翔は話すのをやめた。
「見えてるのか?あの速度域で?」
正岡が、驚愕の顔で言葉を投げかけた。
「やってくれるぜ。総長は.....」
美奈子は、両手を広げた。
コントロールタワーでは、雅と梓が話していた。
「雅、マリの事ですが、情報開示してよかったの?」
「ええ、隠す必要はなかったから。今は、まだ才能の卵。
孵化するかもわからないし」
「それに、彼女の才能だけに目が行って、他の才能に気付いてないわ」
「他の才能?」
「例えば、あの福岡から来た子。優菜ちゃんだったけ?
あの子の安定性わかる?常に体の中心点が、ぶれてない。
あれ、プロでも一流プロの体幹よ。綺麗なライン」
「それから……男の子の一人。
あの子は、説明がいらないわ。力で抑えてる。
ラインは荒れる。でも速い。小学生の力じゃない」
「次の男の子は、すでに合理的にマシンを操ってる。もうコースに
適した、ギアの選択、ブレーキの加減を使いわけてる。まるで悠翔
さんの走りね。小学生の走りじゃない」
「最後の男の子は、すごいリズム感覚。たぶん体内時計と体感リズム
で、コースを楽譜のようにとらえてる。そして自分を楽器にして
演奏してるわ」
「でも最後の女子は、特に異質よ」
「最後の女の子?どこに居るの?」
「やはり梓をしても、見つけられなかったか。
梓、コース上に今いるバイク数えてみて」
梓は、バイク数を数えた、間違いなく6台ある。
そして、最後の女の子を探した。
「え?・・・いない」
「雅、どう言う事?」
「彼女は、気配を消してるの。意識的か無意識的かわからないわ」
「今なら、見えるはず。単独のポジションにいるから」
その瞬間まで、彼女は集団の“重なり”の中にいた。
誰かの影に、溶けるように。
「あ、いた!」
梓の背中に悪寒が走る。
「わかった?集団の中にいるときは、消えるの」
「さっき話した5人は、陽の走り。才能がむきだしなの」
「でも彼女のは、陰の走り。才能は消える」
「陽の才能が並ぶほど、陰は見えなくなる。
――人間の目は、そうできているわ」
「なるほど、究極のステルス走行って訳ね」
「観測者である私達が見失うくらいよ。対戦してるレーサーは......」
「ああ、勝ったと思ったら、負けてたと言う、理不尽さに直面する。
一番やりたくないタイプのレーサーだ」
コントロールタワーから見える光景
ピットサイドから見える光景
そして、走ってるものから見える光景
それは、天・地・人の視点からの光景だった。




